第百十話 敵を撃退したのに暗殺されそうになった
私はゼゼに案内を頼み、セイとタースを伴ってハーディーとヴェッリ先生が待つ部屋に向かった。
「貴方達はここにいてください。誰も近づけさせないように」
部屋の前まで来ると、私は三人に言いつけて一人で部屋に入った。部屋には緑のローブを着たヴェッリ先生と、髭が立派なドストラ男爵家のハーディーがいた。
「よぉ、ロメリア。危ない所だったらしいな」
「ロメリア様。ご無事でなによりです」
私が部屋に入るなりヴェッリ先生が気軽に手を掲げ、ハーディーが頭を下げる。
「ヴェッリ先生にハーディーも、よく来てくれました」
先生には事前に手紙を送っていたが、今日間に合うかどうかはぎりぎりだった。
「そりゃ急いで来るさ。鈴蘭の花を持ってこいなんて書かれていたらよ」
ヴェッリ先生は、私が事前に送った手紙を取り出して見せた。
「鈴蘭の花?」
事情を知らないハーディーが、怪訝な顔でヴェッリ先生を見る。確かに、今の先生は花などどこにも持っていない。
「鈴蘭の花というのは、私と先生が取り決めた暗号です」
「暗号、ですか?」
「はい、私に対する暗殺計画がある場合に、取り決めておいた符牒です」
「なっ、暗殺ですと! まさか、ロベルク同盟の者達ですか!」
私の言葉に、ハーディーが色を無くす。
「取りまとめ役は、おそらく救世教会のギルマン司祭でしょう。ですが実行犯はソネアさんです」
「馬鹿な! ありえません。ソネアが、そんな!」
取り乱すハーディーの気持ちはよく分かった。私もこの報告を聞いた時は信じられなかった。
「残念ながら事実です。療養中のカイルが話を聞きました」
私は辛い事実を告げた。
追い詰められたロベルク同盟の貴族達が、陰謀を企む可能性は十分にあった。そのためカイル達には、怪我人に紛れて諜報活動を命じておいたのだ。念のための措置だったが、思わぬ成果が出てしまった。
「何かの間違いではないのですか?」
「私もそう思いたいのですが、盗み聞きをしたのは一度や二度ではありません」
ギルマン司祭たちは、怪我をした領民たちが屋敷の中をうろついているというのに、堂々と密談や密会を重ねていた。どうやら彼らの目には怪我をした領民など物の数ですらないらしい。
「ギルマン司祭は領民や幼い妹を使って、ソネアさんを脅した様です」
「ああ、なんてことだ……」
ハーディーが顔をしかめて唸る。
ソネアさんは領民や妹を愛している。彼らを助けたければ私を殺せと言われ、追い詰められたのだろう。
「ロメリア様……」
「暗殺計画まで立てた以上、ソネアさんとロベルク同盟をこのままにはしておけません」
ハーディーが何かを言おうとしたが、私は言葉を遮って方針を明らかにした。
私としてもソネアさんを助けたい気持ちはある。しかし暗殺まで計画されては黙ってはいられなかった。
「ハーディー。わかっているでしょうが、私はロベルク地方を一つにまとめ、支持基盤とするつもりです。ロベルク同盟はその障害にしかならない」
「それは……重々承知しております」
ハーディーは声を押し殺し頷いた。
ロベルク地方をまとめ上げ、食料や物資、そして兵員を補充する補給地とすることが、今後の課題だった。そのためにはロベルク地方に住む貴族たちの同意が不可欠だ。私に反目するロベルク同盟は邪魔でしかなかった。排除する口実ができた以上、手を緩めることはできない。
「しかし、ロメリア様……私は……」
ハーディーは声を押し殺す。ソネアさんを何としてでも助けたいのだろう。
「落ち着けよ、ハーディーの旦那。それでロメリア、お前はこの騒動の決着を、どんなふうに付けるつもりなんだ」
「教会勢力が後ろに付いている、ギルマン司祭はどうなるか分かりません。ですが計画にかかわった貴族は、全て捕らえるつもりです。そのうえで家を取り潰します。領地は今回の戦いで尽力してくれた、ドストラ男爵家やケスール男爵家に分配することとなるでしょう」
私の断罪の言葉を聞き、ハーディーが目を伏せて唸る。
「取り潰しか。処刑ではないんだな」
私の言葉の意味を正確に読み取ったヴェッリ先生が、確認するように私を見る。
「ええ、命まで取りはしません」
「それは本当ですか、ロメリア様! ありがとうございます!」
ハーディーが涙を流すが、これは別にソネアさんやハーディーの為だけではない。
「先々のことを考えれば、穏当にあたるしかないよな」
「はい、ここでロベルク同盟の貴族達を処刑しては、誰も私達に救援を依頼してこなくなります」
ヴェッリ先生の言葉に、私は顎を引いた。
本来なら、ロベルク同盟の貴族達は処刑するのが妥当だ。だが私たちはこれから、王国の各地を巡り、魔王軍と戦う予定だ。救出に来た土地の貴族達を殺していては、誰も私達を頼らなくなってしまう。
事件はあまり公にせず、できるだけ穏当に処理しなければいけない。
「しかし禍根を残すことになるかもしれんぞ」
「わかっています。それに関しては、ハーディーに上手くやってもらうしかありません」
私は涙を流すハーディーを見た。
「わかっております。万事お任せ下さい」
ハーディーは涙を振り払い強く頷く。
私達が温情をかけて生かしても、家を潰された者達からしてみれば、恩に着るどころではない。むしろ恨みを募らせ、なんとしてでも復讐を成そうとする。ロベルク同盟の貴族達には、監視の目を付けておく必要がある。
「とはいえ先の事より、まずは目の前の陰謀です。暗殺計画の証拠を完全に掴まなければいけません。そのためには、このまま彼らに私の暗殺計画を遂行してもらう必要があります。私はこのまま何食わぬ顔で宴に参加し、ロベルク同盟の暗殺計画が動き出すのを待ちます。ハーディーとヴェッリ先生には、計画の証拠を掴んでほしいのです」
「それは構いませんが、ロメリア様。危険ではありませんか」
ハーディーが止めようとするが、私は首を横に振った。
「証拠を掴み損ねれば、ロベルク同盟の面々は、実行犯であるソネアさん一人の犯行とするかもしれません。言い逃れ出来ない証拠を掴んでおかないと」
「そうだな。場合によってはソネアを暗殺して、うやむやにすることも考えられるな。証拠固めとともに、即座に全員の身柄を拘束して、個別に幽閉すべきだ」
ヴェッリ先生の言葉はいつも的確だ。こういう時には頼りになる。
「時間がありませんが、あらゆる状況を想定して動きましょう」
「よし、やるか!」
ヴェッリ先生が声を上げ、ハーディーも頷いた。




