第七十八話 出陣式
副題をこれからつけていこうかなと思います
ミカラ領の空に一陣の風が吹き、丘の上に突き立てられた鈴蘭の旗を揺らす。旗の下に立つ私の眼前には、七百人を超える兵士が整列していた。
カシュー守備隊および、ハーディーのグラハム騎士団。そして通称ロメリア同盟に賛同してくれた、ドストラ男爵家やケネット男爵家の兵士達だ。
ミカラ領の平原に兵士達が集い、出陣式が行われようとしていた。
兵士達は旗の下に立つ私を見る。私は兵士達の注目に気後れすることなく、一歩前に進み出た。
「皆さん、聞いてください」
七百人の兵士達に、私は話しかけた。
「これより我々は、ミカラ男爵領を襲った魔王軍の討伐に向かいます」
話しながら、私は北へと右手の指先を向けた。
「魔王軍はここより北にいます。その数はおよそ三百体」
私は偵察兵を動員し、知り得た情報を語った。
偵察兵からの報告では、魔王軍は南下してミカラ領を襲ったかと思うと、今度は北上して再度天を突くガエラ連山を目指していた。
「数は三百と少ないですが、この魔王軍はロベルク同盟軍を壊滅させた精鋭です。次の戦いは、これまでにない激戦になるかもしれません」
私がロベルク同盟軍の名前を出した瞬間、兵士達の顔色が変わった。
ここにいる兵士達の多くは、ミカラ領で起きた惨劇の跡を目撃している。戦ってこそいないが、ミカラ領を襲った魔王軍が、これまで戦った魔王軍とは根本的に違うことを理解しているのだ。
油断していないのはいいことだが、硬くなり過ぎているのもよくなかった。
「しかし、この敵を倒さなければ、ロベルク地方に、いえ、 ライオネル王国に平穏は訪れません! 無念にも命を散らせたロベルク同盟軍の仇を討つため、祖国を、故郷を守るために我々は戦い、勝たなければいけないのです!」
私は士気を鼓舞すべく、お腹に力を入れて声を張り上げた。
その言葉を聞き、兵士達が武器を掲げて気炎を上げる。
「我々ならばそれが出来る! 祖国を踏み荒らす魔王軍を討つ!」
私の激励の言葉に、兵士達がさらに声を大きく振るわせた。
「全軍前進!」
私は号令を下し、兵士達が勢いよく前進を開始した。
「よし、お前達、旗を回収しろ!」
兵士達が行進を開始したのを見て、私の隣に立っていたミーチャが部下に命令を下す。
本陣と私の護衛を任せたミーチャは、鈴蘭の旗を回収し出発の準備を開始する。だが行軍の中で私の位置はちょうど中間に位置するため、出発の順番はまだ先だった。
私は視線を移し、見送りに来ていたヴェッリ先生とクインズ先生、そしてハーディーにソネアさん。さらに怪我を押して来てくれたカイルにメリル、レットにシュローを見た。
「ロメリア様、ご武運をお祈りしております」
ハーディーが前に進み出て頭を下げる。
先生達やハーディーは、この後も審問会があるため今回の戦いには同行出来ない。グラハム騎士団は、ハーディーの代わりに副隊長のデミルが率いることとなっている。
「本当は私も付いていき、カーラ様の仇を討ちたいのですが」
ハーディーが無念そうに語る。
「気持ちは分かりますが、貴方はここに残ってください。審問会の事もありますが、後方で目を光らせる人は必要でしたから」
ハーディーに声をかけた後、私は視線を移し、離れた所に集まる一団を見た。
ロベルク同盟に参加していた四人の領主と、ギルマン司祭達だった。
私が見ると、彼らは憎しみのこもった視線を遠慮なく送ってくる。
敵である魔王軍も問題だが、本来味方であるはずのロベルク同盟の貴族にも気を付けねばならなかった。
魔王軍に大敗した彼らは、私達の敗北を望んでいる。私達が無惨に負ければ、自分達の失敗を覆い隠すことが出来るからだ。
私達の敗北を願うあまり、後方で戦いを妨害するかもしれず、敵より油断ならない味方と言えた。
