第九十話 閃光
私はアルとレイにガリオスを任せ、その場を後退した。
後ろに下がりながら、私は唇を噛んだ。
おそらく二人は死ぬ。助からない。だがお気に入りの兵士だけを助けるわけにはいかなかった。
私はこれまで、少なくない犠牲を出してきた。名も知らぬ兵士達の屍を乗り越えた。自分に近しい者、愛する者だけを贔屓するわけにはいかない。後退した先ではミーチャをはじめ、グラハム騎士団の兵士達が怯えた顔を見せていた。全員ガリオスが見せた力が信じられないのだ。
「アルとレイが時間を稼いでいる間に逃げます。怪我人と一緒に馬に乗って、早く!」
私は兵士達を叱咤した。グラハム騎士団は熟練の兵士ばかり。ここで失ってしまうわけにはいかなかった。一人でも多く生かして帰さなければ、今後グラハム伯爵領を守る戦力がなくなってしまう。
私は兵士達を馬に乗せ、とにかく走らせる。逃げ延びることが出来るかどうかは運が絡むが、ここにいるよりはずっとマシだ。
「ロメリア様も早くお逃げを」
ロメ隊のミーチャがアルとレイ、そして自分の馬を連れてきて、私に逃げるように進言する。
だが逃げるのはミーチャもだ。
「貴方も馬に乗ってください。逃げた兵士達を率いる者が必要です」
私はミーチャに早く馬に乗るように促した。このまま逃げれば、兵士達がバラバラになるのは明白だ。兵士を統率出来る者は一人でも多い方がいい。
「いいえ、私はここに残ります」
だがミーチャは私の命令を聞かなかった。
「何を言っているのです。早く逃げますよ」
「いいえ、アルとレイは今後も必要です。私が二人を助けます」
私の言葉に、ミーチャは首を横に振った。
「ミーチャ、貴方なにを……出来る訳がありません。貴方も死ぬだけです」
私はガリオスと戦うアルとレイを見た。
ガリオスが棍棒を一振りすれば、アルが吹き飛びレイが倒れる。ガリオスたった一体相手にロメ隊最強の二人ですらいいようにあしらわれている。あそこにミーチャが入っても、死人が増えるだけだ。
「アルとレイの言う通り、この戦場にいる全ての兵士よりも、ロメリア様の命は優先されます。そして、私の命よりもアルとレイの命は優先される」
ミーチャは自分の命より、アルとレイの方が重要であると言い切った。
確かに指揮官としての私は、ここでアルとレイを失いたくはなかった。だが、だからと言って、誰かの命と交換していいわけではない。
「ミーチャ、これは命令です。馬に乗り私と共に逃げるのです」
私は厳命した。これ以上問答している時間はない。
「申し訳ありませんが、出来ません」
ミーチャは抗命した。そして腰の刃を抜き、私に向ける。
剣を向けられ、私の体は硬直した。
「ミーチャ、貴方……!」
「ロメリア様、御免!」
ミーチャが刃を私に向けて振るう。
斬られた!
