第九十五話 奇妙な三人組
丸一か月近くほったらかしにして申し訳ありません。
ちょっといろいろありまして、小説は毎日書いていたのですが、こっちを手をつける余裕がなく
一日隙間が出来たので何とかねじ込みました。
ギャミの目の前では、女がギャミの荷物を全て取り上げ、一つ一つ検分していた。ギャミはそれを黙って見ているしかなかった。
人間の女に捕らえられたギャミは、全ての抵抗を諦めた。
諦めは肝心である。この容姿と体型に生まれついたその時から、ギャミは多くのことを諦めざるを得なかった。
ギャミが見る女の腕は細く、鎧の隙間から覗く首筋は柔らかそうであった。
この女は間違いなく非力である。ここに魔王軍の兵士一体、いや、訓練を受けておらずとも、男の魔族が一体でもいれば、あっさりと女をひねり殺したことだろう。
だがギャミは、この世にいる誰よりも非力である。下手をすれば子供にだって負ける。ギャミより弱い存在を探そうとすれば、もう赤子位しか思いつかない。
よって、抵抗は無意味である。
だがギャミは抵抗を諦めても、生きることを諦めるつもりはなかった。
多くを諦めてきたギャミだが、そこだけは諦めたことない。何がなんでも生き残り、再起をかけるのがギャミの生き方だ。
見たところ女は、ギャミをすぐに殺すつもりはないようだった。
「なにを考えている?」
ギャミは荷物を調べる女に、人間の言葉で尋ねた。
「おや、人間の言葉を話せるのですか?」
「それはこちらのセリフだな。人間が我らの言語を話すとはな」
女が意外そうな顔をしたが、先ほど女が現れた時、誰よりも驚いたのはギャミであった。
魔王軍は人間を捕らえ、奴隷として使役している。そのため魔族の言語を話す人間は存在する。だがあくまで片言程度だ。奴隷に命令するだけなら、簡単な単語で十分だ。それに下手に知恵を付けさせれば、かえって危険であるため、多くを教えることは禁じてある。
しかし目の前の女は、発音は正確ではなかったものの、文法は完璧であった。
女の声を聞いた時、ギャミはなまりのある兵士だとしか思わなかったほどだ。
「貴方は自分が人間の言葉をしゃべれるのだから、相手も同じことが出来る。とは考えないのですか?」
女に指摘され、ギャミは顔をしかめた。
ギャミが人間の言葉を覚えたのは、捕らえた捕虜を尋問して情報を聞き出すためだ。つまり女も捕らえた魔族から、情報を引き出すために言語を覚えたのだ。
ギャミはこの女が、兵士達を率いている姿を目撃していた。
女が兵士を率いるなど、最初はなんの冗談かと思った。だが少なくとも遊びや何かの勘違いで、戦場に出ているわけではない。女は勝つために思考し、長い時間をかけて努力してきた上で戦場に立っている。
ギャミはもう一度、女を観察した。
人間の年齢を魔族のギャミが見た目で判断するのは難しいが、女の顔に皺が無いため、若いと推測出来る。背丈は低く体も華奢な部類だ。やはり力は弱いだろう。身につけている服や鎧は、手の込んだ高価な品であるから、裕福な家の出であることが分かる。
鎧には大きな傷は無い。敵と切り結んだ経験は、ほぼ皆無であろう。しかし今日が初陣ではない。細かな傷が幾つもあり、使い込まれていた。これまでにも何度も、実戦を潜り抜けていることが分かる。
さらに敵の言語を覚え、情報収集に努めていることから、知識階級の出身であることが分かった。
ギャミが観察で得た情報を分析すると、目の前の女は知識や戦術を駆使し、後方から兵士を指揮する、策士型の指揮官であることが予想出来た。
だが女は、戦場で兵士の先頭に立ち指揮をしていた。
おそらく前線に立つことで敵の動きを察知し、最適の判断を最速で下すためだろう。
指揮官自ら最前線など、ギャミは馬鹿げていると思う。だが女は馬鹿ではない。考えて行動している。理詰めで動く人間ならば、話し合いの余地がある。また、ギャミを殺さずいるのにも、理由があるはずだ。
「何故だ? 何故殺さぬ?」
尋ねたギャミに、女は言葉を返さず、ギャミの荷物の中から懐中魔灯を手に取り、灯をつける。
「へぇ。これ便利ですね」
火を使わない灯を女は珍しがり、ギャミの懐中魔灯を自分の懐の中に入れる。
愛用の品を奪われて、ギャミは顔を曇らせたが、囚われの身だ。文句を言うわけにはいかない。それに後方の拠点であるローバーンに戻れば、同じものはいくらでも手に入るので、そこまで惜しむ物ではない。
「貴方を殺さないでおく理由はただ一つ。人質です」
「人質だと?」
「はい、ですので、おとなしくしてくれると助かります」
ギャミの疑問符に、女は笑顔で答えた。
「こっちへどうぞ」
女は松明を片手に立ち上がり、ギャミを促す。
ギャミは女の後を歩き、岩だらけの道を蹴つまずきながら進むと、視線の先に一筋の光が見えた。外の光であることは明白であり、ギャミは喜んだが、すぐに失望に変わった。
外につながる穴は小さく、拳一つ分もない。穴を広げようにも、周囲には巨大な岩がいくつも塞いでおり、そのどれか一つでも、ギャミには動かせそうになかった。
「まさか、この岩を私にどけろというつもりか?」
「出来るのならお願いしたいところですが、そこまでは期待しておりません。岩を退けるのは、別の方にやってもらいます」
「別の方?」
「こちらへ?」
再度疑問符を浮かべるギャミに、女がまた促す。
仕方なくついていくと、洞窟の奥から、低く響く音が伝わってきた。
風の音にも聞こえたが、獣の唸り声にも聞こえる。
女が進むと音は次第に大きくなり、発生源に向かっていることが分かった。
「ここです」
女が歩みを止めると、音はすぐ側で聞こえた。それは風の音などでは決してなく、何者かの声だった。獣百匹にも匹敵する唸り声を上げる何かが、すぐ側にいる。
女が松明を掲げると、地面に横たわる巨体が顕となった。
岩の様な肌に、竜を思わせる顔立ち。
魔王の実弟ガリオスの姿がそこにあった。
行進が遅れて申し訳ありません。これからも頑張りますのでよろしくお付き合いのほどをお願いします




