第九十六話 地面の底に閉じ込められたら宿敵と出会った
私は体中に走る痛みで目を覚ました。目を開けても周囲に一切の光はなく、何も見えなかった。
だが私は何が起きたのかすぐに思い出し、混乱に陥ることはなかった。
「たしか山が崩れてきて、それで廃坑に逃げ込んだんだった」
私は暗闇の中でつぶやき、現状を再確認した。
ガリオスという魔族が引き起こした超破壊は、大地を穿ち、山さえも崩した。
信じられない力だった。この山の崩壊に巻き込まれて死んでくれていればいいのだが、あの不死身ぶりを考えれば望み薄と言うしかない。
暗闇の中で身を起こした私は、まずは自分の体を確認した。体中あちこち痛いが、手や指はちゃんと動くし、足も動く。骨が折れた箇所はない、出血もない。全身の打身だけで済んだのは、幸運と見るべきだろう。
私は手探りで、懐に収めた道具を取り出した。
懐には紙と字を書くための炭だけでなく、火打ち石やおがくずといった、火起こしの道具も入っていた。野営中、夜中に緊急の命令書を読んだり書いたりするときに、手元に火を起こす道具が必要になる時があるので、いつも持ち歩いているのだ。
私は紙の上におがくずを乗せて、火打ち石で火を起こす。完全な暗闇では難しかったが、なんとか火を付けることが出来た。
小さな光が周囲を照らすと、私のすぐ近くで、馬が一頭倒れているのが見えた。私が乗っていた馬だ。首の骨が折れて絶命していた。
私が無傷でいられたのは、この馬が衝撃を吸収してくれたお陰だろう。馬に短い黙祷を捧げたあと、私は鞍を調べた。鞍には鈴蘭の旗が突き刺してあったはずだが、途中で折れて無くなっていた。だが半分もあれば十分だ。私は折れた棒を手に取ると、服の一部を切り裂いて棒の先端にくくりつける。そして布を燃やし松明の代わりとした。
火が大きくなり、周囲を照らす。だが周りが見えるようになっても、事態は好転しなかった。周囲には岩ばかりが散乱しており、出口らしきものは見えなかった。
救助を待ちたいところだが、周囲には魔王軍もいることから、外でどんなことが起きているのか予想も出来ない。自力で脱出を目指すべきだろう。
私は立ち上がり、廃坑の中を歩いた。
といっても、廃坑の中もあちこちが崩れており、今歩いている場所が、廃坑の道なのか、それとも崩れて出来た穴なのかも分からない。
しばらく歩くと、低い音が聞こえてきた。
隙間風のようにも聞こえるが、獣の唸り声のようにも聞こえる。
この音が隙間風なら僥倖だ。出口があるのかも知れなかった。だが何かの唸り声ならば危険な兆候だ。魔物か獣が、廃坑に住み着いているのかも知れない。
私は耳をすまし、音に全神経を集中させる。
音の間隔はほぼ一定。唸り声である可能性が高くなった。この音の先に『何か』がいる。
私は腰の剣を抜くと、その音から逃げるのではなく、むしろ向かっていった。
危険な行為と分かっているが、この状況で危険な存在を無視することの方が、かえって危険だった。せめてそれがなんなのかを知っておかないと、この状況では生き残れない。
音の正体を探るべく、私は慎重に歩みを進めると、音は次第に大きくなっていった。
私はゆっくりと炎を掲げて先を照らすと、そこの巨大な顔が浮かび上がった。
岩のようなゴツゴツした肌に、大きな口。この顔には見覚えがあった。
この大破壊を引き起こした張本人、破格の巨体を持つ魔族、ガリオスだった。
強大な魔族を前に、私は総毛が逆立つ思いだった。
体を彫像のように固め、息を呑む私を前に、ガリオスは地の底から響くような唸り声をあげる。だがその音に変化はなく、一定の周期を保っていた。
私はガリオスをよく観察すると、ガリオスの大きな瞼は閉じられ、喉が膨らんでは鼻から息が吐き出され、喉が萎んだ後にまた膨らむ。
どうやらガリオスは眠っているようだった。唸り声に聞こえたものは、ただの寝息だったのだ。
