第一話 謎の白騎士
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新章突入です
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またマンガドア様より、上戸先生によるコミカライズも始動しておりますので、よろしくお願いします
ライオネル王国ダナム子爵領、城塞都市ポルヴィック。
守備隊長のザルツクは都市を囲む巨大な城壁の上に立ち、ライオネル王国の旗印である獅子の旗とポルヴィックを示す城壁の意匠が施された旗を見上げた。
王国の西部にあるポルヴィックは、大陸間通商路の要衝に建設され、古くから交易の街として栄えていた。
だがポルヴィックの歴史は、戦乱の歴史でもある。交通の便が良いということは、そのまま軍隊が進軍しやすいことを意味するからだ。そのためポルヴィックの壁には、幾多の戦乱の痕が刻まれている。
ザルツクが北に目を向けると、城壁の外には丘陵地帯が広がり、その周囲を森が覆っていた。
いつもなら丘陵地帯には家畜が放牧され、森を貫く道には馬車が列をなしている。だが今や家畜や馬車の群れはどこにも無く、黒い軍勢が丘陵地帯にひしめき、街を包囲していた。
「クソッ、魔族共め!」
ザルツクは忌々しそうに罵った。
黒い鎧を着た兵士は人間の肌をしておらず、爬虫類の鱗に覆われた魔族だった。黒い竜の旗を掲げる彼らは、魔大陸から海を越えてやって来た魔王軍の軍勢だった。
ポルヴィックを包囲する魔王軍の数は約三千体。魔王を討伐してすでに三年が経過していたが、ライオネル王国は未だに国内の魔王軍を駆逐出来ずにいた。
「ザルツク隊長」
名前を呼ばれ視線を向けると、副隊長のオームが駆け寄ってくる。
オームは三日前に腹を矢で射抜かれ、腹に巻かれた包帯には今も血がにじんでいた。
「鳥が戻りました」
「本当か?」
オームが小さく丸めた紙を差し出したのを見て、ザルツクは表情を少しだけ明るくした。ザルツクは二十日前にライオネル王都に伝令の鳥を飛ばし、魔王軍の残党を一掃するためにアンリ王が結成した掃討軍を、援軍として送ってくれるように頼んでおいたのだ。
ザルツクは喜んで手紙を受け取り、小さな紙に記された中身を確認する。だが一読して、ザルツクは顔を歪めた。
「……援軍は、来ませんか」
長年自分を支えてくれた副隊長が、手紙の内容を察してそう言った。顔に出てしまっていたとは指揮官失格だが、ザルツクは落胆せずにはいられなかった。
「掃討軍からだ。ペシャール地方の魔王軍を掃討中とのことで、援軍は送れぬとよ」
「それでは何のための掃討軍です! 王国はポルヴィックを見捨てるのですか! 魔王ゼルギスを倒した英雄王も変わられた!」
ザルツクの言葉にオームが国王批判をする。本来なら不敬と咎めるところだが、ザルツクも内心は同意していた。
この国の王太子であったアンリ王子は六年前『救世教の聖女エリザベート』『帰らずの森の賢者エカテリーナ』『東方の女剣豪呂姫』を含めた五人の仲間と共に、魔王ゼルギスを倒すために旅立った。そして三年前、見事魔王を討ち取り凱旋したのだ。
二年前には、病死した前王の跡を継ぎ、国王となった。戴冠式では英雄王の誕生だと、誰もが喜び祝ったものだった。だが、今やアンリ王を英雄と呼ぶ声は少ない。
王位を継いだ時、アンリ王は国内にはびこる魔王軍を一掃すると宣言した。だが未だ公約は果たされず、国土は蹂躙され続けており国民は疲弊しきっている。
「ザルツク隊長。まだ希望はあります。『あの人』が来てくれるかもしれません」
「『あの人』……か。確かに『あの人』の騎士団なら、魔王軍にも対抗出来るだろうな」