今回の戦いは、かつてない激戦になるかも知れなかった。正直、背後を気にしている余裕はない。
「ハーディー、背中を頼みます。先生方、ハーディーを支えてあげてください」
私は後ろの守りをハーディーと、そしてヴェッリ、クインズの両先生に任せる。
「ああ、任せておけ」
「ロメリアお嬢様。ご武運をお祈りしております」
ヴェッリ先生が親指を立てて請負、クインズ先生が頭を下げて一礼する。
「ソネアさん。何か困ったことがあったら、遠慮なく先生達を頼ってくださいね」
私はソネアさんにも声をかける。
「は、はい。ロメリア様こそ、お気をつけて」
頭を下げるソネアさんの顔色は、以前と比べだいぶよくなってきていた。
しかし顔にはまだ憂いが残っている。ハーディーの求婚を受けるかどうかまだ迷っているのだ。こればかりは本人が決めることなので口出しは出来なかった。
「カイル、メリル、シュロー、レット。貴方達も体を大事にするのですよ」
私は体に包帯を巻く四人を見る。
カイル達は立てるほどに回復したが、まだ完治には程遠い。
「散歩でもして、傷を治してください」
私の言葉に、カイル達が頷く。
カイル達に声をかけた後、私は周囲を見回した。見送りの人の中に、一人足りない人物がいたからだ。
「あれ? ミアさんは?」
私はミアさんの所在を尋ねた。
「え? さっきまでそこにいたのですが?」
クインズ先生が自身の隣を見るが、視線の先に黒い修道服の姿はない。
私が周囲を見回していると、出陣式をしていた丘にある木の影から、黒い修道服の女性が出てきた。
「ミアさん、何をしていたのですか?」
「あの、すみませんロメリア様、その……」
私が尋ねると、ミアさんは言葉を濁し視線を逸らした。
咎めるほどのことでもないように見えるが、これは少し問題だった。
ミアさんは裁判を待つ身であるため、本来なら自由に出歩くことは出来ない。
しかし訴えた側のギルマン司祭達が、ミアさんをかまっていられる状況でなくなり、半ば忘れられている。そのためすでに捕らえていることに意味はなくなっているのだが、一応は監視を付けることを条件に、出陣式の出席を許可したのだ。
にもかかわらず、どこにいるのか分からない時間があったことは、ギルマン司祭達に知られれば、審問会で何を言われるか分からない。
だが問いただそうとしても、ミアさんは俯き手を前に組んでモジモジとするばかり。
私はあんな場所で何をしていたのだと、ミアさんが出てきた木を見る。すると木の影から、別の人影が出てきた。
先ほどまで、本陣の兵士を指揮していたミーチャだ。
部隊に戻ったミーチャは、自分の馬に跨るとこちらを見る。その視線は私ではなく、前にいるミアさんに注がれていた
ミーチャがミアさんに向かって腕を掲げる、ミーチャの合図を見てミアさんも恥ずかしそうに手を振って答えた。
私は二人のやり取りに何度か視線を移した後、ミアさんを凝視した。
ミアさんはミーチャを見ていたが、私の視線に気付き、顔を紅潮させ視線を逸らす。
「へぇ〜ふぅ〜ん。そうなんですか」
私は半笑いの表情で、顔を赤く染めるミアさんを見る。
「な、なんですか、ロメリア様」
「いえ、別に。そりゃ兵士はいつ死ぬかもわかりませんからね、お別れはちゃんとしておかないといけませんからね」
視線を逸らすミアさんに、私はニヤニヤと笑いながら話し、ミアさんを見る。
私の視線にミアさんは耳朶まで赤く染めつつ、唇をモゴモゴと動かす。
「一つ聞かせてくれますか? ミアさん」
「なっ、なんでしょう……」
私の言葉に、ミアさんはしどろもどろになりながらも返事をした。
「初めての感触はどうでした?」
私の言葉に、ミアさんの顔がさらに赤く染まった。
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