第七十二話 助かった者、助からなかった者
崩れ落ちるグエンナの頭に深く剣を突き刺して止めを刺したメリルは、腕の傷の痛みに耐えかねてその場に跪いた。
だが倒れている暇はなかった。痛みと貧血で朦朧とする中で、メリルは服を引きちぎり右手と口で傷口を縛り止血を試みる。
「メリ! 無事か?」
ジニがメリルに駆け寄り止血を手伝ってくれる。
治療の甲斐あって出血が止まる。首に布を回し、左手を通して腕を固定する。そしてメリルはふらつきながらも立ち上がった。
「だい……じょうぶ……だ。死にはしない」
メリルは苦しみに耐えながらも答えた。
「カイルに、比べたら……この程度は、な」
メリルは全身に火傷を負い意識を失っているカイルを見る。
自ら炎に飛び込み、炎に焼かれながら、声ひとつ上げなかったカイルのことを思えば、片腕ぐらいどうということはなかった。
「とはいえ……これではもう……兵士は、続けられないな……」
メリルとしては、腕を失ったことより、ロメ隊でいられなくなることの方がつらかった。
片手を失った兵士は戦えない。戦線復帰は不可能だ。そしてそれは両手を失ったレット、足を切断されたシュローも同じだ。
高位の癒し手ならば、失われた四肢を再生させることも可能と聞くが、それほど癒し手となれば、治療費は信じられないほど高額となる。この手が動くことはもう二度とない。
だが仲間を助けるための行動に後悔はない。たとえ時が戻り人生をやり直せたとしても、同じことをしただろう。
「それよりも、ここを脱出する、ぞ。ジニ、カイルを担げ……レット、立てるか? シュロー俺の肩に掴まれ」
メリルはシュローに肩を貸し、傷付いた仲間達と共に城館を脱出する。
城館を出たメリル達は川を目指すが、橋は落とされており、村人達も上流か下流に逃げたらしく、一人も残っていなかった。
ミアとカルスが上流と下流のどちらに逃げたのか、メリルには分からなかった。だが現時点で動けるのは、メリルとジニの二人しかいない。しかし傷付いた仲間達を置いていくことは出来なかった。
「メリル、ジニ。俺は……大丈夫だ。ミア様を……助けに行け」
両手を失ったレットが、荒い息を吐きながら話す。
「そうだ……カイルとレットは……俺に、任せろ……お前達は……ミ、ア様を……助けに、行け。その……ために俺たちは、ここに来た、んだぞ……」
足を切断されたシュローが、青ざめた顔で話す。大量の出血で血を失いすぎている。だがそれでもミアを助けに行けと言う。
「分かった……すぐに戻る。ジニ、お前は下流だ。俺は上流を目指す」
メリルは仲間達の決意に頷き、二手に分かれてミアを探した。
片腕を失ったメリルも重傷だが、立って歩けて戦えるのは自分しか残っていない。
血を失いふらつくが這ってでも探しに行かねばならなかった。
川に沿って上流を捜索したメリルが、森に行きつき、木々の間を分け入る。
森の中を進むと、枝に布が巻き付けられていることにメリルが気付いた。布が巻かれた木を調べると大きなウロがあり、すぐに見つからないよう枝が差し込まれ隠されていた。
メリルは片腕で枝を退けると、ウロの中にはミアの姿があった。
傷を負い意識を失っているが、胸は上下しており生きていた。
ミアが生きていることにメリルは胸をなでおろしたが、そのメリルの耳に騒がしい鳥のような鳴き声が聞こえてきた。
ギリエ渓谷で獣脚竜を退治していた時に、よく聞いた鳴き声だった。
メリルが剣を片手に鳴き声のする方向を目指すと、そこには魔族のカルゴが生み出した小型竜が肉の塊をついばんでいた。
小型竜にいいように食われているのは、背を丸めて蹲るカルスの姿だった。
「貴様ら!」
メリルは激昂し、腕を失ったことも忘れて剣を振るい、小型竜を斬り殺した。
小型竜を皆殺しにしたメリルは、疲労と貧血に倒れそうになったが、へたり込むことはせず、蹲るカルスを見た。
目の前のカルスは、体中を食い破られて、すでにこと切れていた。
メリルは死せるカルスに短い黙祷を捧げ、ミアの所に戻ろうとすると、カルスの亡骸から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「まさか……」
メリルは血まみれとなったカルスの遺体を抱き起し、鎧を外して胸を確かめると、そこには布にくるまれた赤ん坊がいた。おそらくカーラの娘にしてソネアの妹であるソネットだ。
赤ん坊の姿に驚きながらも、メリルは片腕で抱き上げる。
恐ろしい目にあったからだろう。赤ん坊は火が付いたように泣き叫んでいた。しかし体には傷一つなく、泣き声が示す通り元気そのものだ。
メリルはカルスの遺体を見下ろした。
小型竜に体中を齧られたカルスは、顔も判別できず、もはや生前の姿をとどめていなかった。
生きたまま齧り殺される。それがどれほどの苦痛だったか、腕を失ったばかりのメリルにはよくわかった。
「よくぞ守り通したものだ」
メリルは感嘆の言葉をカルスの遺体に捧げた。
正直、カルスのことをメリルは無能な人間だと思っていた。
頑迷であり現実を理解せず、狭量な矜持を振りかざした。挙句の果てに勝てない戦いに挑み、多くの死者を出した。また、ミアやソネアにも暴力を振るったことも許しがたい。
だがカルスにもカルスなりに、守りたいものがあったのだろう。
少なくとも、ソネットの命を助けたことだけは評価してもいい。
メリルはカルスの亡骸に敬意を捧げ、ミアの元へと戻った。
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