第八十三話 咆哮
私は号令を下すと、アルやレイ、グランとラグン、そしてオットーに兵を配置する場所を指示した。
魔王軍の巨人兵三百体が陣取るのは、アライ山の廃坑前だ。そして巨人兵に対するはバルバル大将軍の兵士達。こちらは三つの部隊に分けて正面から攻撃を仕掛けている。
魔王軍の両軍勢が戦っているのは、廃坑前の荒地が広がる窪地だ。周囲には隆起している岩や丘があるため、気付かれずに兵士を配置することは出来るはずだ。
私は戦場の左翼をグランとラグンの双子に任せ、右翼にはアルとレイの部隊を、そして後方をオットーの部隊に当たらせた。
この場に残るオットーの部隊以外は、配置につくべく移動を開始する。ただし交戦中の魔王軍に気づかれないようにするため、配置に着くにはまだ少し時間が必要だった。私達が騎兵突撃するのは、配置がすんでからだ。
すこし手が空いた私が周囲を見ると、馬を降りたミーチャが、馬具や装備がしっかり留められているかを確認していた。
「ミーチャ。この辺りの地形ですが、何か注意することはありますか?」
私は以前この辺りに住んでいたミーチャに、地形上の問題がないかを尋ねた。
実際にこの目で見るのが一番なのだが、事前情報は多いに越したことはない。
「戦う分には特に問題はありません。ただ。爆裂魔石を使用する際には注意を」
ミーチャの視線は、私の腰に注がれた。
私は腰のポーチに、いつも爆裂魔石を数個携帯している。
爆裂魔石は衝撃を与えると爆発する魔道具で、稀少だが一度に多くの敵を薙ぎ倒すことが出来る強力な兵器だ。ただし、扱いには注意が必要なため常に私が保管し、兵士達には必要に応じて分配することにしていた。
「すでに話しましたが、この辺りは元鉱山であちこちに坑道があります。しかし放棄されて長いですから……」
「爆裂魔石を使うと、地面が崩落するかもしれないと?」
ミーチャの言葉に、私は驚いて足元を見る。
「いえ、崩落はしないでしょう。確かに、この下にも穴がありますが、地震でも起きない限り大丈夫だと思います。それより土砂崩れに注意してください。長年の風雨で脆くなっていますからね、爆裂魔石の衝撃で土砂崩れは起きるかもしれません。山肌には近づかないほうがいいでしょう」
ミーチャの説明に、私はなるほどと頷く。
土砂崩れに巻き込まれれば助からない。だが逆にうまく土砂崩れを起こして、魔王軍を巻き込むことは出来ないだろうか?
私は土砂崩れを使って勝つ方法を考えたが、さすがに運の要素が大きく、現実的とは言えなかった。それに手持ちも爆裂魔石はたったの三個しかない。これで土砂崩れを起こすことは不可能だろう。しかしミーチャの言う通り、爆裂魔石は使わないほうが良さそうだった。
「ロメリア様、準備整いました」
ミーチャと話していると、アル達が配置についたことを、伝令の兵士が教えてくれる。
「みなさん、準備はいいですか?」
私は馬に跨り、兵士達を見た。
デミル副隊長をはじめとした騎兵部隊の面々が、私の視線を受けて頷く。
全員顔が引き締まり、戦いを前にして程よい緊張感を持っている。
兵士達の表情を確認した後、私は馬に跨りながら、旗持ちから旗を受け取る。旗竿に取り付けられた白い布には、金糸の刺繍で鈴蘭の模様が描かれていた。
「魔王軍は現在交戦中で、戦場は混沌としています。進路をどこにするかは、まだ決めていません。皆さんは私の後に付いて来てください。もし私の姿が見えなければ、この旗を目印に、追いかけて来てください」
私は鈴蘭の旗を掲げた。
居並ぶ百人以上の騎兵部隊の面々が、顎を引いて再度頷く。
「では行きますよ! 総員突撃! 我に続け!」
私が手綱を引くと、馬が嘶きながら前足を高らかに掲げた。
前足を着くと同時に馬が走り出し、風のように加速していく。右を見るとミーチャが、左を見るとデミル副隊長が遅れることなく付いて来ている。さらに背後には百人を超える騎兵部隊が追従する。
私は騎兵部隊と共に、目の前の丘を目指す。この丘を越えれば、アライ山は目の前だ。
丘を登り始めると、金属音や怒声といった戦場の音が聞こえてくる。私は速度を落とさず、一気に丘を登り切った。
丘に登ると眼下には窪地が広がり、さらにアライ山が見えた。
アライ山は緑もない灰色の岩ばかりの山だった。山肌にはミーチャの言う通り、鉱山の跡と思しき穴がいくつも点在していた。
山の麓に目を移すと、麓には一際巨大な坑道が口を開けていた。そして坑道の前に、ほうき星の旗を掲げる魔王軍が、赤い鎧を着た魔族の軍勢と戦っているのが見えた。
廃坑前に陣取っているのがミカラ領を襲った魔王軍、手前にいるのがバルバル大将軍の残党達だ。
でかい!
