第百九話 覚醒条件
私がセイとタースを伴って見回りを続けると、中庭の一角では太っちょのベンと禿げ頭が光るブライがいた。二人は木製の棍棒を構え、その前にはアルが木槍を構えて対峙している。
アルに対してベンとブライが一斉に襲い掛かる。アルは木槍を振りかざして防御するが、二対一では手が追いつかない。それにベンとブライはロメ隊の中でも体格に優れ、オットーと共に歩兵を任せている。力は強くその二人の圧力の前に、流石のアルでも支えきれず吹き飛ばされた。
「なぁ、アル。これ無理じゃね?」
「なんのぉ、この程度!」
倒れたアルはベンが声をかけると、アルは勢い良く起き上がった。
「ほら、続きやるぞ! ベン、ブライ、構えろ!」
「あ~っと、ロメリア様。あれ止めた方がいいのでは」
タースが呆れながら注意するように促した。
「そうですね。確かに、少し危険ですね」
私は三人に歩み寄った。
「ベン、ブライ。貴方達、手加減していますね」
私は厳しい目をベンとブライに向けた。するとベンは苦笑いを浮かべ、ブライは禿頭を撫で上げる。
「お前ら、手ぇ抜いてたのか!」
アルがベンとブライを睨むが、これは気付かなかった方が悪い。
「ベン、ブライ。そんなことだと、怪我をしますよ。集中してやるように」
私に注意されて、二人は頭を下げる。
二対一という有利があるため、ベンとブライはアルに怪我をさせないように力を抜いている。しかし気を抜いた訓練は怪我の元だ。
「アル、遠慮なくやり返してあげなさい」
私が発破をかけると、アルは気炎を揚げてベンとブライに挑んでいった。
元気のいいアルに私が頷いていると、不意に頭上から影が差した。私は見上げると空からレイが降ってきた。
頭から落ちてきたレイは、空中で姿勢を立て直して風魔法を発動させる。レイは地表すれすれで気流を産み出すことに成功し、風を受けたマントが翼のように翻る。そして地面をかすめるように滑空するが、進行方向には大きな木があり、レイは梢に突っ込んでいった。
「あちゃ~」
「レイ、だいじょうぶですか!」
タースが額に手を当てて顔をしかめ、セイがレイを助け起こしに行く。
「あっ、ああ。大丈夫だ。ちょっと操作を誤った」
レイがふらつきながら起き上がる。レイは風魔法を操り、骨組み入りのマントを使用することで空を飛ぶことができるようになった。しかしまだ鳥のように空を飛ぶことはできておらず、時折失敗して木や壁に激突している。
「レイ、大丈夫ですか?」
「あっ、これはロメリア様。大丈夫です。この程度の怪我、掠り傷です」
私に気付いたレイが立ちあがったが、その体には葉っぱや枝が付いていた。私はごみを払い落としながら、レイの手足に触れて体を確かめる。
「骨は折れていませんね、」
大きな怪我がないことを確かめた後、私はレイの体を叩いた。
レイは墜落という失敗を目撃されたからか、顔を紅潮させている。だが厳しい訓練に失敗はつきものだ。気にすることではない。
「ではレイ、引き続き頑張ってください。貴方には期待していますから」
私は恥じる必要はないですよと、笑顔を見せておく。
「はい! 頑張ります!」
レイは元気よく返事をし、跳躍して空へと舞い上がっていく。鳥のように飛べるなど、うらやましい限りだ。
「いや、ロメリア様。煽ってどうするんです」
レイを見上げる私に対し、タースが非難の目を向ける。
「そうです。あの調子では、アルやレイはいつか大怪我をしますよ」
セイもタースに同調するがそれはちがう。
「確かに今は無茶をしているように見えるかもしれません。ですが数日後には分かりませんよ」
私は断言した。
「アルやレイはこれまでに、何度も壁にぶつかっては乗り越えてきました」
私は最初に出会った頃のアルを思い出した。
カシューの砦で会った時、アルもレイもただの青年だった。しかし厳しい戦いを乗り越えるたびに、強くなっていった。ガリオスという大敵を前に、彼らはさらに強くなることだろう。
「アルとレイの奴が、また覚醒すると」
「ええ、きっと」
私はタースに請け負った。
死にかけるような厳しい戦いを乗り越えた時、兵士は以前とは比べ物にならないほど強くなることがある。これを覚醒と呼ばれている。
この覚醒がどういった仕組みで起きるのかは、まだ解明されていない。しかし私が持つ人の好調をもたらす奇跡の力『恩寵』は覚醒を促す効果があるようだった。
「マジですか、なんであいつらばっかり強くなるんですかねぇ」
タースが信じられないと頭を掻く。
「さて、本人の資質もあるでしょう」
「でも、資質で言うなら槍の才能を持つグランとラグンの双子や、体格のいいオットー。グレンやハンスも負けていませんよ」
セイが中庭で訓練にいそしむ仲間たちを見る。確かに資質だけならば他にも優れた兵士たちはいる。
「それに、言っちゃ悪いですが、昔のレイは大したことありませんでした。でも今はアルと肩を並べている」
タースが過去のレイに言及した。
確かに初めて会った頃のレイは、育ちの悪い大根の様だった。身体的素質だけが覚醒の条件ではない。
「あとは、精神的なものもあるかもしれませんね」
私は覚醒に至る可能性を言及した。
身体的素質が覚醒の条件でないとすれば、あとは精神的な物が要因となってくるだろう。強くなりたいと願う心が、体に作用する可能性は捨てきれない。
「ですが、心の持ちようだけで、強くなれる物でもないでしょう。乗り越えるべき強大な敵の存在は欠かせませんし、何より一緒に強くなる仲間の存在も不可欠だと思いますよ」
私は笑いながらセイとタースを見た。
アルやレイは急激に成長したが、ロメ隊があの二人だけだった場合、今のように強くなったとは思えない。またロメ隊の面々は皆が覚醒し並みの兵士より強くなっているが、アルとレイがいなければ、彼らも今のように強くはなれなかっただろう。
強くなろうとするアルとレイに引っ張られる形でロメ隊の皆が成長し、仲間たちの成長に後押しされ、アルやレイがより高く羽ばたく。
「ロメリア様!」
空を飛ぶレイを眩しく見上げる私に、ロメ隊のゼゼが駆け寄って来た。
「ドストラ男爵家のハーディー様とヴェッリ様が参られました」
息を切らせながらゼゼが報告する。
ゼゼには二人が来たらすぐに私に報告するよう、仕事を頼んでおいたのだ。
ハーディーとヴェッリ先生の到着は予定よりも早い。早いのはいいことだが、今回ばかりは少し気が重かった。
「では、最後の仕事に戻りますか」
私は小さくため息をついた。




