第八十六話 死中に活あり
グラハム騎士団の騎兵を率いる私は、巨人兵に包囲されて逃げ場を失っていた。
「ロメリア様! どうしますか!」
ミーチャが問うが、私はすぐには答えられなかった。包囲網には五つの穴があったが、全て罠だ。どこに飛び込んでも助からない。
私は戦場に目を配り、助かる方法を探した。
活路は……あった!
巨人兵の配置は絶妙であり、私がどう動こうとも、退路を断つ位置に置かれていた。しかし一箇所だけ、完全に塞がれていない穴があった。そこならばもしかしたら助かるかもしれない。
だがそれは、あまりにも危険すぎる賭けだった。
「ミーチャ! デミル! 皆さん! 私に命を預けてくれますか?」
私は居並ぶ兵士達に尋ねた。
背後では、バルバル軍による死の突撃が行われている。バルバル軍が全滅すれば、ガリオスの牙は私達へと向けられるだろう。
悠長に話をしている余裕などなかったが、この作戦は兵士達が私を信じてくれなければ成功しない。
誰かが怖気付いて足を止めれば、待っているのは死のみ。ここで全員の覚悟を確かめておかねばならなかった。
「もちろんですロメリア様。全てを委ねます」
ミーチャがすぐに命を預けると話した。
付き合いが長いロメ隊のミーチャは、そう言ってくれるだろう。だが……
「ロメリア様。我々はグラハム騎士団です。貴方の命令に従う理由はありません」
デミル副隊長は、これまで有耶無耶にしてきた命令系統の不備を言及した。
その言葉に、私は胸を刺される思いだった。
だがデミル副隊長の言い分は当然だ。
彼らはお父様子飼いの兵士達だ。彼らの忠誠はお父様に捧げられている。たとえ私がお父様の娘であっても、それは何の関係もない。彼らが私の命令を聞く義理もなければ義務もないのだ。
「デミル副隊長……」
私は顔をしかめ、なんとか彼を説得しようと考えた。私を指揮官と認めないのはいいが、このままでは全滅する。
だが説得の言葉が思いつかなかった。話している時間はない。たった一言二言で、命を預けさせるなど出来なかった。
「しかしロメリア様。貴方が本当に国を憂い、救おうとしていることは分かっています。そんな貴方をハーディー様は信頼している。そして私も」
説得を続けられない私に、デミル副隊長が言葉を続けた。
「私だけではありません。ここにいる兵士達の全てが、貴方に命をもう預けています」
デミル副隊長の言葉に、後ろにいるグラハム騎士団の面々も力強く頷く。
「何なりと命じてください。死ねと言われれば死にましょう」
デミル副隊長の目に迷いはなかった。
「ありがとう」
私は短く礼をいった。これまでの活動で、私はグラハム騎士団から信頼を勝ち得ることが出来ていたらしい。
「では、作戦を伝えます」
覚悟を決めた兵士達に向けて、私は見出した活路を語る。
作戦の概要は至って単純。進路を示すだけでいい。
「なんと、それは……」
私の作戦を聞き、デミル副隊長はそれ以上言葉を紡げなかった。
「これしか助かる道はありません」
私の言葉に、デミル副隊長が顔を歪める。
命を預けると言ったことを、早々に後悔しているようだ。だがもう逃さない。地獄の底まで付き合ってもらう。
「いいですか、行きますよ。たとえ何があっても走ることをやめないで。足を止めれば死にます。本隊とはぐれた場合は、そのままレーベン峡谷を目指してください」
私は最後に落ち合う場所を決めておく。
綿密な作戦を考え、指示を出している余裕がないためこうするほかない。
背後では悲鳴や怒号、剣戟の音が次第に小さくなっていく。バルバル軍の兵士達が殺されているのだ。
「総員騎乗! 二列縦隊。先頭は右が私、左はデミル副隊長に任せる。後ろの者は前の者を追え! 決して止まるな!」
私は馬に飛び乗り、兵士達に号令する。馬が前脚を掲げていななく。命令を聞き兵士達も怪我人を馬の背に乗せ、互いに助け合いながら馬に乗る。
私は手綱をさばき、ガリオスが開けた穴の底を見た。
百体を超えるバルバル軍がこの穴に飛び込んだが、動いている者は一つしか存在しなかった。穴の底では無数の屍の中、全身に血を浴びた巨大な魔族が、棍棒を片手に大きく息を吐いていた。
まるで命を吸い、死を吐く怪物のようだ。
血に染まった顔から、爬虫類の瞳が私を見上げる。竜の如き視線を受け、私は寿命が縮む思いをした。
「よぉ、待たせたな」
牙が並んだ口が開かれたかと思うと、ガリオスは人類の言葉を話した。
その声を聞き、兵士達が驚く。
魔族は人類とは言語が異なり、エノルク語という言葉を話すことが知られている。だが悪鬼の如きガリオスは、流暢と言えるほど自然に人の言葉を話した。
私はカイル達から、巨人兵が人間の言葉を使っていたと報告を聞いて知っていた。だがそれでも竜のような口から、人間の言葉が話されることに驚く。
「聞いてるぜ、お前らがバルバルを殺ったんだってな。ここまで俺を追いかけてくるとはいい度胸だ。殺し損ねたバルバルの代わりをしてもらうぞ。おう、お前ら! こいつら逃すなよ!」
私に棍棒を突き付けたガリオスが、巨人兵達に向かって叫ぶ。
ガリオスの大音声は穴の底からでも、包囲する巨人兵達に伝わり、返事代わりに巨人兵達が声を張り上げる。
巨人兵に包囲され、私達に逃げ道は一つしか残されていなかった。
「待ってろ、今行く」
ガリオスが巨大な棍棒を携え、穴の底から私達に向かって登ってくる。
「総員!」
私は声を張り上げ、鈴蘭の旗を掲げた。そして旗を登ってくるガリオスに向かって突きつける。
「ガリオスに向かって突撃!」
号令と共に私は馬を駆り、穴へと飛び込んだ。
兵士達も後に続き、ガリオスに向かって駆け下りる。
「おおっ! マジか!」
自分に向かってくる私達を見て、ガリオスが顔を破顔させて棍棒を構えた。
だがその棍棒が届くはるか手前で、私は旗を右に振った。
「散開!」
私の号令に二列縦隊の隊列が左右に別れる。右が私、左がデミル副隊長だ。二つに分かれた騎兵の列はガリオスを避けて進み、穴からの脱出を目指す。
「おいこら! 逃げんな!」
ガリオスが棍棒を振りかざし叫んだが、誰も足を止めなかった。
お前みたいな化け物と、誰がまともに戦うか。
私は内心吐き捨てて、穴の外を目指した。
巨人兵が敷いた包囲網はほとんど隙が無かった。だがただ一点だけ、ガリオスのいる方向だけは穴があった。
強大すぎるガリオスの力の前では、仲間の巨人兵ですら近くによると巻き込まれてしまうからだろう。
何より化け物の如きガリオスに向かって、逃げようと考える者はまずいない。竜の股を潜るのと同義だ。
しかしだからこそ活路がある。
死中に活あり。
唯一の活路を求めて、私は竜の股を潜る決断をした。
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