第九十一話 分断
「ミーチャ……」
私は穴の淵から下を覗き、すでに死体さえも見えなくなった兵士の名を呟いた。
ミーチャを失ったことに涙が溢れそうになったが、私は必死に堪えた。
ここで泣いてはいけない。多分動けなくなる。ミーチャの献身によりガリオスの脅威は消え去った。さらに戦っている巨人兵が異変を察知し、戦うのをやめて穴へと駆け寄って来ている。逃げるなら今だ。
「ロ、ロメ、隊……長……」
負傷し、倒れたアルがなんとか起きあがろうとする。レイは倒れて意識を失ったままだ。
「アル。立てますか? 立って下さい!」
私は涙を堪えながら、アルに肩を貸して立たせる。
「ロメ隊長。ミーチャは?」
アルがミーチャの事を尋ねる。私は答えず意識を失ったレイの元に行き、持ち上げようとした。
しかし鎧を着たレイは重く、僅かに持ち上げることも出来なかった。
自分の非力が恨めしい。並の兵士であれば、自分が男であれば、このようなことで苦労することもなかった。ミーチャ一人を死なせることもなかったのだ。
「ロメ隊長。手伝います」
アルが手を貸し、レイをなんとかディアナ号の背に乗せる。
「アル、馬に乗れますか」
「大丈夫です」
私が問うと、アルはふらつきながらもディアナ号に跨る。私はアルが乗って来た馬に跨った。
馬に乗りながら背後を見ると、穴に埋まったガリオスを助けようと、巨人兵が穴に降りようとしていた。
さすがにガリオスが生きていると思えないが、巨人兵がここで止まってくれているのなら好都合だ。
「アル、今のうちに逃げますよ。出来るだけ交戦を避けて下さい。部隊を立て直すことが急務です。もしはぐれた場合は峡谷にかかる橋を目指して」
私は命令を伝え、はぐれた場合の合流場所を示しておく。
そして手綱を操り、逃げようとしたその時だった。ガリオスが埋まった穴の底から、突如爆発が起きた。
まるで火山の爆発の如き轟音と振動に驚き、前を見た首をまた後ろに戻すと、穴の底では目を赤く染めたガリオスが、大量の土砂を巻き上げ這い出てくる。
「なっ、化け物め!」
私は歯を噛み締めた。
ミーチャの命を賭した攻撃も通じ無い。一体どうすればあの化け物を殺せるのか。
「あいつは死ぬってことを知らないのか!」
アルもガリオスの不死身ぶりに言葉もない。
「アル、いいから逃げるのです。走って!」
私はアルを叱咤し、私も馬の腹を蹴って走らせる。
だがいくらも走らないうちに、地響きが私たちを襲った。上からは小石が岩肌を転げ落ちてくる。
「地震?」
私はアライ山を見上げると、山が震えてあちこちで落石が起きていた。
度重なるガリオスの攻撃で岩盤が砕け、さらに今の衝撃でついに地震が引き起こされた。
「アル、逃げて! 早く!」
私とアルはとにかくこの場を離れようと馬を走らせた。
「ロメ隊長!」
前を走るアルが叫ぶと、山から大量の土砂が降り注ぐ。このままでは土砂崩れに飲み込まれると、私は馬首を返して馬を停止させる。
アルは駆け抜けることが出来たが、大量の土砂に遮られて私はアルと分断される。
「ロメ隊長、しっかり、今助けに行きます!」
アルが叫び、なんとかこちらに戻ろうとする。だがあちこちで土砂崩れが起き、このままではここも危うい。背後を見れば、廃坑前に陣取っていた魔王軍も、慌てて退避しようとしていた。
「アル! 戻りなさい、私は別の道を捜します!」
私はこちらに来ようとするアルに向かって叫んだ。
戻ろうとすればアルとレイも死ぬ。だが私もミーチャに助けてもらった命、無駄に散らせるわけにはいかない。必ず生き延びる。
私は必死に生きる術を探した。
前の道は塞がれ、左は落石が降り注ぐ山。右は地面が陥没した穴からガリオスが何とか這い上がろうとしているが、降り注ぐ土砂に押し戻されようとしている。
後ろは魔王軍の本陣だが、魔王軍もこの地震に巻き込まれ逃げまどっている。
生き延びるならば後ろしかないと、馬首を返して馬を走らせる。
廃坑の入り口前の魔王軍の本陣では、巨人兵が落石に巻き込まれまいと逃げまどっている。そのなかで背の低い白い服を着た魔族が、一人地震に足をとられて逃げ遅れていた。
私はとにかく馬にしがみ付きながら駆け抜けようとしたが、行く手にすら大量の土砂が降り注ぎ、逃げようとしていた巨人兵の何人かを呑み込んでいく。
「くっ! こっちもだめか!」
私は慌てて手綱を引いて馬を止める。前にも後ろにも逃げ道が塞がれた。
「助かる道は!」
私は必死に逃げ道を捜した。
だがあちこちから落石が降り注ぎ、逃げ道が次々に塞がれていく。この場に留まる事すらすでに危うい。
逃げ道は一か所だけ残っていた。だがそこに逃げ込めば、死に行くようなものだった。しかし今を生き延びることだけは出来るかもしれなかった。
「ええい、ままよ!」
私は馬を走らせ、廃坑の中に飛び込んだ。
暗い洞窟の中に飛び込むと同時に、浮遊感が全身を襲う。私は悲鳴を上げたが、声は廃坑の闇に飲まれていった。
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