第百十二話 生者の責務
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私ことロメリア伯爵令嬢を暗殺する計画は、全てが順調に進んでいた。標的である私は、そのことをつぶさに知っていた。
何故なら密偵として放っていたカイルは、暗殺計画の全てを調べ上げ、その計画を完全に暴いていたからだ。
暗殺にかかわった貴族たちの名前に始まり、決行の日時から毒殺に使用する毒の種類、毒殺の手順や毒が盛られる杯の種類までも調べ上げていた。
私は私の暗殺計画を、実行犯よりも詳しく知っていた。だから万全の準備を整えた。
毒が入った杯は、変装したカイルがぶつかったふりをして巧妙にすり替えた。毒を飲めばどのような症状が出るのか知っていたので、倒れた演技も真に迫っていたはずだ。また宴のある広間の周囲には事前に兵士を配置し、混乱に乗じて逃げようとするギルマン司祭たちを、即座に逮捕できるよう準備を整えておいた。
さらにギルマン司祭は私を毒殺した後、ミアさんに濡れ衣を着せるべく、毒殺する計画だった。そのため万が一に備えて宴が始まると同時に、ミアさんには私の部屋に移動してもらい、クインズ先生と護衛の兵士を付けておいた。
準備は万全だった。実際、そのほとんどはうまく行った。
毒殺を未然に防ぎ、計画に携わった者達も全て逮捕した。一部始終を招待客に見せることにより、言い逃れ出来ない状況証拠も揃えることができた。
ギルマン司祭は生きている私を見て驚き、衆人環視の中で墓穴を掘った。もはや言い逃れ出来ないと、ロベルク同盟の貴族達は我先に自白までしてくれた。
これ以上ないほど完璧だった。全てが私の思い通りに進んだはずだった。しかし実行犯であるソネアさんを逮捕しようとした時、ソネアさんの口から一筋の血が流れ、私は自らの不覚を悟った。
「ソネア?」
ハーディーがソネアさんの異変に気付き歩み寄ろうとしたとき、突然広間で跪いていたロベルク同盟の貴族達が声を上げた。彼らは次々に口から血を吐き、喉を押さえ喘ぎ始める。
「なっ、なんだ、これは一体、何が?」
苦しみ藻掻くロベルク同盟の貴族達を見て、ギルマン司祭が尻餅をついて後ずさる。だが逃げようとするギルマン司祭の口からも血がこぼれ、喉に手を当て苦しみ始める。
「はっ、これ、な……ぜ? ソ、ネア……貴様……」
苦しみ悶えるギルマン司祭が、ソネアさんに向けて手を伸ばす。その後ろで、ロベルク同盟の貴族達が口から大量の血を吐き次々に倒れていく。ギルマン司祭が恨みの籠った目でソネアさんを睨み、掴もうと手を伸ばす。だが口から大量の血が吐き出され、ギルマン司祭は息絶えた。
私は驚きソネアさんを見ると、彼女は絶命したギルマン司祭たちを、つまらなそうに見ていた。そして彼らの死を見届けた後、ソネアさんの体はゆっくりと傾き倒れて行った。
「ソネア!」
ハーディーが駆け寄り、ソネアさんを抱きとめる。私も駆け寄り、彼女の顔を覗き込んだ。
「ソネアさん、貴方は……。初めから、私の杯には毒は入っていなかったのですね」
「私が、ロメ、リア……様を、害する、ことなど、ありえません」
ソネアさんは息も絶え絶えながら、ほほ笑んだ。その顔を見て、私は胸が締め付けられる思いだった。
私は暗殺計画の全貌を暴き、全てを知り尽くしていた。だがただ一点、ソネアさんの心を測り切れなかった。その誤算がこの結果を生んだのだ。
「ソネアさん。私は……、貴方だけは助けたかった、なのに……」
私はただ後悔に苛まれた。なぜソネアさんの心理を、いや、ソネアさんを信じなかったのか。信じて話さえしていれば、こうはならなかったのだ。
「い、いので……す、ロ、メリア様……。これ、が私の……選んだ、結末、なので……す」
息も絶え絶えに話すソネアさんに、私はもう何も言えなかった。
「ソネア! なぜだ! 私は!」
ハーディーがソネアさんを抱きかかえ涙を流す。
「ごめ、んな……さい、ハー、ディー……。貴方の、愛を……受、け入れ……たかった。でも、私は、許、せな……かった、のです……。あの、人たちの……自、分勝手な……振る、舞いが……私は、許、せな……かった」