私は手に持つ剣に力を込めた。
もしここでガリオスを殺せれば、それは人類にとって大きな利点となることだった。
あの災害とも呼べる力。魔王ゼルギスに匹敵する。おそらく魔王軍最大の戦力だろう。ここで寝首をかくことが出来れば、この大陸に残る魔王軍の片翼をもいだことになる。
だが私に、ガリオスを殺す力はなかった。
非力な私に、ガリオスの分厚い鱗は貫けない。私では寝首すらかけないのだ。今はここを立ち去るしかなかった。
眠るガリオスのもとから私は静かに離れ、いそいで外へとつながる道を探した。
今すぐにでも、アル達と合流したかった。私にガリオスを殺すことは出来なくとも、アル達ならば可能だからだ。
活路を探す私の目に、光明がさした。
外へとつながる光だ。
しかし希望はすぐに失望へと変わった。外へとつながる穴はあまりにも小さく、腕一本が外に出るかという大きさしかない。周りには巨大な岩が行く手を遮り、岩を退けることも不可能。
私はここを諦めて別の道を探したが、どこもすべて塞がれており、あと行けそうな道は一つだけだった。
私は最後に残された希望に縋って向かうと、道の先から声が聞こえてきた。しかし助かってはいない。聞こえてきた声は、鳥の鳴き声のような魔族の言葉だったからだ。
さらに行先にも光がなく、出口がないことがわかる。おそらく声の主である魔族も、ここに閉じ込められているのだろう。
すでに松明の火を見られているので、こちらの存在はバレている。逃げることは出来ない。
魔王軍の兵士相手に、私では絶対に勝てない。しかし殺されるぐらいなら、一矢報いるべきだろう。
私は手に持つ剣に力を込める。すると向こう側でも灯がついた。小さな筒のようなものが発光していた。何かの魔道具らしく、炎ではない淡い光が空中に浮かび上がる。
淡い光に照らされて、魔族の顔が少しだけ見えた。その魔族は顔に皺がなく、背丈が小さな子供のような魔族だった。
魔王軍の本陣で、指揮をしていたあの魔族だ。
最悪の状況だが活路が見えた。あの魔族は杖をついていた。見た目通りの身体能力しかないとすれば、私でも制圧出来る。
私は剣を鞘に収め、魔族の言語エノルク語で話しかけた。
相手は私を魔族だと思い込み、全く警戒していない。私は魔族のふりをして距離を詰め、素早く剣を抜き、子供のような魔族の喉元に突きつけた。
私の顔を見て魔族は驚き、苦渋に顔を歪めたが、抵抗する気はないらしく、私の言うことを聞いてくれた。
まずは手荷物を没収し、中身を改める。子供のような魔族は指揮官か参謀であるらしく、書類などの紙を大量に持っており、字を書くための炭が入っていた。武器になりそうなものは、小刀が一つあるだけ。あとは先ほど魔族の手元で光を放っていた、小さな筒があるだけだった。
どうやら魔石を用いた、発光する道具らしい。便利な道具なので、もらっておこうと、懐に収める。
手荷物を検分する私に、目の前の魔族がなぜ殺さないのかと尋ねてくる。
確かに、敵同士なのだから、すぐに殺すべきなのだろう。しかし殺すわけにはいかない事情がある。
私は先ほど見つけた、外へとつながる小さな穴のもとに案内した。
おそらくここだけが唯一外と繋がっている。ここの岩を撤去する以外、助かる見込みはない。だが私や目の前の魔族では、ここにある岩一つ動かせない。
誰かに手伝ってもらわなければならない。それも怪力、無限の体力を持つような大男が必要だった。
そして幸か不幸か、私にはその当てがあった。
私は次にガリオスのもとに魔族を案内した。ガリオスは未だ眠り続け、大きな寝息を立てている。
眠るガリオスを見るなり、子供のような魔族は全てを察し、ため息をついた。
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