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【アニメ化決定】ロメリア戦記~魔王を倒した後も人類やばそうだから軍隊組織した~  作者: 有山リョウ
第三章 ロベルク地方編~軍事同盟を作って、魔王軍の討伐に乗り出した~

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第百三話 ギルマンの囁き



 領主たちとの話し合いを終えたギルマンは、屋敷の内部でたむろする怪我人の間を抜けて、ミカラ領を受け継いだソネアの部屋に向かった。部屋の前にたどり着いたギルマンは扉をノックする。


「ソネア様。ギルマンでございます。入ってもよろしいですか?」

「どうぞ……」

 入室を許可する返事が聞こえたので中に入ると、やつれたソネアの顔が見えた。ソネアの側には小さな寝台があり、中にはソネアの妹であるソネットが寝息を立てていた。


「ギルマン司祭……一体なんの御用ですか?」

 ソネアはギルマンに冷たい視線を投げてよこす。

「なんの用とはご挨拶ですね。心労多きソネア様に、神の御慈悲があるようお祈りにきたのですよ」

 ギルマンの言葉に対し、ソネアが鼻で笑った。


 これには流石にムッときた。ギルマン自身、自らの言葉を白々しいと思っていた。だがこれでも救世教会の司祭である。その言葉を鼻で笑うなど不敬極まりなかった。

 本来なら厳重に注意し、場合によっては破門をチラつかせる場面だ。しかしギルマンは自制心を動員して怒りを抑えた。今ソネアと対立するのはよろしくない。


「それでソネア様。先日お話しした件ですが、考えていただけましたか?」

「考えるも何も、お断りしたではありませんか! ロメリア様を毒殺するなど、できるわけがありません」

 ソネアが鋭い目つきでギルマンを見る。


 ギルマンは王都の大聖堂に返り咲く秘策として、ロメリアの暗殺を計画していた。

 ロメリアと救世教会の聖女であるエリザベートとの不仲は、すでに広く知られている。ロメリアの死を手土産にすれば、エリザベートは必ずや自分を認めてくれるはずだ。

 ロメリアを暗殺できれば、大きな手柄になる。しかし聖職者である自分が、暗殺を実行するわけにはいかない。何よりギルマンは、自ら手を汚すつもりはさらさらなかった。

 汚れ仕事は自分ではなく他人にやらせる。これがギルマンの信条だ。そしてギルマンはロメリア暗殺の実行犯にソネアを選んだ。


「私はロメリア様に、恩こそあれ恨みなどありません。その私がなぜロメリア様の暗殺に手を貸すというのです!」

 ソネアがありえないと首を横に振った。ソネアはロメリアを信頼している。それはギルマンにもわかっていた。だが信頼しているからこそ暗殺の実行犯に最適だった。

 ソネアがロメリアを信頼しているように、ロメリアもソネアを信じている。ソネアが毒入りの杯を差し出せば、ロメリアは疑わないだろう。

 もちろんソネアを裏切らせることは普通では難しい。普通では。


「ソネア様。貴方はまだ状況を理解されていないのですか? このままではこのミカラ領は人の手に渡ってしまうのですよ?」

 ギルマンは盛大なため息をつき、部屋にある窓の外を手で示した。

 窓の外に広がる田園風景は、よく手入れがされていた。ミカラ男爵家が代々受け継ぎ、整備してきた領地だった。しかしこの景色も、しばらくすれば人の手に渡ってしまう。

 ロベルク同盟の領主たちに、多額の賠償金を請求されているからだ。


「このままでは、貴方は貴族の地位を失い、身一つで外に放り出されてしまうのですよ? それでいいのですか?」

 ギルマンはそう遠くない未来を予言した。

 これは脅しでもなんでもなかった。


 ソネアの伯父であるカルスが結成したロベルク同盟軍は、魔王軍に惨敗して全滅した。ミカラ領は領民を多く失い、さらに同盟に参加していた領主たちから、敗北の責任として多額の賠償金をソネアに請求した。

 賠償金の請求額はミカラ領の領地全てを売却しても足りず、ミカラ領の破産はすでに決定した。


「ロベルク同盟に参加した領主たちは、このまま領地に帰れば敗北の責任を追及されます。彼らは敗北の言い訳の為なら何でもするでしょう。保身のためならあなたの下着だって奪っていきますよ?」

 ギルマンが語る事実にソネアは視線を下に向けた。だが次の瞬間、俯いた顔がギルマンを睨む。


「……! それなら、私は貴族の地位を捨てます。修道院に入り、尼となって一生を犠牲者の鎮魂に捧げます!」

 ソネアは決意を込めた瞳でギルマンを見た。

 出家し尼僧となる。それは現世でのしがらみを、すべて捨てることが出来る唯一の方法だ。


「それはご立派なお心がけですね。しかし無責任ではありませんか? 貴方はそれでいいかもしれませんが、残されたミカラ領の領民はどうなるのです?」

 ギルマンは再度、外のミカラ領に手を向けた。

「貴方が修道院に逃げれば、敗北の責任は領民にのしかかります。税は重く取り立てられることでしょう。周りからの風当たりも辛く、牛馬のように扱われますぞ」

 外の景色を指差すギルマンを見て、ソネアの顔は苦渋に歪む。


 ミカラ領を吸収したロベルク同盟の家々は、魔王軍との戦いで多くの働き手を失っている。領地の先行きは暗く、経営を立て直すためには税を重く取り立てるしかない。もちろん真っ先に負担を強いられるのは、敗戦の原因となったミカラ領地の人々だ。彼らの先行きは誰よりも暗い。