呟きの様なソネアさんの言葉には、深い怒りがこもっていた。
ソネアさんは自らの領地を、領民たちを深く愛していた。その領民たちを傷つけ、交渉の道具としたギルマン司祭やロベルク同盟の貴族達を、彼女は許せなかったのだ。
「ああ……ハー、ディー。ごめん……なさ、い。全て……を、捨てて、貴、方のもとに……行ければ、よ、かったのに……」
ソネアさんの目から一筋の涙がこぼれる。
全てを捨てることができれば、ソネアさんは幸せになれただろう。だが彼女にそれはできなかった。ソネアさんは何一つ捨てることができず、自分の命を犠牲にすることしか思いつかなかったのだ。
「ハーディー……愛、して、いるわ……。これ、までも、これ……からも……」
その一言を最後に、ソネアさんは息を引き取った。
広間にはハーディーの慟哭が響いた。背後で人が倒れた音が聞こえて振り向くと、私に杯を運んだ侍女が倒れていた。彼女もまた、ソネアさんと運命を共にしたのだ。
私は暗殺計画のほぼ全てを知っていたはずなのに、多くの人が死んでしまった。私はここに何をしに来たのか? その問いの答えはどこにもなかった。
三日後、私は事後処理を終え、兵士達と共にミカラ領を離れることになった。ここより西の地では、魔王軍の残党による被害が増え始めているのだ。一刻も早く救援に向かわなければならない。
館の前ではアル達を始め、何人もの兵士達が出発の準備に追われていた。カシューから連れてきた兵士達に加え、ハーディーの騎士団とロベルク地方の兵士達も混ざっている。
出発の準備を待つ私のもとに、ぼさぼさ頭のヴェッリ先生と、髪を丁寧にまとめ上げたクインズ先生が歩み寄る。
「ロメリア、大丈夫か? もう少し休んだ方がよくないか?」
「行軍の指揮はアル隊長に任せて、ロメリアお嬢様は後からでもいいのではありませんか?」
ヴェッリ先生とクインズ先生が私を気遣ってくれる。確かにソネアさんの死は、私に大きな衝撃を与えた。だが休んでいる暇はない。助けを求める声が、次の戦場が待っているのだ。
「私が始めたことです。私が先頭に立たないと。それよりも、あとのことをお願いします」
「それは任せてくれ。ギルマンの懐にあった書類と手紙があれば、どうとでもなる」
ヴェッリ先生が請け負ってくれる。
死んだギルマン司祭の遺体を調べたところ、懐から書類と手紙がそれぞれ見つかった。書類にはロベルク同盟はミカラ男爵家に対して賠償請求を行わないと書かれており、ギルマン司祭立ち合いの元、ロベルク同盟に参加した貴族の署名も書かれていた。
ロベルク同盟の貴族達に加え、立会人のギルマン司祭もすでに亡くなっているが、この書類には法的に効力がある。さらにギルマン司祭は遺書とも取れる手紙と、毒薬が入った小瓶を所持していた。これにより一連の事件は、ギルマン司祭の自殺という筋書きが成立することとなった。
「教会との交渉はお任せ下さい。ただ落としどころとして事件は存在せず、全員病死という形になるやもしれません」
「それでかまいません。ミカラ領を、ロベルク地方の安定を優先してください」
クインズ先生に頷き、私は視界に広がる田園地帯を、ソネアさんが愛したミカラ領を眺めた。
救世教会の教えでは、自殺は許されざる大罪だ。ギルマン司祭の自殺は教会としては認められない結末だろう。かなり無理はあるが、救世教会はギルマン司祭を含めて全員が病死として、事件そのものを無かったことにするだろう。
なんとも強引な話だが、それがソネアさんの狙いだ。
救世教会が事件をうやむやにしようとするならば、私たちはそれに乗っかってやればいい。後ろ暗いことがある以上、教会はもうロベルク地方に口を出すことはできない。教会勢力の口出しさえなければ、あとは私達の好きに出来る。ソネアさんはここまでの絵図を描き、暗殺計画の実行に踏み切ったのだ。
「何から何まで、大した人だな」
「ええ……ただ、そうでないほうが、よかったのですが……」
呆れたようなヴェッリ先生の言葉に対し、私は首を横に振った。
