第百話 地面の下でガリオスと話した
「よっこらせーどっこいせー」
地下の空間に、間の抜けた掛け声が響き渡る。
掛け声をあげているのは、巨体を誇る魔王の実弟ガリオスだった。
ガリオスは声とともに、坑道の入り口を塞ぐ岩を次々と退けていく。その働きぶりは凄まじいものだった。何せガリオスは一抱えもある巨大な岩を軽々と持ち上げ、まるで小石のように退けていくのだ。しかも全く休まない。恐るべき剛力と体力だった。
「やれやれ、すごいですねぇ」
休むことなく岩を退けていくガリオスを見て、私はただ呆れた。
「坑道とか運河とか掘らせたら、簡単に開通しそうですね。戦士としてより、土木作業員としての才能の方が高いのでは?」
私は顎に手を当て、ガリオスの運用法を考えた。
ガリオスが後方で土木工事を一手に引き受けてくれれば、道路や河川の整備が大助かりだ。経済効率を考えれば、後方で運用した方が効果は高そうだ。
「ああ、以前やってもらったことがあるぞ」
私のつぶやきを聞いたギャミが頷いた。
「我が国には、国土を縦断する大運河があるのだが、これはほとんどガリオス閣下が造ったようなものだ。何せ閣下がいれば大型の起重機がいらず、巨大な岩盤も棍棒で殴って砕いてしまうからな。閣下を工事が難航している場所に連れて行けば、ほんの数日で問題が解決する。おかげで本来十年かかる工期が、三年で終わってしまった」
当時のことを思いだしたのか、ギャミは呆れた声で語る。
やはり私の予想したとおり、ガリオスが一体いれば国家運営が大助かりのようだ。というかガリオスがいなければ、魔王ゼルギスの魔大陸統一も遅れただろうし、統一後の内政も進まず、魔王軍による人類の侵攻はさらに遅れていたはずだ。
ガリオスがいなければ、歴史は大きく変わっていたのだ。
「敵ながら羨ましい」
私の口から、つい本心が漏れた。ガリオスが一体いれば、戦時では最強の切り札となり、平時では治水に道路整備と楽ができる。
「どこで拾ったのです? 私も欲しいのですが?」
「橋の下にな、『拾ってください』と箱に書かれて置いてあったのだよ」
「俺は捨て猫か! ってかお前らうるさいんですけど! 手を動かさないなら、口ぐらい閉じとけ!」
私たちの雑談を聞きとがめ、岩を運んでいたガリオスが険しい目で睨む。
「ああ、なんたる悲劇! 虜囚の辱めを受けていなければ、この細腕が折れてでもお手伝いするというのに、このギャミ、今ほど囚われの身を呪ったことはありませぬ」
ギャミは口を閉じるどころか、跪いて天に手を伸ばして嘆きの言葉を吐く。だがその仕草は演技過剰で、何より台詞が棒読みだ。
「この野郎! ほんと見捨てんぞ!」
ガリオスが唸る。どうやらこの二体、冗談を言い合う程度には仲がいい様だ。
「ところでガリオス閣下。あなたには一つ聞いておきたいことがあります。坑道から脱出した後は、どうするおつもりですか?」
私は作業をするガリオスを真っ直ぐ見た。
ガリオスの力があれば、地下からの脱出は可能だろう。だがその後のことを、私たちはまだ決めていない。
「ん? それはまぁ、外の状況次第だな。外に出たら俺んとこの兵隊がいるはずだ。お前んとこの兵隊も多分いるだろ。もしかしたら、殺し合っているかもな」
ガリオスが爬虫類の顎を、土砂に埋もれた外に向ける。
確かにその可能性は大いにあった。アルとレイが冷静な判断をして交戦を避けてくれていれば、ガリオスの救助を優先したい巨人兵は戦わないかもしれない。だが地下にいる今、外の状況を確認する術はない。
「外に出た時の状況次第だが、お前がうまく収められるってんなら、お前さんのやりたいようにやってくれていいぜ」
ガリオスは気軽に私に主導権を渡してくれる。その自信の背景には、いつでも主導権を奪い返せる実力があるからだろう。
「うまくまとめる事ができれば、私たちと停戦してくれると?」
「ああ、それでいい。ギャミ、お前もそれでいいよな?」
「囚われの身といたしましては、否も応もありませぬ」
問われたギャミは、ツルツルした顔に皺を作り吐き捨てる。
ギャミの苦悩が私には理解できた。彼の命は私の采配一つにかかっている。私が停戦に失敗すれば、戦争が続行となる。戦いになれば私は死ぬかもしれず、死ぬ前に必ずギャミを道連れにすると決めている。ギャミは生き残るために、敵である私が有能であることを願わなければならないのだ。
「しかしガリオス閣下。停戦してくれるのはありがたいのですが、それでいいのですか?」
「ん? なんだ?」
ガリオスは岩を退けながら、気のない返事を返す。
「私はあなたの兄である、魔王ゼルギスを討った者の一人です」
私はガリオスから視線をそらさずに告白した。
最初は隠しておこうと思っていたが、ガリオスの性格を分析して、言っても問題ないだろうと判断したのだ。
「へぇ、お前があの王子様と一緒に、兄ちゃんやったのか」
私の予想通り、ガリオスは兄の仇が目の前にいると言うのに、怒りの表情すら浮かべなかった。
「いいのですか? 私は兄の仇ですよ」
「仇討ちに興味はねーよ。ってか、殺された兄ちゃんの方が悪い」
ガリオスの答えはさっぱりしたものだった。
これまでの受け答えからも予想できたことだが、ガリオスは武断派の性格で強敵との戦いを求める。だが怨恨を戦いに持ち込まない。生死は戦士の常であるとしている。おそらくガリオスは自分を殺した相手であっても、恨むことはないだろう。
「それに、弱いお前と戦っても楽しくない。お前を守っていた二人の騎士、炎の魔法を使う奴と、風の魔法を使う奴なら楽しめそうだ。だが連中もまだまだ青い、熟すには時間がいるな。楽しめるようになるのは、最低でも三年後だな」
ガリオスは将来が楽しみだと、口の端を歪ませながら手を伸ばして岩を退ける。すると入り口をふさいでいた岩が一部崩れ、外からの光が大きく差し込む。出口が開いた。
光明が見えた。だがここからが勝負だった。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
ロメリア戦記のコミカライズが始動しました。
マンガドア様より好評連載中です。
私は見本を見させていただきましたが、上戸亮先生の絵が上手くて最高ですよ。
ぜひ見てください。




