第八十五話 死地
あけましておめでとうございます。
今年もダンジョンマスターマダラメともどもよろしくお願いします。
アライ山の廃坑前は、その姿を一変させていた。
地面はすり鉢状に陥没し、無数の亀裂が走っている。穴の周囲には鎧ごと胴体を引きちぎられた魔族の死体が散乱し、内臓がこぼれ、首や手足があちこちに転がっていた。
まるで火山が噴火したかのような破壊のあとだが、この超破壊を引き起こしたのは、大地から噴き出る溶岩ではなかった。この光景を生み出したのはたった一本の棍棒と、たった一体の魔族だった。
ガリオス。
棍棒の一振りで、地形すら変えた魔族の名だった。
「こ、これは……」
あまりの光景に、私はそれ以上言葉を紡げなかった。
私はアンリ王子と魔王を倒す旅で、多くの魔族と出会った。強大な魔法の力を持つ魔族や巨体を誇る将軍など、様々な敵と戦ったが、これほどの怪力を持つ魔族には出会ったことがない。
この力、そして破壊のあとは、アンリ王子が倒した魔王ゼルギスに匹敵する魔族といえた。
ガリオス。
まさかこれほどの魔族が、魔王軍の中にいたとは信じられなかった。
私が穴の底にいるガリオスから目を離せないでいると、赤く充血していたガリオスの目が戻る。そして縦に割れた爬虫類独特の瞳孔が動き、凝視する私を捉えた。
「ロ、ロメリア様! いけません!」
側にいたミーチャが私の肩を掴み引っ張り、ガリオスの視線から私を隠す。
私は振り返ると、引き連れていた兵士達もガリオスが引き起こした超破壊の衝撃で落馬し、怪我人が大量に出ていた。馬も怯え暴れ回り、騎兵部隊は隊列を保てていない。
棍棒を一振りされただけなのに、百五十人からなる部隊にまで被害が出てしまっている。
「ロメリア様! 奴が来ます! ど、どうすれば!」
ミーチャは慌てふためいていた。周りにいる兵士達も、信じられない光景に、戦意を喪失している。
私自身、頭が真っ白になり、どうすればいいのかわからなかった。だが私は指揮官だ、命令を出すことが私の仕事だ。
「撤退です。撤退します。全員立って! 馬に乗るのです。怪我人には手を貸して、無理にでも馬に乗せて! 全員を連れて逃げますよ」
私は方針を示し、兵士達に命令した。
命令されれば兵士は従う。兵士達は立ち上がり、落馬で負傷をした仲間に手を貸し、恐慌状態に陥っている馬を宥める。
背後で雄叫びが聞こえ、振り向くと残存していたバルバル軍が穴に突撃し、ガリオスに立ち向かっていた。
ガリオスは棍棒を振り回し、バルバル軍を蹴散らしている。
あの化け物がバルバル軍を相手にしているうちに、ここを離脱してしまわなければいけなかった。
「ロメリア様!」
「みなさん急いで、早く馬に乗って! 準備が完了次第全速で離脱しますよ!」
ミーチャが叫ぶが、相手をしていられなかった。少しでも早く兵士達を馬に乗せ、ここから撤退せねばならなかったからだ。
「はぐれた者はレーベン峡谷の橋を目指してください。そこで落ち合いましょう!」
私は今のうちに合流場所を指定しておいた。
この後乱戦になれば、離れ離れになることは明白だ。落ち合う場所を決めておく必要がある。
「いいですか! レーベン峡谷です。魔王軍より先に橋を確保し――」
「ロメリア様!」
私の言葉に被せて、ミーチャが再度叫ぶ。
「なんです!」
命令を遮るミーチャを見ると、ミーチャは表情を凍りつかせ、後ろを見ていた。その視線の先を見ると、私もまた顔を硬直させた。
私達の背後にはいつの間にか巨人兵が移動し、五つの部隊に別れて周囲に配置されていた。アルやレイ、グランやラグン、オットーの部隊が包囲を解こうと攻撃を仕掛けてくれているが、巨人兵の堅い守りを突破出来ないでいる。
ここから脱出するには、巨人兵の部隊をよけて進まなければいけない。
「こ、これは!」
私は周囲を見回し、状況の把握に努めた。
頭の中でこの場所の地図を描き、敵や味方を配置して仮想戦を行い、戦場の推移を予測。この場を脱する退路を模索する。
「ロメリア様、どこに向かえば?」
騎兵部隊を指揮するデミル副隊長が叫ぶ。だが私は答えられなかった。
退路が……ない!
魔王軍は五つの部隊に分かれアル達と交戦している。私達を包囲する魔王軍の陣形には五つの穴があり、逃げ道は目の前にあるように見える。
だが私達が穴のどれかを突破しようとすれば、巨人兵はすぐさま逃げ道を塞げる場所に配置されていた。
目の前の退路を活路と見て飛び込めば、たちまち塞がれて殲滅されるだろう。
左翼、右翼、後方。どこに逃げても隙がない。逃げ道が完全に潰されてしまっていた。
私は振り返り、廃坑前立てられた赤いほうき星の旗を見た。旗の下には小柄な魔族が佇んでいる。
子供のような姿の魔族だが、あの男が指揮官に違いなく、私達がガリオスに目を奪われている間に、兵士を移動させてこの包囲陣を敷いたのだ。
やられた!
前にはガリオス、左右と後方を巨人兵に囲まれ、私達は死地に陥っていた。
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