第十六話 魔王軍との邂逅②
勝算があるとした私を、アルやレイ、他の兵士たちはすがるような目で見る。重責が私を襲うが、怖気づくわけにはいかない。少しでも不安を見せれば伝染する。大きく息を吸い込み、心を強く保つ。
「まず私たちの利点は二つ。一つは土地勘がある事」
今現在いる山は、来るときに通った道だ。この先の地形は大体把握できている。これがまず大きい。
「そして数です。私たちは総勢二十一人。数の多さをどれだけ有利に使うことが出来るか、それが勝負の分かれ目です」
相手は五人で二十人を相手取ることが出来るが、それでも五人しかいないのだ。
「まずは部隊を三つに分け、それぞれに別の道を進んでもらいます」
「ほれは」
ろれつの回らないアルが信じられないといった顔をする。言いたいことはわかる。数が多いことが重要としつつ、分散するのは愚策に見えるだろう。
実際戦力の分散は悪手だ。だがそれでも分散には意味がある。
「まずは主導権をこちらが握っておく必要があります。向こうに先手を取られれば、押し切られて負けます。分散策に気づけば、連中は寡兵を割る愚を犯さず、早急に各個撃破を狙ってくるでしょう。もちろん最初に狙うのは本隊です。そこを叩く」
こぶしを握り締め、力強く語る。
「この先を進めば切り立った山肌が続き、細い道の先で少し広場があります。あそこで待ち構えます」
来るときにも通り、休憩したのでよく覚えている。上は切り立った山肌、下は崖。前と後ろは細い道。あそこなら少数の戦力でも相手と戦える。
「でも、それで勝てますか?」
目のくぼんだカイルが不安げに問う。確かに、狭い場所で陣取るだけでは連中には勝てない。それに魔王軍は精鋭ぞろい。必ずこちらの上を行こうとするはずだ。
「おそらく相手は私たちが細い道で待ち構えるのを見て、兵を半分に割り、迂回してくるでしょう」
私は地面に枝で広場を描き、小石を五つ拾い道の左右に配置する。狭い路地で守りを固める私たちを見れば、歴戦の魔王軍なら正面からの力押しを避け、迂回して挟撃をとろうとするはずだ。
「前と後ろから攻められる形となりますが、これが狙いです。私たちを挟撃する相手を、挟撃します」
私はほかの小石を拾い、挟み撃ちをする魔王軍の後ろに配置する。
「分散策の真の目的は数のごまかしです。さらに別動隊を作り、道の前後に伏兵として配置します。敵が襲撃してきたら本隊は防衛に徹して時間を稼ぎ、伏兵が後ろから襲い掛かり、挟み撃ちとします」
挟み撃ちと聞き、これなら何とかなりそうだと兵士たちもうなずく。
もちろんこれで必ず倒せる保証はない。しかし今はこれが精いっぱいだ。弓兵や魔法使いがいればもっと違った作戦をたてられたが、今はこれしかできない。
「まずは最初の別動隊を作りましょう。これには重傷者を当てるつもりです。そして、敵を包囲する別動隊ですが、グランとラグン。それにオットーとカイルに任せたいのですが、いけますか?」
指名され、四人は重責に表情を硬くするも最後にはうなずく。
「ほれはのこるへ」
ろれつの回らない言葉で、アルが本隊に残ると言い切る。
「アル。貴方の勇気や勇敢さはだれも疑いません。それに正直に言うと、足手まといですよ」
「らからら。あひてほゆらんさせるには、けがひんがいなひとおかひいだろう」
何を言っているのかさっぱりわからなかったが、意味は伝わった。
本隊の目的は囮だ。別動隊から目をそらさせ、油断させる必要がある。大怪我を負ったアルがいれば、歴戦の魔王軍でも油断してしまうだろう。
「しかし、死ぬかもしれませんよ」
負傷した状態で敵の襲撃を受けるのだから、アルの生存率は極端に下がってしまう。
「ほれならほれまでら、それより、そっちこそひげろ」
私に逃げろと言っているようだが、それこそできない相談だ。私が逃げたら、確実に奇襲が失敗する。
すでに私が指揮を執っているところを、連中に見られてしまっている。
私の姿が見えなければ、連中は別動隊の存在を疑う。奇襲を完全に成功させるには、必ず私が敵の正面に居なければならない。
それに指揮や『恩寵』の効果を考えると、私が本隊から動くわけにはいかないだろう。
「では、行動を開始しましょう」
アルを除いた怪我人で構成された二組を別方向に進ませ、本隊を直進させる。途中手前にカイルとオットーの二人を伏兵として残し、さらに進み、山肌にできた広場で本隊を停止させ、グランとラグンの二人を先行させ、こちらも伏兵にする。
「ではここで休憩とします。皆さんは座って休んでください。私もそうさせてもらいます」
疲れ果て、ついにペースを乱したかのように見せるための演技だ。実際に疲れているので、座り込むとどっと疲労が出てくる。
私と同じく、疲れきっている兵士たちのほとんどがへたり込んだが、一人だけ立ち尽くしている者がいた。
「レイ、貴方も座りなさい」
私は隣で、棒のように立つレイに声をかけた。
レイは青ざめ、がちがちに固まり、縋り付くように槍を握り締めている。顔はかわいそうなほど恐怖に引きつり、体は凍えているように震えていた。
