第七十一話 勝利の代償
地響きを立てて倒れたグエンナを見て、メリルは一瞬呆然としたが、すぐに炎から飛び出たカイルを探した。
「カイル!」
カイルは地面に倒れていた。身につけた衣服が燃え、今も火に包まれている。
メリルは慌てて火を消したが、カイルは全身に火傷を負い意識を失っていた。
「無茶しやがる」
メリルは剣を鞘に収めてカイルを助けおこすと、グエンナの足元からはシュローが這い出るように抜け出し、レットがグエンナの喉から剣を引き抜き、ジニも起き上がってメリルのもとに集まる。
一息つきたいところだが、メリルとしてもミアのことが心配だった。シュローにカイルを任せ、残り三人で捜索に向かうべきだろう。
「よし、ここを脱出してミア様の救出に向かうぞ」
メリルはカイルの右腕を掴み体をも持ち上げる。ジニがカイルの左肩を支え、両方から抱き抱える。
そして城館から出ようとしたメリルを、突然レットが両手で突き飛ばした。
「レット、何を?」
突き飛ばされたメリルがカイルを支えながら振り向くと、そこにはレットの両手があった。
レットの両手が空中に舞い、クルクルと回転していた。
回転する二つの手が地面に落ちる。
メリルは地に落ちた両手を見て視線を上げると、そこには両手を失ったレットが、手首から血を吹き出しているのが見えた。視線をさらに後ろへと向けると、喉から血泡を吹き出しながらも、グエンナが左手に大剣を構えていた。
「レット!」
ジニが両手を失ったレットに叫ぶ、メリルはカイルから手を離して剣を抜く。
「ジニ! カイルとレットを頼む」
メリルはジニに二人を任せ、グエンナと対峙した。
「GA、GAAAAA」
グエンナは言葉にならぬ声を上げる。
すでにグエンナは半死半生の状態だった。
左目を失い、喉からは血泡を吹いている。右手は指がなく、左足首もシュローにへし折られ立つことが出来ず、片膝をついている。
しかし残った右目は充血し、燃えるように赤く輝いていた。
「化け物め!」
メリルとシュローが、死にかけのグエンナに斬りかかる。
グエンナは自らの身を守ろうとはせず、メリルとシュローの攻撃を体で受けた。そして指を失った右手をシュローに伸ばす。
シュローは剣でグエンナの右手を突き刺すが、剣で切り裂かれながらも、グエンナはシュローを押し倒し、地面に無理やり押さえつける。
グエンナは右手でシュローを押さえつけたまま、大剣を振りかざした。
「まずい!」
シュローは必死にもがき、グエンナの手から抜け出そうとする。だがグエンナはシュローを押さえつけたまま、自らの腕ごとシュローを攻撃する。
手から抜け出そうとしていたシュローは、なんとか体こそ抜け出したものの、左足が間に合わず切断される。
「シュロー!」
メリルが叫ぶ。
グエンナが次はお前だと言わんばかりに、鬼の如き形相でメリルを睨む。
メリルが剣を構え、グエンナが大剣を振り上げる。
高らかに掲げられたグエンナの大剣は、先ほどまでと違い隙だらけだった。
勢いよく振り下ろすことしか考えておらず、今ならメリルの攻撃の方が先に決まる。
だがそれがグエンナの狙いだ。
すでに致命傷を負っているグエンナは、相打ちを狙っている。このまま攻撃すれば、メリルの攻撃が先に当たるが、グエンナは死ぬ前にその大剣が振り下ろし、メリルを両断するだろう。
メリルとて歴戦の兵士、死を恐れはしない。だがここで死ぬわけにはいかなかった。
カイルは全身に火傷を負い重傷、レットも両手を失い、シュローは片足を切断されている。ここでメリルが死ねば、無事なのはジニ一人だけとなる。たった一人では傷付いた仲間達を守ることも難しい。
一撃でグエンナを刺し、なおかつ生き残らなければいけない。
メリルは決意を固め、グエンナの間合いへと飛び込む。メリルの動きを見て、グエンナが勢いよく大剣を振り下ろした。
メリルの目はグエンナの大剣、その根本に注がれていた。
長大な大剣。その威力は剣の先に行けば行くほど速度が増し威力が上がる。逆に大剣の根本は速度が落ち威力が下がる。
大剣を受け止め、反撃の刃でグエンナを討つ。
だがグエンナはメリルの視線からその策を読んでいた。グエンナは大剣を振り下ろしながら、その巨体を前へと倒した。
メリルが大剣を受け止めても、そのまま巨体で押しつぶそうと考えたのだ。
メリルが腕を振るい、大剣の根元で受け止める。そこまではグエンナの予想通り。だが大剣を受け止めるメリルを見て、グエンナの顔は驚きに変わった。
メリルは自らの左腕を盾として、グエンナの大剣を防いでいた。
金属の刃と腕である。腕には籠手が装備されていたが、あっさりと切断され、肉は切り裂かれ骨は砕けている。
だが腕を半ばまで両断したところで、大剣は止まりそれ以上進まなかった。
グエンナの状態が万全であれば、人間の体の一つや二つ、簡単に両断できた。しかし片手しか使えず、何より膝立ちとなり腰の入らぬ一撃では普段の半分の威力も出せなかった。
腕を犠牲にして大剣を止めたメリルが、渾身の突きをグエンナの眉間へと繰り出す。
グエンナは後ろに身を引いて回避しなければと思ったが、体はすでにメリルを押し潰そうと、前へと倒していた。突き出される刃に向かって、体が止められなかった。
グエンナが最後に見たのは、自らの眉間に突き刺さる刃だった。
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