「そ、それは……」

 領民たちを待ち受けている苦しみを指摘され、ソネアは顔を歪めて俯いた。

 ソネアが苦しむ顔を見て、ギルマンは内心ほくそ笑んだ。

 小さな領地の貴族は、概ね二種類に分かれるとギルマンは考えている。一つは領民を牛馬のようなに考えている貴族。そしてもう一つが領民をことのほか大事にし、家族のように愛する貴族だ。

 ソネアは典型的な後者だった。手入れが行き届いた領地を見ればそれはわかる。


「ソネア様、貴方は領民を愛していないのですか? 領民は貴方のことを信じ、愛しているのですよ?」

 ギルマンによる言葉の責め苦に、ソネアの顔がさらに歪む。

 ロメリアを裏切るぐらいならば、貴族の位を捨てるとソネアは言った。しかし愛する領民たちを見捨てるのかと言えば揺らぐ。

 揺れるソネアを見て、ギルマンは領民を愛するソネアを内心でせせら笑った。


 救世教会では愛を説き、愛こそ尊いとしている。だがギルマンは馬鹿馬鹿しい教えだと唾棄していた。愛しているがゆえに信念を曲げると言うのならば、愛などただの弱点に過ぎない。自ら弱点を作り、求め、大事にするなど馬鹿げている。

 ギルマンに愛はない。求める物は金と出世のみ。使い切れぬほどの金に囲まれ、出世して政敵を踏みつけることだけが生きがいだった。


「私は領民を愛して……でも、私にはどうすることも……」

 顔を歪めるソネアが、自分に出来ることはないと言い訳を口にする。揺れるソネアを見て、ギルマンはあと一押しで落ちると確信した。ありがたいことに、ソネアにはもう一つ弱点があった。ギルマンは躊躇なくその弱点を突いた。


「ソネア様。貴方が修道院に入れば、そこにいるソネット様はどうされるおつもりですか?」

 ギルマンは寝息を立てるソネットに目を向けた。

「子供は修道院に入れませんぞ? 貴方がいなければ誰が育てるというのです? 孤児院に入れますか? それとも誰かに預けるとでも? 没落した貴族の孤児が、どのような扱いを受けるかご存知で?」

 ギルマンは酷薄な笑みを浮かべた。


「幼子のうちに死ぬ子供は多い。たとえ大きくなれても、待っているのは召使のような扱いです。ああ、でもこの子は美人に育ちそうだ。貴族の子女を抱きたがる男は多い。特に処女を抱けば性病の治療になると信じられていますからな、初めての相手は性病で鼻が潰れた男になるでしょう」

 ギルマンが笑うとソネアの双眸に怒りの炎が宿り、右手が翻りギルマンに向けて平手打ちが放たれる。だがギルマンはこれを予想しており、楽々とソネアの細腕を掴んだ。


「貴方は! 聖職者でありながら! よくもそのようなことを!」

「確かに、言葉が過ぎましたな。しかし偽りは申しておりませんぞ!」

 ギルマンはソネアの腕を掴んだまま睨み返す。

 互いの視線がぶつかり合うが、先に視線を逸らしたのはソネアだった。ギルマンを怒鳴りつけたソネアも、内心ではギルマンの言葉が事実であると認めているのだ。

 

「なに、ソネア様。気負う必要はありません」

 ギルマンは口調を改め、猫なで声を出した。

「貴方はこの薬を一滴、ロメリア様の杯に垂らすだけでいいのです」

 ギルマンは懐から小瓶を取り出す。透明なガラスでできた瓶の中には、血のように赤い液体が詰まっている。美しいが一滴で人を死に追いやる猛毒だ。

 ソネアが見たくないと顔を逸らすがギルマンは逃さず耳元で囁く


「この薬を用意したのは、ロベルク同盟の領主たちです。薬の出所を調べれば、辿り着く先は彼らです。彼らはロメリア様に面子を潰されているので、動機は十分。暗殺を計画したとしても不思議ではありません」

 ギルマンは、顔を逸らすソネアの耳元で囁く。

「グラハム伯爵家の令嬢を殺したとなれば、間違いなく家は取り潰されることでしょう。そうなれば彼らが請求している賠償金もなかったこととなりますよ?」

 ギルマンの囁きに、ソネアの体が震えた。


 自分一人のことであれば、ソネアはギルマンの誘いを拒否しただろう。しかし領民や幼い妹の名前を出せば信念は揺らぐ。

 揺らいだ決意に、ギルマンはさらに憎しみという名の猛毒を一滴だけ垂らしてやる。


 ソネアといえど聖人君子ではない。制止を聞かず無謀な戦いを挑み敗北し、多額の賠償金を請求してくるロベルク同盟の領主たちを恨んでいるはずだ。憎しみの猛毒はソネアの心に染み込み、決意に満ちていた顔が震える。


「貴方はただこの薬を、盛るだけで良いのです。それで全てはうまくいくのです」

 ギルマンはソネアの手の中に小瓶を差し入れた。

 ソネアの震える手は、毒薬を拒否しなかった。


いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。

ロメリア戦記の三巻が五月十八日に小学館ガガガブックス様より発売します

またマンガドア様で上戸先生によるコミカライズが連載されておりますので、そちらも併せてごらんください。


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― 新着の感想 ―
逆にこれごときで暗殺したら物語上何でもありになるのでは? 普通に暗殺教唆の証拠として提出する未来しか見えない。
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