第八十九話 ガリオスの脅威
ガリオスに立ちはだかるアルとレイ、二人の騎士を見て私は思わず拳を握りしめた。
二人とも卓越した騎士だと思っていたが、無敵と思えたガリオスを相手に、奇襲とはいえ左手首を切り落とし、さらには右腕にも槍を突き立てた。
ガリオスも傷付き血を流すと分かっただけでも、大手柄と言える。
「おおっ、やるじゃねぇかお前ら」
だが手傷を負ったガリオスは、豪快に笑い始めた。左手首を失ったことや右腕から流れ出る血など、露ほども気にしている様子はない。
しかしいくら何でも強がりだ。左手を失えば、最早両手で棍棒を操れない。しかもアルが放った槍は得意の『火尖槍』だ。一撃を入れるだけで相手を焼き殺す必殺の魔槍である。ガリオスといえど焼き殺せるはずだった。
間をおかず、アルが突き刺した右腕の傷口から炎が噴き出る。
「おおっ! なんだこりゃ?」
ガリオスが驚くも、炎は蛇のように走り、その巨体を覆い尽くしていく。
「魔法か? おもしれぇ術使うな」
全身が炎で覆われているというのに、ガリオスは笑っていた。
「でもまぁ、俺様を焼き殺すには、ちょっとぬるいなぁ」
炎に包まれながら、ガリオスは片手で棍棒を振りかぶった。
アルとレイが槍と剣を構えるも、ガリオスは無視して棍棒を勢いよく振り下ろす。ガリオスの素振りは突風を生み出し、砂埃が戦場を駆け抜ける。
そして砂埃が収まった頃には、ガリオスを包み込んでいた炎が消えていた。
素振りが生み出した風が、アルの炎をかき消したのだ。
「なっ、そんなことが!」
私は二の句を継げることが出来なかった。
アルの『火尖槍』が防がれたのはこれで二度目。しかし最初に防いだバルバル大将軍は氷魔法の使い手であった。
魔法を魔法で防いだのならまだ分かるが、ただの素振りだ。筋力だけで魔法の炎をかき消すなど信じられなかった。
「しかし、奇襲とはいえ、俺の腕を切り落とすとは大した奴らだ」
ガリオスが左腕を掲げる。そこにはレイに切断された手首の断面があった。先ほどまで大量の血が流れ出ていたというのに、すでに血が止まり桃色の肉や白い骨が見て取れる。
ガリオスが左腕を掲げながら唸る。すると左手首の傷口が桃色の肉が盛り上がったかと思うと、突如爆発したかのように膨張した。それだけでも驚嘆の出来事だが、真に驚くべきはその飛び出た肉が、五指を持つ手の形になっていたことだ。
「んっ、動く動く」
ガリオスが生えた左手を動かし、開閉を繰り返して感触を確かめる。
肌は鱗が再生しておらず桃色のままだが、動かす分には問題がないらしい。今度は棍棒を左手で素振りを始めた。
「ロ、ロメ隊長。魔族って、こんなことできるんですか?」
いつも威勢のいいアルが、声を震わせて尋ねる。
「あ、ありえません。魔王ゼルギスだって、こんなことはしなかった」
私は首を横に振った。
この化け物を、どうやったら殺せるのか、正直見当も付かない。
「ああ、安心しろ。これ一日に何回も出来ることじゃねーから。何回か切ったら生えなくなるから。それまで頑張ってくれよ」
ガリオスがアルとレイを相手に、棍棒を構える。
その威圧感は、先ほど私の前に立ち塞がった時と、何ら変わらない力強さを持っていた。
手首を切られ、炎で全身を焼かれたことは、ガリオスの疲労となっていない。
「……ロメリア様。馬に乗りお逃げください」
レイが撤退を進言した。
「ロメ隊長、早く。多分長く持ちません」
アルも自分達では勝てないと告げる。
「しかし!」
私には二人を置いて逃げるなど出来なかった。
もし私がここに残れば『恩寵』の力が二人を生かすかも知れない。何よりカシューに赴き、部隊の設立当初から一緒にいるアルとレイを見捨てたくはなかった。
「いいから逃げるのです! 貴方がいなければ、この国はどうなるのです!」
「そうです! ロメ隊長! この国を救うのでしょう? ならロメ隊長は、何としてでも生き延びて、一人でも多くを助けてください! ここで死んだら誰も助けることは出来ませんよ!」
レイとアルの言葉が、私の胸を射抜く。
私は人々を救う大義を掲げて、兵士達をここまで連れてきた。
兵士達を焚き付けて戦場に連れ出した私には、最後までやり抜く責任がある。最低でもこの国から魔王軍を追い出すまで戦い抜かなければ、これまで死んでいった兵士達に申し訳が立たない。
どれほど犠牲を出そうとも、私には生き抜く義務がある。
「……アル、レイ。ここは頼みます」
私は唇を噛んで、二人にこの場を任せた。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。