私は思わず目を閉じたが、痛みはない。目を開けて体を見れば、体には傷一つなかった。
斬られたのは腰につけていたベルトだった。切断されたベルトはポーチとともに足元に落ちる。
剣を鞘に収めたミーチャが、落ちたポーチを拾う。ポーチの中には爆裂魔石が入っている。
「すみません、ロメリア様」
謝罪するミーチャの瞳には、決死の覚悟が宿っている。ミーチャは死ぬ気だ。
「ミーチャ、貴方……いけません。待ちなさい! ミアさんを残していくつもりですか!」
私の脳裏に、傷付いたミアさんの顔が思いだされた。
今のミアさんには支えがいる。ミーチャがそばにいれば、彼女は立ち直れるはずだ。
「ロメリア様、ミアのことをよろしくお願いします」
「ダメです、ミーチャ。ミアさんは貴方が幸せにしなさい」
私はガリオスに向かうミーチャを止めるために、必死に手を伸ばした。しかし私の手はミーチャを掴むことなくすり抜ける。
ミーチャは自分の馬に飛び乗り、ガリオスに向かって駆け出した。
ガリオスは穴の前で棍棒を振るい、アル達と対峙している。アルとレイが槍と剣で果敢に戦うも、ガリオスの一撃に吹き飛ばされて倒れる。
倒れるアルとレイの間を、ミーチャが馬で駆け抜けた。
「駄目です! ミーチャ! 戻りなさい!」
私は声の限りミーチャを止めたが、ミーチャの突進は止まらない。
「ガリオス! 覚悟!」
ミーチャはガリオスの名を叫びながら、真っ直ぐにガリオスを目指す。
「おっ? おかわりが来たか!」
ガリオスは倒れたアル達と入れ替わりでやって来たミーチャに、笑顔を浮かべて迎え入れ棍棒を振りかぶる。
ミーチャは馬の速度を落とさず、矢のようにガリオスに向けて突撃する。
ガリオスが棍棒を解き放ち、破城槌の如き一撃が馬に乗るミーチャを襲う。
棍棒は軍馬をひき肉へと変え、血肉が周囲に散乱する。だが棍棒が放たれる直前、ミーチャは馬の背を蹴り空中に逃れる。そして勢いのままガリオスの顔に体当たりした。
ミーチャはガリオスの首に飛びつき、そのまま後ろに押し倒そうと、勢いと共に全体重をかける。
「おおっ?」
ガリオスは倒れるのを耐えようとしたが、ミーチャはしがみつく手を離さない。ミーチャの執念が勝り、ガリオスが僅かに体勢を崩し後ろに下がる。ガリオスの体重に穴のふちが崩れ、ガリオスとミーチャが穴に飲み込まれていく。
「ミーチャ!」
私は穴に駆け寄り、下を覗き込む。
ミーチャとガリオスは岩肌を転がり、底まで落ちていく。
ごろごろと巨石のように転がり落ちたガリオスは、当然のように起き上がった。頭についた土を払いながら、私を見上げる。
「やれやれ、ドジっちまった。待ってろ、すぐに行くから」
かなりの高さから転げ落ちたというのに、ガリオスは元気よく私を見る。
「ガリオス! 行かせねぇぞ!」
穴を登ろうとするガリオスの前に、同じく転げ落ちたミーチャが立ち上がった。
しかしミーチャはもはや戦えない。それは遠くから見て分かるほど、一目瞭然だった。
岩肌を転げ落ちたミーチャは左腕が折れ曲がり、右足首も砕け立つことすら出来ない。頭からは血を流し、全身無事なところが見当たらなかった。
「ロメリア様をやらせねぇ!」
生きていることすらやっとの状況でありながら、ミーチャはガリオスに向かって吠えた。
満身創痍のミーチャは、残った右手で私から奪ったポーチから爆裂魔石を取り出す。
「ん? 魔石か? 言っておくが、そんなもんで俺は殺せねーぞ」
爆裂魔石を掲げるミーチャを、ガリオスはつまらなそうに見た。
炎に包まれても生還し、切り落とされた手さえも生やすガリオス相手に、数個の爆裂魔石で倒せるとは私も思えなかった。
「お前は知らないだろうが、この辺りは鉱山でな。あちこちに穴が空いている。お前が暴れたせいで、ここは崩落寸前だ」
ミーチャの視線は、足元を走る亀裂に注がれた。
ガリオスがミーチャの狙いに気づき、顔色を一変させる。
「ミーチャ!」
私は声の限りに叫ぶ。ガリオスも好きにはさせないと、棍棒を振りかぶりミーチャに向かった。
「みんな、ロメリア様を頼んだ」
その言葉を最後に、ミーチャは手に掲げた爆裂魔石を自分の足元に叩きつける。
閃光と共に爆発が起き、地響きが周囲で巻き起こる。岩盤に走った亀裂がさらに広がり、大地が裂けた。
「うぉおお!」
ガリオスは砕けた大地にしがみ付き、落下を防ごうとするが、そこに大量の土砂と岩が降り注ぎ、ガリオスの巨体を飲み込んでいった。
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