第八十話 唯一の条件
ロメリアと共に北上するミーチャは、馬に乗りながら満面の笑みを浮かべていた。
出陣の前に、想いを寄せていた癒し手のミアに呼び出されたことが原因だった。
人目につかぬよう木陰にミーチャを呼び出したミアは、頬を染めながら、必ず生きて戻ってくださいと言ってくれた。
耳朶まで赤くし、恥ずかしげに視線を逸らすミアの姿はどこまでも可愛く。ミーチャは感情のままにミアを抱きしめていた。
ミアも抱擁を拒まず体を預け、ミーチャは必ず生きて帰ると約束し、誓いの接吻をした。
唇を軽く触れ合わせただけのものだったが、ミーチャの口には未だ柔らかな感触が残り、指先に触れるだけで思い出すことが出来た。
「ミーチャ、ご機嫌ですね」
笑顔で馬に乗るミーチャの横で、同じく馬を駆るロメリアが声をかける。
ミーチャは一瞬顔をしかめた。出陣前にミアと話している姿が見えたので、どうやら木陰でのやりとりはバレてしまっているようだ。
「す、すみません。ロメリア様」
気の緩みを咎められたと思い、ミーチャは謝りながら顔を引き締めた。
「いえ、いいのですよ。ミアさんにも、貴方にも助けられてばかりですからね。二人が幸せになってくれれば、これ以上の喜びはありません」
「では! 二人の仲を認めていただけるので?」
ロメリアの鷹揚な言葉に、ミーチャは破顔した。
ミアは貴重な癒し手と言うだけでなく、主君であるロメリアの個人的な友人でもある。カシュー守備隊、通称ロメリア騎士団では恋愛は特に禁止されていないが、主であるロメリアが認めなければ、諦めざるをえないところだった。しかし認めてもらえると言うのであれば、障害は何一つ無くなったといえる。
「ですが、二人の仲を認めるにあたっては、いくつか条件があります」
「な、なんでしょう」
顔を引き締めて話す主人の言葉に、ミーチャは固唾を飲んだ。
「まずは、結婚をしなければいけませんね」
「それは、もちろんです」
ロメリアの言葉に、ミーチャはそんなことかとホッとした。
ミアは救世教会の修道士だ。救世教会では聖職者も異性と付き合うことは認められている。しかし不純な関係は認められていない。
修道士と付き合う以上、結婚することは大前提だった。
「結婚式には私も出席して構いませんか? ミアさんの晴れ姿をどうしても見たいですから」
「もちろんです。ロメリア様に出席いただけるとあっては、これ以上の誉れはありません」
「ミアさんの花嫁衣装ですが、私が用意してあげましょう」
「本当ですか?」
「ええ、ミアさんに似合う最高のドレスを取り寄せましょう」
「それはありがとうございます!」
結婚式に出席してくれるのみならず、花嫁衣装まで用意してくれると話すロメリアに、ミーチャの顔を綻ばせた。
「式はどこで挙げるか決めていますか」
「え? いえ流石にそこまでは……」
ロメリアは挙式のことにまで話を進め、ミーチャは怪訝な声を上げた。
「本来ならカレサ修道院で挙げるべきなのでしょうが、今回の一件で教会には目をつけられているかもしれませんから、別の場所の方がいいでしょうね」
「ああ、なるほど。そうでしたね」
いくらなんでも先のことを考えすぎだと思ったが、ロメリアの指摘通り、教会との関係を考えればカレサ修道院で式を挙げるのは考えものだった。
「式を挙げるなら、ちょうどいい場所を知っています。グラハム伯爵領にある教会なのですが、湖が見える丘の上に立つ教会で、春先になると一面花畑となり、美しい湖の景観もあって最高に良い場所なのです。結婚式には打って付けの場所で、あそこが良いでしょう」
「え? ええ……ありがとうござい、ます?」
教会の立地の良さを熱弁するロメリアに、ミーチャは気圧されながらも礼を言った
「あと、住む家は決めていますか? 場所はやはりカシューがいいでしょう。青い屋根に白い壁の家がいいですね。そこにお気に入りの家具を置きましょう。庭には花を植えて、休日にはテーブルを出して、そこでランチなんかもいいですね」
「ロ、ロメリア様?」
「子供はどうするつもりです? やはり二人は欲しいですね。男の子と女の子。犬も飼いましょう。白くて大きな犬がいいです。ああ、私としたことが、まずは求婚が先でしたね。夕日がきれいな丘の上で求婚の誓いをしないと。場所は決めていますか? これもいい場所を知っているんです」
「あの、ロメリア様!」
ミーチャがたまらず大きな声を上げると、ロメリアはキョトンとした顔をする。
「なんです?」
ロメリアがまだ言いたそうに問うので、ミーチャは言うべきことを言うことにした。
「私達の恋愛を、私達以上に楽しまないでください」
ミーチャがキッパリと言うと、ロメリアが口を尖らせた。
「良いじゃないですか。ちょっとくらい。私にはもう結婚する未来などないのですよ。他人の結婚で楽しむしかない」
「何を言っているのです……」
ミーチャはいろんな意味で呆れた。
他人の結婚を自分のように楽しむ姿勢もそうだが、結婚出来ないという発言にも呆れるほかない。
確かに主人であるロメリアは、確かにアンリ王子に婚約を破棄され、多くの問題を抱えている。
しかしロメリアに想いを寄せている者は多い。同じロメ隊のレイはロメリアのことを愛して止まない。アルは身分を弁えていると話しているが、自身は身を固めようとしていない。『ロメリア様に相応しい相手が出来たら自分も』と話しているが、『相応しい相手がいなければ自分が』と考えているようにも見える。
グランとラグンの双子は、色男で非番の時は毎回別の女性を連れているが、一人に選ばない辺り、想う相手がいるからとも取れる。
ほかにもロメリアに思いを寄せている兵士達は大勢いる。結婚相手に事欠くことなどありえない。
「ロメリア様ならば、お相手などいくらでも居るでしょう」
「どこに?」
真顔で問い返すロメリアを見て、ミーチャは主人が本気で気付いていないことに気付いた。
「あ〜それは〜」
ミーチャは答えに言い淀んだ。
下手に答えることで、現状の関係が壊れることを危惧したのだ。
ロメリアが誰を選んだとしても、選ばれた者と選ばれなかった者の間には、どうしても遺恨が出来てしまう。下手をすれば隊を二分する火種になりかねない。
「ほら、ご覧なさい」
答えられないミーチャを見て、ロメリアは眉をひそめたが、ミーチャは争いの種を自分で蒔く気にはなれなかった。
「まぁ、それはいいとして、ミーチャ。ミアさんとのことですが」
「はい、まだ何か?」
また先程の続きをするのかと、ミーチャは呆れながら訪ねた。
「先ほどの話は冗談ですが、一つだけ条件があります。これだけは譲れません」
先ほどとは打って変わって、真剣なまなざしを見せるロメリアに、ミーチャは表情を固めた。
「な、なんですか?」
「必ずミアさんを幸せにするのですよ」
「はい」
ロメリアの出す条件に、ミーチャは元気よく頷いた。
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