第九十九話 地面の下に閉じ込められたから、ガリオスと交渉した
唸り声のようないびきが止まり、私とギャミはすぐさまガリオスに目を向けた。
うつ伏せに横たわるガリオスの体が震え、閉じられていた瞼が開かれる。
私は即座に立ち上がり、腰の剣を抜いてギャミの首筋に添えた。ガリオスが私を殺そうとした時に、いつでもギャミを斬って道連れにするためだ。
目覚めたガリオスは開いたばかりの瞼を閉じ、眉間にしわを寄せながら上体を起こして座り込む。そして私を丸呑みに出来そうな大きな口を開いて欠伸をした。
「おはようございます、ガリオス閣下」
目覚めたガリオスに、私は魔族の言語であるエノルク語で話しかけた。
第一声はとにかく大事だった。問答無用で襲い掛かられては、交渉の余地がなくなる。まず声をかけて、何でもいいから相手から返事を引き出さなければいけなかった。
「ん? おお。おはよう……ってここどこだ? つーか、お前誰だ? そこにいるのはギャミか? どういうことだ?」
目覚めたばかりのガリオスは、寝ぼけ眼で私の声に返事をした後、周囲の状況に気付き、目を細めて疑問符を浮かべた。
「おはようございます、ガリオス閣下。ここは地面の下でございます。私は目下、この娘に囚われの身となっております」
「ん? その娘に捕まってるのか?」
「ええ、ご覧の通りの有様で」
ギャミは手を広げ、剣を突きつけられる自分の姿を見せる。
「お前、確かロメリアだったな。ギャミを捕まえてどうするつもりだ?」
ガリオスが、巨大な爪の生えた人差し指を私に向ける。
座ってなお私を見下ろす巨体である。ガリオスの機嫌を損ねれば、即座に殺される。私は覚悟を決めて背筋を伸ばした。
「我々は現在、この地下に閉じ込められています。出口はありません。脱出するためには、貴方に岩を退けてもらわなければいけません」
私は堂々と、それでいて礼儀正しく話した。
卑屈に出ては侮られ、付け入る隙があると思われてしまう。逆に強気に出すぎれば反発される。相手に侮られず怒らせない、ぎりぎりの境目を見極めることが重要だった。
「ああ、なるほど。ギャミを質にとって俺に岩を退けさせようってことか」
ガリオスは呑み込みが早く、爬虫類の巨大な顔で頷く。私はガリオスが次に何をするか、固唾を呑んで見守った。
この賭けが伸るか反るかは、ガリオスの胸三寸で決まる。今日初めて相対した敵が、私の命を握っているのだ。
「ああ、いいぜ」
私の決死の交渉に対し、ガリオスは軽い声で承諾した。
「いいのですか?」
「ああ、お前みたいな娘を殺しても面白くもねーしな。それにどうせここから脱出するには、岩を退けなきゃなんねーんだ。ついでにお前も出してやるよ」
ガリオスの言葉には何のてらいもない。そこに嘘や策略が入っているようには見えず、私はガリオスの言葉が、偽りない本心であると分かった。
「ガリオス閣下の言葉は信じていい。嘘は言わぬお方だ」
私に剣を突きつけられたギャミが、ため息交じりに請け負う。
敵ながらギャミの言うことは真実だろう。ガリオスの力は圧倒的だ。かつてアンリ王子が討伐した、魔王ゼルギスにすら匹敵する。純粋な力勝負なら魔王すら超えているだろう。
そして強い者は嘘をつかない。押し通したいことがあれば、力でねじ伏せればいいからだ。私のように言葉を偽り、嘘で相手を騙す必要が無い。嘘ばかりついている私からしてみれば、なんともうらやましい話だった。
「だが言っておくが、約束を破ってギャミを殺そうとしたら、その時は容赦しないぜ」
ガリオスが笑いながらも付け加える。
笑顔の隙間から見える牙を見て、私は息を呑んだ。
ガリオスは嘘をつかない。つまり今の警告にも嘘はない。もし私が約束を破りギャミを殺そうとすれば、ガリオスは地の果てまでも私を追いかけてくるだろう。下手な行動は慎むべきだった。
「さて、出る方法を考えるか。しかしまさか、地面に穴が開いて、山が崩れるとはなぁ」
ガリオスがぼりぼりと鱗を掻く。
「まったく、閣下も少しは力加減というものを覚えてください」
「悪い悪い、地面が抜けるとは思わないだろ」
「ここは廃坑ですから、土砂崩れや地面の崩落にはお気を付け下さいと、私は言いましたよ」
「そうだっけ?」
ギャミとガリオスは地面の底で軽口を叩く。その関係は何とも気安い。
ガリオスは魔王ゼルギスの弟であり、魔王亡き今は次期魔王を名乗ってもおかしくない魔族だ。しかしガリオスは身分をひけらかすことなく、ギャミと話している。個人的な友人という間柄もあるのだろうが、元々ガリオスが気のいい性格をしているのだろう。少し話しただけでもわかったが、彼にはどんな相手とも等しく付き合う器の大きさがある。
敵ではあるが、男としては好感が持てる性格だった。だがそれ故に、私はガリオスに対する警戒心を強めた。
気のいい男だが、ガリオスは危険な存在だった。今はまだ戦士としての生き方しかしていないが、彼には王の器を感じる。
無類の強さと誰とでも等しく接するガリオスの気風は、多くの魔族を引き付けるだろう。ガリオスが魔王となって立ち上がれば、魔族はガリオスの下で一致団結し、強固な軍団が出来上がる。そこにギャミの智謀が加われば、止めるすべはない。
今はこの二体の魔族と協力して、この地下から脱出しなければいけなかった。しかしいずれ私はこの二体とは再度戦場に相対し、決着をつけることになるだろう。
私は来るべき激戦に震え、拳を固めた。
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