ソネアさんのおかげで、私はだいぶ楽ができた。ロベルク同盟の貴族達がいなくなったことで、ロベルク地方を簡単にまとめることができた。さらに面倒な教会勢力も牽制でき、言うことはない。だがその結果を差し引いても、私はソネアさんに生きていてほしかった。
「ヴェッリ先生。ここに残るハーディーを補佐してあげてください」
「ああ、分かっている。でも、そんなに気にする必要はないぜ。確かに一時期は落ち込んでいたが。今のあいつには、支えなきゃいけない相手がいるからな」
ヴェッリ先生が言う支える相手とは、ソネアさんの妹である幼いソネットのことだ。ハーディーは事件の後、ソネットを養子として迎えることを宣言した。
ドストラ男爵家の親族はこぞって反対したが、ハーディーは一歩も譲らなかった。彼は亡きソネアさんの遺志を継ぎ、ソネットを立派に育て上げることを誓っている。少なくともソネットが無事に独り立ちするまで、ハーディーが揺らぐことはないだろう。
「クインズ先生、ミアさんを頼みます」
私は傷心のミアさんをクインズ先生に託した。彼女をミカラ領に残していくのは気がかりだが、兵士達を見ていれば、どうしても恋仲であったミーチャのことを思い出してしまうだろう。彼女には心の傷を癒す時間が必要だ。
「そちらもご安心を。ミアさんは強い女性ですから。いずれ立ち直ります」
クインズ先生が請け負ってくれる。
そうであってほしい。私たちはこのロベルク地方で、あまりにも多くを失いすぎた。
「ロメ隊長! 準備が整いました」
アルの声に振り向くと、兵士達の準備が完了していた。ロメ隊の面々も並び、出発の号令を待っている。
「皆さん、準備はいいですか?」
「はい、いつでも行けます!」
私の声に、レイが背筋を伸ばし返事をする。
「どこへでも」
「ついていきますよ」
グランとラグンの双子が微笑む。
「次の戦場でも、頑張る」
「どんなことでもお命じ下さい」
オットーが力強く頷き、カイルが胸を張る。
「見ていてください! 次の戦場では、アル達には負けませんから」
「油断大敵だよ、グレン」
拳を固めるグレンを、ハンスが目を細めて宥める。
「やれやれ、次はもっと楽な戦場にしてください」
「願い事は口にした瞬間に、叶わなくなると言いますよ」
頭を掻くタースに、セイが余計な忠告をしていた。
「ロメリア様、ドーンと行きましょう。みんながいればバーンとやれて間違いなしです」
「いったい何がだ? でもまぁ、頑張りますか」
ゼゼの元気のいい言葉に、隣にいるジニが呆れていた。
「ロメリア様、何なりとご命令を!」
「故郷のため、国家のため、何より貴方のために、この身を捧げます」
ガットがやる気を見せ、ボレルが胸に手を当てて誓う。
「どんな敵が来ても必ず止めて見せます」
「ロメリア様の盾となります。守りはお任せ下さい」
ブライが禿頭を光らせ、ベンが突き出たお腹を叩く。
「こんななりですが、俺たちもまだ戦えます」
「足手まといにはなりません」
「お供をさせてください」
左手に包帯を巻いたメリルと松葉づえを突くシュロー、両腕を失ったレットも、付いて来ると言い張る。
私がカシューに赴いてから、初めて部下となった兵士達だ。みんないい兵士達だ。
大事な私の兵士達。だがここにミーチャがいない。失ったミーチャのことを想うと胸が張り裂けそうな気持になる。だが犠牲を無しに、戦場を乗り越えることはできない。
いつかは誰かが死ぬ。次に死ぬのはアルやレイかもしれないし、私かもしれない。しかし歩みを止めるわけにはいかなかった。
生き残ってしまった以上、私の代わりに死んでくれた者達の願いを、意思を受け継がねばならない。それが生き残った者の義務だ。
ミーチャの意思を、カーラさんとソネアさんの願いを、トマスさんとミシェルさん、そして小さなセーラの死を無駄にしないためにも、私は進み続けなければいけない。それが生き残った者の務めだった。
「では、行きましょうか」
私は皆に声をかけた。
長かったロベルク編もこれで終わり
次回更新は八月十五日を予定しています
次の話は、すでに発刊されているロメリア戦記Ⅱの内容となります。
凍結中の旧ロメリアの内容をなぞる形となりますが、結末はだいぶ違っているのでお楽しみください




