第九十八話 ロメリアの嘘
最近こっちの更新が遅れて申し訳ありません
子供のように小柄な魔族を人質に取り、地下からの脱出を考えた私だが、差し当たって現在はやることがなく、焚き火を囲みじっと座っていることしかできなかった。
私が考えた脱出計画では、ガリオスと交渉して岩を退けさせる必要があるのだが、そのガリオスが今は眠り、一向に意識を取り戻さないからだ。
剣で斬りつけても起きないのだから、これはもう目覚めるまで待つしかなかった。
待っている間、松明にした木の棒が燃え尽きかけた。だが幸いなことに大きな木材が周囲に散乱しており、木材で焚火をすることが出来た。おそらく坑道を支えていた支柱か何かだろう。小さな魔族と火を囲みながら、いびきをあげるガリオスが目覚めるのを待つ。
私が火を眺めていると、焚火の反対側に座る魔族が私を見る。
「その方、名前はなんというのだ?」
白い衣を着た魔族は、小さな瞳で私に問う。
「ロメリアと言います」
「そうか、ロメリアよ。一つ聞きたい。私を人質として、ガリオス閣下と交渉して、ここから脱出する。それはいいだろう。だがガリオス閣下がその条件を飲まなければ、どうするつもりだ?」
「それは考えるまでもありませんね、貴方を殺して、私も殺されます」
私はあっさりと自分の死を口にした。
私としても、やすやすと殺されるつもりはない。どんな時でも、常に生き残る方法を模索するつもりだ。しかしガリオスの力は、通常の兵士の力をはるかに超えている。ロメ隊最強である、アルやレイでも正面からでは勝てなかった。
当然、非力な私がガリオスに勝つ可能性は、万に一つもない。この逃げ場のない地下でガリオスが私を殺すと決めれば、何がどうあっても私は死ぬ。ならば私は、魔王軍に少しでも損害を与える結末を選ぶ。一体でも多く魔族を殺す。
「私を殺してガリオス閣下に殺される。それでお前は満足なのか?」
「満足ではありませんが、仕方ありません。それに、そう悪い取引ではないと考えています。貴方は危険な存在だ」
私は子供のような魔族を改めて見た。
ガリオスとの戦いの最中、私は魔王軍に包囲されて逃げ場をなくし、活路をガリオスのいる方向にしか見出せなかった。
その時魔王軍を指揮していたのは、目の前の小柄な魔族だった。わずかな時間で陣形を変更し、私たちの逃げ道を塞いだ。その采配は敵ながら見事というほかない。まるで書物に書かれる、天才軍師の手際のようだった。だがそれだけに危険だった。
「貴方は優れた指揮官です。できることなら、今のうちに殺しておきたいぐらいです」
私は真っ直ぐに小さな魔族を見た。
もし次にこの魔族と戦場で出会った場合、必ず勝てる保証はない。おそらく命懸けの死闘となるだろう。この魔族の首を一つ取るために、どれだけの血が流れるかわからない。
逆に今ここで、目の前の魔族を殺すことができれば、それは魔王軍の片翼をもぎ取ったに等しい戦果と言える。
私の命と引き換えにするには、惜しくはない相手だった。
「それは光栄と言っておくべきかな」
小柄な魔族はシワのない顔を歪め、皮肉な笑みを見せる。
「ところで一つ聞きたいことがあるのですが。貴方はもしやギャミではありませんか?」
私が名を尋ねると、小さな魔族は眉のない瞳を見開いて驚く。
「これは驚き、私の名前が人間にまで知られていようとはな」
ギャミは顔では笑っていたが、その瞳には鋭利な鋭さがあった。私の調査能力を警戒しているのだろう。
「実は、調査して知ったのではありません。この本の中に書かれていたのです」
私は懐中から一冊の本を取り出してみせた。それは魔王ゼルギスの日記だった。
日記にはギャミと言う名の魔族のことが記されていた。小さい奴と描写があったので、おそらく目の前の魔族のことではないかと推測したのだ。