ほうき星を掲げる魔王軍を見て、私の背筋に戦慄が走った。
背が高く大きいと言う報告は聞いていたが、本当に巨大だった。数は三百体しかおらず、バルバル軍の兵士の方が多いと言うのに、数に圧倒されることもなく、その存在感を主張している。
戦いぶりも敵ながら見事と言えた。
廃坑の前に扇形の陣形を築き、三方向から攻撃するバルバル軍の攻撃を跳ね返している。
私は丘の上で馬を休ませながら、後続が来るのを待つ。その間に戦場をつぶさに見渡し、突撃する箇所を探した。
巨人兵は陣形を固めて防御に徹していた。バルバル軍は果敢に攻撃を仕掛けているが、巨人兵の陣形を崩せてはいない。
扇形の陣形の奥には、ほうき星の旗の下に十体ほどの魔族が集まっている。おそらく指揮官がいる本陣だろう。旗のそばには二体の魔族に挟まれて、白い服を着た杖を持つ小柄な魔族が一体いた。
子供の様に小さな魔族は、杖を廃坑の入り口に向けて何かを叫んでいる。
小柄な魔族が杖を向ける先を見ると、廃坑の入り口の前にも、魔王軍の兵士達が戦列を築いていた。まるで廃坑から何かが出てくるのを警戒しているかのようだ。
「そうか! 廃坑の内部で待ち伏せしているのか!」
私は丘の上で声を上げた。
おそらくバルバル軍は坑道の内部で待ち伏せし、挟撃を仕掛けているのだ。そして窪地に展開している巨人兵が、扇形の陣形を敷いて防御を固めているのは、まずは坑道の敵を先に片付けようという算段だ。
ならば私達がやることは一つ。あの防衛網の一点に穴を開けバルバル軍を援護する。一箇所さえ穴を開けてやれば、後はバルバル軍が巨人兵を倒してくれるはずだ。
私は後ろを振り向き、後続の兵士達を見る。兵士達は半数以上が丘を登りきっていた。
「こっちです!」
私は旗と手綱を持ちながら、兵士達に号令して丘を一気に下る。狙うは扇形に展開する巨人兵の戦列、その中央だ。
私の目には巨人兵が敷く防御陣形に、亀裂の如き僅かな隙が見えた。
巨人兵が作り上げている陣形は、鉄壁と言っても良い強固さを誇っていた。しかしバルバル軍の兵士達が度重なる攻撃を加えたことで、中央部には僅かな綻びが生まれていた。
バルバル軍はその隙に気付けないでいる。だがあそこに騎兵突撃を仕掛ければ、必ず抜ける。
私は確信を抱いて馬を走らせた。後続の兵士達も私を信じて矢の様に突き進む。
馬を駆りながら、私は巨人兵の本陣にいる小柄な魔族を見た。
子供の様に背が小さい魔族で、周りが巨人ばかりであるため、より小さく見えた。しかし私はあの魔族こそが、巨人兵の指揮官だと直感した。
魔王軍は力が全てであり、強い者が上の地位に就くと言われている。その例に倣えば、あの様な小柄な魔族が指揮官とは思えない。だが私はこの直感に間違いがないと、謎の確信があった。
あの魔族の首を取れば、この戦いは勝つ。
私は小柄な魔族に狙いを定めて、馬の腹を蹴り、さらに加速させた。
廃坑の入り口を見ていた小柄な魔族が、突如こちらに振り向く。小さな魔族は即座に私達に気付き、周囲の兵士達に何かを命じる。
やはりあの魔族が指揮官だ。しかし何を命じたかはわからないが、巨人兵の動きよりこちらの方が早い。対応される前に、敵陣に接触し、中央を突破出来る。
私は丘を降りきり、巨人兵を攻撃するバルバル軍の背中にたどり着く。
戦うバルバル軍の兵士達は、私達の存在にまるで気付いておらず、突如現れた私達にただ驚くばかり。
私はバルバル軍には目もくれず、切り裂く様に戦場を突き進み、巨人兵の戦列を目指した。
いける!
私の脳裏には、勝利の幻影がありありと見てとれた。小柄な魔族が巨人兵の防御陣形を動かそうとしているようだったが、戦列中央にヒビの様に入った隙はまだ埋まっていない。そして何より、巨人兵全体の注意はまだ私達には向けられておらず、対応出来ていなかった。
勝った!
私が勝利を確信したその瞬間、巨大な咆哮が廃坑の奥から轟き、戦場全体を貫いた。
剣戟や怒号が入り乱れる戦場で、その大音声は戦場にいる兵士全員の度肝を抜き、一瞬誰もが戦うことを忘れるほどだった。
突撃する私達の馬も、怪物の如き声に驚き、走るのをやめてしまった。
「なっ、何事?」
私は訳が分からず、とにかく驚く馬を宥める。
「ロメリア様! これは一体?」
同じく馬が足を止めてしまったミーチャが、馬を落ち着かせようと、必死に手綱を操りながら私に尋ねる。
「分かりません、でも、これは……!」
答えながらも、私は廃坑から目が離せなかった。
アライ山の廃坑の入り口には何の変化もない。だがポッカリと空いた穴を見ていると、突然悪寒が駆け抜け、全身が粟立つのを感じた。
何だ、何が起きている?
私は自分の体に何が起きているのか分からなかった。
「ロメリア様、何です、何が起きているのです?」
側にいるミーチャが悲鳴の様な声を上げる。
「分かりません。でも……何かが来る!」
私はミーチャに叫び返し、廃坑の入り口を凝視した。
全身がそう命じていた。爪先から髪の毛一本に至るまで、あの穴から目を離すなと告げていた。
私と、そして戦場にいる全ての兵士が見つめる中、巨大な影が姿を表した。
ラスボス登場




