第九十七話 最後に勝てばよいのです
ちょっと短いです
子供のような魔族を人質に取り、私は寝息を立てるガリオスと対峙した。
生き埋めとなった状態から脱出するには、なんとしてでもガリオスをうまく使わなければいけない。
それが唯一の活路、生き残る道だった。
それは分かっている。だが眠るガリオスを見て私の中で感情があふれ出した。
胸の中から溶岩の如き煮えたぎる怒りがあふれ出し、私は感情の赴くままに腰の剣を抜くと、ガリオスに向けて振り下ろした。
剣はガリオスの堅牢な鱗に阻まれ弾かれる。だがそれでも構わず私は何度も刃を振り下ろした。
剣を振るう私の胸の中には、ただ悲しみと怒りがあった。
こいつらが、こいつらさえいなければ!
私の脳裏には、これまで魔王軍の犠牲になった人たちの顔が思い出された。
こいつらさえいなければ、ミーチャもカーラさんも死なずに済んだ。ミシェルさんやトマスさんも、小さなセーラも死ぬことはなかった!
こいつらさえいなければ! 多くの悲劇が無かったのだ!
私の頬を、一筋の涙が流れる。
私は全身の力を込めて剣を振り下ろしたが、非力な私では眠るガリオスの寝首すらかけず、その鱗には傷一つつかない。
私はどうしてこれほど非力なのだ。
悔しさに顔を歪める私の背中に、呟きのような声がかけられる。
「雛鳥よ。敵を憎むな。判断が鈍る」
人の言葉を話したのは、人質として捕らえた小柄な魔族だった。
「と、これは余計な言葉だったかな」
小さな魔族が笑う。
魔族が何を言う。
一瞬そう思わないでもなかったが、私は小さく頷いた。
「いえ、自戒します」
私は流れる涙をぬぐい、魔族に対して頭を下げた。
相手は魔族であり、憎むべき敵である。
だが魔族であっても、正しいことを言うことはある。正しいものは受け入れねばならず、敵の言葉であっても認めなければいけなかった
私に戦う力はない。頭だけが、思考することだけが唯一の存在価値だ。
頭脳を活かすためには常に冷静で居なければいけない。そのためには敵を憎む感情すら不要だった。
ミーチャの犠牲も、カーラさんが亡くなったことも、ミシェルさんやトマスさん。セーラが身代わりになったことも、全ては過去だ。どれほど後悔してももはや取り消せない。
だが未来は別だ。
私がより早く、より良い判断や指示を下せば、それだけ犠牲が減り、多くの人を助けることが出来る。
少しでも犠牲を減らすことが出来るのなら、私個人の感情は考慮に値しない。
たとえ憎むべき敵でも、へつらいの笑みを浮かべ、愛想笑いをし、満面の笑みで握手すべきだった。
すべての魔族を殺し尽くすまでは。
実はこのエピソードを書くために、今回ロメリアを生き埋めにしました。
「敵を憎むな、判断が鈍る」名画『ゴッドファーザー』の名台詞です。