「それは! 魔王様の字!」
本の表紙に書かれた文字を見るなり、ギャミは誰の日記なのかすぐに気づいた。
「なぜお前がそれを持っている! いや、まて。そうか! お前が五人目だな!」
ギャミが爬虫類特有の、縦に割れた瞳孔で私を睨んだ。
「我々は魔王様を殺した者について、徹底的に調査した。そして魔王様を殺した犯人は四人、ないしは五人ということを突き止めた。うち四人の名前や姿はすぐに調べがついたが、五人目の情報は全くと言っていいほど出てこなかった」
ギャミは主人を殺した私に、憎しみのこもった声を吐く。
おそらく私の名前が出てこなかったのは、アンリ王子との不仲から、私の存在が抹消されていたからだろう。そのおかげで、私の存在が魔王軍に広まらなかったのだから、皮肉な結果だ。
「人間共もやりおるわ。お前のような存在を隠していようとはな!」
ギャミが騙されたと叫ぶ。それは勘違いなのだが、いちいち正す必要はない。
「それで、人間如きが、魔王様の日記を盗み見て何をする気だ?」
「初めは魔族の言語の勉強のつもりでした。ですがなかなか面白い。興味深いことがいろいろ書かれてあります。この中に貴方のこともありましたよ」
私はゼルギスの日記を掲げてギャミを見た。
「魔王様が? 私のことを?」
「ええ、日記には遠征に赴いた、貴方達の思い出が書かれていましたよ。ともに戦場を駆けた時が懐かしいと。たとえ生まれた時は違えど、死ぬときはともに枕を並べたいと書かれていました。部下思いのよい主君だったようですね」
「な、魔王様が……」
私が日記の内容を語ると、ギャミは目を見開き、瞳が動揺に揺れる。しかしそれも一瞬の事、次の瞬間ギャミの瞳が鋭く光り、私をきつく睨む。
「嘘を申せ! たとえ誰も読まぬ日記の独白であっても、魔王様がそのようなことを書くものか!」
ギャミが烈火の如き怒りを見せる。
「大方、魔王様の後を追って、私が自決する事でも狙っていたのであろう。そのような姦計に、引っ掛かるものか! 違うと言うなら、その日記を見せてみよ!」
ギャミが短い手を日記に伸ばしたが、私は日記を懐に戻し、内心舌をだした。
指摘の通り、先ほど語って見せた話は真っ赤な嘘だ。日記には部下を思う気持ちなど、一行も書かれていない。
「そら見ろ! 見せることが出来まい! 死者の言葉を騙るとは、地獄行きも免れぬぞ!」
ギャミが私の不道徳を責めるが、地獄行きなど脅し文句にはならなかった。
「それは恐ろしくもありませんね、指揮官や参謀と言う人種は、全員一人残らず地獄行きが決まっています。貴方とて、自分が天国の扉を叩けるとは思ってはいないでしょう?」
私が言い返すと、これにはギャミも顔をしかめた。
指揮官や参謀は、何よりも効率を重視する。突き詰めて考えれば、戦争とはいかに効率的に味方を殺すかと言うことなのだ。私達は日々敵だけでなく味方を殺し、命を数字のやり取りとして考えている。
敵を倒すため、戦争に勝つためとはいえ、自分たちは絶対安全な場所で兵士を死地に追いやっているのだ。どれほど神様が寛大だったとしても、言い訳の余地なく地獄行きだ。
カシューで兵士を率いたその時から、いや、魔王討伐の旅で人々を犠牲にしたその瞬間から、地獄行きの覚悟は出来ている。
死者の言葉をねつ造することで、手ごわい敵が勝手に死んでくれるのであれば、私は幾らでも嘘を言える。そこに何の躊躇もない。
「バルバル大将軍は、引っかかってくれたのですけれどね」
私は過去についた嘘をばらした。
少し前にバルバル大将軍と相まみえた時、私はとっさに一計を案じ、魔王ゼルギスの言葉をねつ造した。
バルバル大将軍は私の嘘を聞き、結果自決という道を選んだ。
