第九十三話 救助
巨人兵達が警戒しながらも、この場を離れて距離を取る。
アルは振り返り、仲間達を見た。その目には勝手に休戦を結んだアルに対する非難で溢れていた。
「アル! 貴様! 勝手なことを!」
「そうだ、なぜ戦いを止める」
レイが叫び、グレンが非難する。グランとラグンの双子も同じ顔でアルを睨む。
「おい! お前ら、落ち着け! アルの判断は間違ってねーぞ」
レイ達を宥めたのは、ロメ隊のタースだった。
「ロメリア様の救助は一刻を争う。こんなところで戦ってる場合か?」
タースの言葉にレイが黙る。普段はいい加減なところがあるタースだが、窮地にあっては正鵠を得ることを言う。
「そうだよ! 皆はロメリア様が死んだと思ってるの?」
タースに続いたのは、ロメ隊のゼゼだった。
「そんなことは!」
ロメリアが死んだと思っているのか問われ、レイがすぐさま否定した。
「だったら! 生きてる前提で動くべきでしょ? もしここで戦えば、多分全滅する。その後ロメリア様が自力で脱出してきたとしても、残った魔王軍に殺されるだけだよ?」
ゼゼの厳しい言葉に、戦うことを望んでいたグレンが顔を顰め、グランとラグンの双子も視線を逸らす。
現実的な事を話すゼゼを見て、アルは少し意外だった。
ゼゼはいつも明るく、言ってしまえばお調子者のところがある。そんなゼゼが感情に流されず、冷静さを見せるとは思わなかった。
「で、ですが、もし死んでいたら」
ロメ隊のセイが声を震わせながら呟く。
それは誰もが考えてはいたものの、口にはしなかったことだった。
救助した結果、発見されたのがロメリアの死体であったならばどうすればいいのか? 誰もがそこで思考が停止する。
「そんときゃ、連中を皆殺しだ」
ロメ隊のグレンが叫んだ。
何かとアルに張り合ってくるグレンは、いつも威勢がいい。
「そうだね、その時はそれしかない」
「一体でも多く道連れにしよう」
グランとラグンの双子が槍を握りしめる。
アルにはどちらがグランでラグンなのか見分けがつかない。普段は冷静で部隊を任される二人だが、ロメリア不在の今、頭に血が上っている。
「分かっている。俺もその時は最後まで戦うつもりだ。だがゼゼが言ったように、今は生きている前提で動く。オットー!」
アルは寡黙な巨漢を見た。
「この中で工兵の適性があるのはお前だけだ。救助作業を指揮出来るか?」
「ロメリア様を助けるためなら、なんだってやる」
アルの問いに、オットーが力強く頷く。
オットーは朴訥で口数が少ないが、それだけに言葉は信頼出来る。
「ベン、ブライ。お前達はオットーと共に救助作業にあたれ」
アルが言うと、ロメ隊でもオットーに次ぐ巨漢の二人が頷く。
「さらに三つの部隊に分ける。グラン、ラグン、グレン、ハンス。お前達は魔王軍との間に入って救助作業を手伝え。ただし、お前達は剣で盾だ。ロメ隊長を見つけたら即戦闘になる。魔王軍が攻めてきたら、悪いが死守してくれ。死んでも止めろ」
アルは死守を命じ、グランとラグンの二人が槍を担いで頷く。
「ああ、いくらでもやってやるよ」
「やるのはいいけれど、ロメリア様を逃すためだからね。すぐに突撃しないでよ」
すでにやる気となっていたグレンも頷くが、隣にいるハンスが釘を刺す。
グレンは血気盛んだが、落ち着きのあるハンスがいると少しは安心できる。
「ゼゼとジニ、ボレルとガット、そしてレイ。馬を集めろ! お前達は救出したロメ隊長を逃す部隊だ。あらゆる犠牲を払ってでも、ロメ隊長を安全な場所にお連れしろ! いいな!」
アルは四人と、そしてレイを見る。
ボレルとガット、そしてゼゼは兵士としての力量は平均的だが、それだけに自分の力量を弁えている。ジニは追い詰められると力を出すので、救出部隊には適任だろう。
一番不安なのは精神的に動揺しているレイだが、魔法で飛行出来ることを考えれば、レイをこの部隊から外すわけにはいかない。
「タースとセイ。お前達は負傷者をまとめて後退しろ」
「それはいいけど、あいつら言うこと聞くかな?」
アルが命じると、タースが頭をかきながらぼやく。
確かに、負傷兵もここに残り、ロメリアを助けると言い出しかねない。
「なら退路の確保と言え。重傷で立てない者は峡谷の橋を渡って橋を確保しろ。立って歩ける奴は橋の手前で待機だ。レイ達がロメ隊長を助けて渡るまで、絶対に橋を死守しろ」
「わかった、なんとかやってみる」
「私が手伝いますよ。タース」
アルの命令に、タースが顔を顰めるとセイが肩を叩く。
タースはいい加減で、仕事をよくサボる。兵士としての力量もロメ隊では下位に属し、指揮能力も段取りが大雑把で低い。だがそのいい加減さが、時には大胆さとなる。一方セイは生真面目で仕事は正確にするのだが、重要な局面では考えすぎるあまり判断を誤る。
それぞれ一人だと欠点の方が目立ってしまうが、二人揃えばどんな状況でも任せられる。
「よし、お前ら! 動け!」
アルが手を叩いて仲間達に行動を促すと、ロメ隊の面々が一斉に動き始める。
オットーが掘る場所を探し、ベンとブライが歩兵を集める。グランとラグン、グレンとハンス達が魔王軍の動きを監視しながら救助を手伝う。ゼゼとジニ、ボレルとガットが救出後の移動のため、馬を集める。タースとセイが負傷兵を集めて退路を確保に動く。
ほとんどの兵士が動き始めたが、ただ一人だけレイだけが動かず、その場に立ち尽くしていた。
「アル……すまなかった。俺は、あんなことを……」
レイは自分の発言を後悔しているようだった。
「構わねぇよ、俺も殴ったしチャラだ」
アルも気不味く、頬を掻いた。
「この借りは、ロメリア様を助けた後に必ず返す」
レイはアルを見て頷き、踵を返し、マントを広げる。
「上から入れる坑道がないかを探す!」
レイは魔法で気流を生み、跳躍して空を飛んだ。
「助けた後、か……」
アルは呟き、唇を噛んだ。
ロメリアを助けた後。そう、それが問題だった。
もしガリオスが先に助け出されれば、恐らくここにいる全員が殺されるだろう。首尾良くロメリアが先に救出されても、半数が死ぬ。アルが下した命令は、そういう命令だった。
ロメリアの最後の命令は、逃げろだった。
明らかな命令違反だが、それでもアルには、いや、アル達にはロメリアが必要だった。
ロメリアが土砂に消えた時、アルは自分が何をしていいのかわからなくなってしまった。
どちらに進めばいいのかも分からず、迷子になった気分だった。恐らくそれは、この場にいる兵士全員が同じなのだろう。
「ロメ隊長。生きていてください。俺達には貴方が必要です」
アルは祈り、救出作業を手伝うべく歩き出した。
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