オームに言われ、ザルツクはある女性の名前を思い出した。
その女性は王国の片隅で兵を挙げ、魔王軍討伐を目的とした軍事同盟を立ち上げた。
最初は誰も相手にしなかったが、魔王軍討伐に動きだした彼女とその騎士団は、王国内にはびこる魔王軍を次々と撃破し、各地を救って回っていた。
今や王国より、頼りに出来る存在と言えた。
「ザルツク隊長は『あの人』にも救援要請を出したのでしょう」
「確かに救援要請は出したが。ポルヴィックは『あの人』の同盟に加わってはいない。我々の救援要請に応じる理由はない」
オームの言葉に、ザルツクは首を横に振った。
「しかし、救援要請の手紙は送ったのでしょう? 『あの人』なら来てくれるかもしれません」
オームはまだ希望にすがりつこうとしていた。
確かに『あの人』は、魔王軍の脅威に苦しむ人々を救って回っている。同盟に加盟していないポルヴィックでも助けに来てくれるかもしれなかった。
だが、ザルツクはこれにも首を横に振った。
「いや、それは不可能だ。二十日前に救援を求める鳥を送ったが、その時あの人の軍隊は遠く北のオエレス地方にいた。オエレスからポルヴィックまでは、通常で三十日はかかる。強行軍を行ったとしても短縮出来るのはせいぜい五日だ。間に合わぬ」
「そんな……」
ザルツクの言葉に、オームは肩を落とした。
副隊長の肩に手を置いて慰めていると、大きな音が丘陵地隊から響いてきた。
丘陵地帯を見下ろすと、魔王軍の兵士達が銅鑼を鳴らして太鼓を叩き、喇叭を吹いていた。音と共に梯子や弓、破壊槌を持った魔王軍が前進を開始する。
「オーム……兵士を集めてくれ。動ける者は全員だ」
ザルツクは副隊長に命じると、オームはすぐに全員集めた。その数は三百人程。しかも三百人のうち、半数はポルヴィックの住人だった。戦力が足りないため、住人達にも義勇兵として協力してもらっているのだ。その中には子供や老人、女の姿も交じっている。
集まった兵士達は、皆が悲壮な表情を浮かべていた。誰もが自分達は助からないと分かっているのだ。
「兵士諸君。君達は勇敢だった」
ザルツクは兵士達に語りかけ、無条件に褒め讃えた。
「君達の勇気と奮戦はこの私が保証しよう。君達はまさしく勇者であり英雄だった。死んでいった兵士達も、一人残らず英雄だ」
ザルツクの言葉に、兵士達が涙した。敗北の悔しさか、死への恐怖か? それとも死んでいった者達への哀惜か。ザルツク自身、自分の頬を流れる涙がなんなのかは分からなかった。
「もはや我々に勝ち目はない。しかし! 我々ポルヴィックの民は! 街の誇りであるこの壁を、易々と明け渡したりはしない! 最後の最後まで戦い、意地を見せる。諸君、今日ここで共に死のう!」
ザルツクの激励に、兵士達は雄叫びで応えた。逃げ出す者は一人もいなかった。しかし三百人の声はあまりにも小さく、蝋燭の火のようにか細い。
ザルツクは振り返り、北を、ポルヴィックへと進軍する魔王軍を睨む。
真っ黒な軍団が、ポルヴィック目掛けて押し寄せる。その動きはまるで津波の如く大きなうねりとなり、呑み込まれれば、城壁ごと押し流されてしまいそうな勢いだった。
自らに迫る死を前に、ザルツクは拳を固めた。副隊長であるオームも歯を食いしばり、恐怖に負けまいとしていた。
兵士達は互いに手を取り、抱き合いながら、泣き出しそうになるのを堪えていた。しかし誰も魔王軍から目を逸らさず、津波の如く押し寄せる黒い軍勢を睨む。
その時だった。
ザルツクの視界の右端、東にある森の切れ目から、白い何かが現れた。
初めは鳥かと思った。しかし違った、馬だ。一頭の白馬の上に、純白の鎧を着た騎士が、同じく真っ白な旗を持ち、森から飛び出してきたのだ。
次回更新は八月十八日の零時を予定しております。




