第七十四話 ロメリアの後悔
騎兵部隊だけでミカラ領へと急行した私達を待っていたのは、燃え尽きたミカラ家の城館と略奪された村の姿だった。
のどかだったミカラ領は戦火にまみれ、畑の上にはロベルク同盟の兵士達の死体が積み重なり、血と臓物で出来た丘となっていた。
おそらく魔王軍の仕業だろう。だが魔王軍はすでにこの場から立ち去り姿はない。
後に残されているのは、破壊と略奪の痕跡だけだった
「ああ、そんな……お母様、ソネット……どうして……なぜこんなことが」
燃え尽きた城館を前にして、ソネアさんが膝から崩れ落ちて嘆く。
「ミア! ミア!」
ミーチャが焼け落ちた城館に駆け寄り、瓦礫を退けてミアの姿を探す。
私も凄惨な光景に思考が停止したが、すぐに自分自身に喝を入れる。
悲嘆に暮れている時間などなかった。こんな時だからこそ、的確に行動しなければいけない。
「アル。近くにまだ魔王軍がいるかもしれません。グレンとハンスを連れて周辺を警戒してください。レイ、貴方はセイとタースを連れて村人や負傷者の捜索と救出を」
私はロメ隊の面々に命令をくだす。
魔王軍の姿はないが、私たちの存在に気付き、戻ってくるかもしれない。そして周辺では、殺戮の難を逃れた村人が戻ってきていた。多くの人々は怪我をして傷付いている。彼等を助けなければいけなかった。
「グレイブズ、貴方は生存者から話を聞いて、何が起きたかを調べてください。カールマン。貴方達癒し手は負傷者の治療を」
私は古参兵のグレイブズと、癒し手のカールマンに命じる。
グレイブズは以前ミアに声をかけていた。カールマンはミアの先輩であり、ミアのことを妹のように可愛がっている。
二人共ミアの安否が気になるだろうが、私の命令に従って行動を開始する。
「ミーチャ! 何をしているのです!」
私は瓦礫を退けてミアさんを探すミーチャに、鋭い声を飛ばした。
「ロメリア様、お願いです。止めないでください。ミアを探さないと」
「だからこそ、何をしていると聞いているのです!」
なおも瓦礫を退けるミーチャに向かって、私は怒鳴った。
「貴方は、ミアさんが死んだと思っているのですか?」
「そんな! 生きていると信じています!」
私の言葉に、ミーチャが睨む。
ミアさんの死を口にした私が許せないのだろう。
「なら探すべき場所が違うでしょう。その下には死んだ人しかいませんよ」
私は先程ミーチャが退けていた瓦礫の下を指さす。
残念だが、その下には死者しか居ない。ミアさんの生存を信じているなら、別の場所を探すべきだ。
「魔王軍はロベルク同盟の兵士を殺していますが、村人はほとんど殺していません」
私は村の家屋を見回した。
ミカラ領の村は掠奪されているが、村人の死体はほとんど無い。掠奪による食料の補給が魔王軍の目的だったからだろう。村人の殺戮は本来の目的ではなかったはずだ。
ロベルク同盟の兵士が殺されたのは、おそらく抵抗して戦ったからだろう。
「魔王軍は城館を攻撃しましたが、人を殺す目的ではなかったはずです。逃げた人を追いかけてはいません。城館の裏門から逃げた人も多いはずです」
「ミアが裏門から逃げたと?!」
私の言葉にミーチャが希望を持つ。
ミアさんが逃げ延びた可能性はある。
魔王軍がやって来た時、ミアさんは地下牢に閉じ込められていたはずだ。もし閉じ込められたままなら、ミアさんは助からない。
しかしカイル達はミアさんを助けるべく動いていた。カイル達がミアさんを助け出し、裏門から逃げて難を逃れたかもしれない。
「城館の裏手を探しましょう。助かっているとするなら、裏門にいるかもしれません」
私はミーチャやソネアさんと共に、護衛の兵士を引き連れて城館の裏手に回った。
焼け落ちた城館を迂回して裏手に回ると、そこには小さな川があり、破壊された橋があった。そして橋の前には数人の人が横たわり、あるいは座っていた。
座っていた者が私達に気付くと、立ち上がり手を振って合図をする。手を振っていたのはロメ隊のジニだった。
「ロメリア様! ここです」
ジニの隣では、メリルも立ち上がり声をあげる。
横たわる人の中には、カイルにレット、シュロー。そして修道服を着たミアさんの姿があった。
「ミア!」
横たわるミアさんの姿を見て、ミーチャが駆け寄る。
「ミーチャ……さん?」
ミアさんは怪我をしているようだが、生きており、声に気付いてうっすらと目を開けた。
「よかった。本当によかった!」
ミーチャが喜びのあまり大きな声を上げる。すると声に反応して、赤ん坊の鳴き声が響きわたった。
鳴き声に釣られて視線を動かすと、メリルが赤ん坊を抱いていた。カーラさんの娘で、ソネアさんの妹であるソネットだ。
「ああ、ソネット」
ソネアさんがメリルに駆け寄り、妹を受け取る。
姉に抱かれて安心したのか、ソネットは泣き止み眠り始めた。
「ソネア様。申し訳ありません。魔王軍に襲撃されて城館は焼け落ち、カーラ様とカルス様が亡くなられました」
メリルがカーラさんとカルスの死を告げる。
家族の死に、ソネアさんが涙する。
「ロメリア様。申し訳ありません。私達がいながら、お二人を助けることが出来ませんでした」
メリルやジニ、そして横たわるレットとシュローが謝罪する。
「いえ、貴方達はよくやってくれました」
私はメリル達五人を労った。
彼らの奮戦を疑う余地はない。皆が大きな怪我を負っていた。
メリルは左腕がなく、座ったままのレットは両手がなく、横たわるシュローは左足をなくしている。カイルにいたっては全身に火傷を負い意識がない。
全員が命懸けで戦ってくれたことがわかる。
彼等に責任はない。責めを追うべき者が一人いるとするなら、それは他の誰でもなくこの私だ。
この事態の責任は全て私にある。なぜならこの惨劇を防ぐことが出来たのは、このロベルク地方では私しかいなかったからだ。
私の無能が、この事態を引き起こした。
自らの不甲斐なさに、私は歯噛みした。
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