「あの間抜け」
私の計略に引っかかったバルバル大将軍に対し、ギャミは顔をしかめて吐き捨てる。
「言っておくが小娘! バルバルの奴はガリオス閣下に敗れ弱っていた。魔王軍のすべてが自決を選ぶ弱卒と思うな! 我ら魔族は誰もが戦士、死ぬ間際であっても戦うことをやめたりはせぬぞ!」
ギャミは小さい体ながら気を吐く。
実際その言葉は正しいだろう。バルバル大将軍は傷を負い敗走していた。もはや先行きはなく絶望していたのだ。
私はその気配を感じ取り、彼が望む死の方向へと誘導しただけだ。それにバルバル大将軍自身、私の嘘に気づいていた可能性がある。だが今は亡き主君の名を辱めぬため、誇り高い最期を迎える道を選んだのだ。
「しかし貴様もよい性格をしておるわ、そのような事ばかりしていれば、いずれ背中から斬られるぞ」
「今まで何度も、背中から斬られた方の言葉は違いますね」
皮肉を言うギャミに対し、私は懐にしまった日記をまた出した。この日記の中には、ギャミが何度か暗殺されかかったことも書かれていた。
「貴方も仲間内で、だいぶ嫌われているようですね」
「ふん、馬鹿に嫌われても気にもならん」
ギャミはどうでもいいと、つるつると光る顔を背ける。
「……それで? 魔王様の日記には、ほかになんと書かれていた? どうせあいつは気に入らない。あいつは嫌だと書いてあるのだろう」
「正解、魔王ゼルギスのことをよくわかっていますね」
ギャミの指摘の通り、日記に書かれている部下のことは、大抵が悪口だった。
「魔王様とは、一年や二年の付き合いではないからな。腹の底では、私のことなど殺したいと思っていただろうよ」
皺のない顔を歪ませて、ギャミが吐き捨てる。
「それも正解です。魔王ゼルギスは貴方を、二番目に危険な魔族として警戒していたようです」
「ふん、一番警戒していた名前を当ててやろう。そこで寝ているお方ではないか?」
ギャミがいびきをたてるガリオスを、小枝のような指で差す。
「それも正解。日記には弟と書かれていますが、ガリオスは魔王ゼルギスの弟なのですよね? 兄弟で憎しみ合うとは、素晴らしい兄弟関係ですね」
「王たるもの、いろいろあるのだろうよ」
私が皮肉を言うと、ギャミがつまらなそうに答えた。
「ではそこまで魔王ゼルギスを知る貴方に、尋ねたいことがあります。魔王ゼルギスとはどういう魔族でしたか?」
私は尋ねずにはいられなかった。
討伐するまで、私にとって魔王ゼルギスはただ憎むべき敵だった。しかし魔王の日記や手記を読む限り、彼は私達には見えていないものが見えていた。魔大陸の魔族を統一するだけでなく、魔法で動く船を作り上げて、我ら人類の大陸にまでその手を伸ばした。
その野望は果て無く、そのまなざしははるか遠い。日記や手記の断片的なものでは、魔王ゼルギスの全体像をはかり知ることが出来なかった。
「魔王様か……あのお方はな、竜よ。竜の生まれ変わりよ。私もあの方の心の底までは覗けなんだ。何を考え、何を思っていたのかは計り知れん。だから仕えておったのよ」
ギャミは小さな目を細め、亡き魔王を忍ぶ。どうやらギャミにとって、魔王ゼルギスは唯一自分を越えた相手と思っていたようだ。
魔王ゼルギスはギャミのことを、魔族一の知恵者であり、それだけに危険な魔族だと警戒していた。しかしそのギャミですら、魔王ゼルギスを見定めることが出来なかったのだ。
魔王ゼルギス。彼が何を考えて何を目指していたのか、ギャミからもっと情報を引き出そうとしたその時、地下にこだましていたガリオスのイビキが、突然止まった。
ガリオスが目覚めたのだ。
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