「レイ、落ち着いてください。大丈夫です」
私は声をかけるが、レイの震えは一向に収まらない。
正直、レイが一番の問題だった。
囮としての私やアルの存在、そして『恩寵』の効果から、敵をここに誘い込むことはできるだろう。だが根本的な問題として、敵の攻撃を受け止めることができなければ話にならない。
そのためには本隊の中心に、負傷の少ない兵をあてなければならない。だが負傷のないレイがこのざまだ。前回の失態を取り戻そうと固くなりすぎている。このままでは失敗は目に見えていた。
レイを下げるべきかとなやんだが、隊列を変えないことに決めた。ただし、少しいじろう。
「レイ、こっちに来なさい」
「で、でも、私は」
「いいから来なさい」
レイを招き寄せる。レイはがちがちに固まりながらも私の前で跪いた。まるで処刑を待つかのようだ。
「隊列を考えていたのですが、レイ、貴方には敵の正面を担当してもらいます」
私はあえて、レイを正面に置くことにした。
「しょ、正面ですか」
「おい、それは」
ようやく口が回るようになったアルが非難の目で見る。
正面は敵の最も激しい攻撃が予想される場所だ。今のレイには死ねというようなものかもしれないが、それは違う。
「言っておきますが、信用できない部下を、敵の正面に置く指揮官はいませんよ」
正面が突破されれば、どう頑張っても勝てない。少しでも信頼できる部下を置きたいと考えるのが指揮官の常だ。
「レイ、信頼していますよ」
私は軽く肩をたたく。
「は、はい」
少しでも緊張をほぐそうとしたが、かえって槍を持つレイの手にさらに力がこもってしまう。
「私が貴方を信頼するように、貴方も周りを信頼してください。各々がそれぞれの役割をこなせば、それでいいのです」
たとえどれほど優秀な兵士でも、一人でできることは限られている。自分ですべてをやる必要はない。ほかの仲間に任せ、仲間が必ずやってくれると、信じるしかない。
そして自分もまた仲間に信頼され、信じてくれているのだと、目の前の任務に集中すればいいのだ。
その時になって、ようやくレイは周りを見ることができた。
そばにいる仲間たちは、レイと目が合うと、ほんの少しだけ笑って応えた。
「そうだ、俺たちを信じろ。誰もお前に期待なんかしてねーんだよ」
死にかけていても口の悪さが直らないアルが、わざと憎まれ口をたたく。
周囲にいる仲間たちの顔を見て、レイの顔が少しだけ和らいだ。
少しだけ緊張を解くことができたが、直後、渓谷に鳴り響いた鳥の声が、弛緩しかけた空気を一瞬にして凍り付かせた。
この鳥の鳴き声は、別動隊として配置したカイルの符牒だ。敵の襲来を教えてくれている。敵はもうすぐそこまで来ている。
兵士たちが腰を浮かしかけたが、私は手で制した。
「落ち着いてください。相手が来るのを待つのです。座って」
兵士たちをなだめ、とにかく座らせる。
焦れるような時間が過ぎる。
すべての兵が小刻みに震え、青白い顔で荒く息を吐いていた。中には本当に心臓を吐きだしそうな顔をしている者もいた。
敵が来ることと来ないこと、どちらを願っているのかもわからなくなっている。
私自身、落ち着けと言いながら、内心焦れに焦れていた。
頭の中では、相手が予想外の行動に出ているのではないかと考え、形のない焦りが大きくなり、胸をかきむしりたくなる。
何とか落ち着かなければと、別のことを考える。
ふいに頭の中で音符と旋律が流れた。何かの唄だ。そういえば旅のさなか、誰かがよく歌っていた気がする。あれはどんな歌だったか?
出だしを思い出そうとすると、どうしても出てこない。途中の旋律なら思い出せるのだが。
唄を思い出そうとしていると、兵士たちが驚くような顔で私を見ていた。もしかして、つい唄を口ずさんでいたかもしれない。
場違いな行為だった。笑っておくと、なぜか兵たちの間で笑みが広がり、緊張が解けたのを感じた。
「て、敵襲!」
弛緩しかけた空気を、警告の声が一瞬でしめなおす。
全員がばねのように動き、立ち上がり槍を構える。
見ると前と後の両方から、二人組の魔族が黒い犬のようにまっすぐこちらにかけてくる。
魔王軍の姿を見て兵士たちが取り乱すが、それでも逃げはしなかった。
逃げる道もなく、私の策にすがっているだけだろうが、それでも打ち合わせ通りに動いてくれるのなら、か細いが勝算はある。
「落ち着いて、円陣を組んで、防ぐのです」
私はお腹に力を込めて、大きく声を出した。兵たちを激励すると同時に、魔王軍の注意を引きつけ、後ろに配置した別動隊に気づかれないようにするためだ。
私の声に元気づけられたのか、兵士たちが槍をそろえて突き出す。
陣形を固め防御に徹すれば、時間稼ぎはできる。
心配していたレイも、今は落ち着いて周りと呼吸を合わせていた。
兵士たちは声と勇気を振り絞り、槍を突き出して魔王軍の攻撃を支えている。狭い通路に押しやられ、魔王軍もさすがに突破はできない。すべて作戦通り。あとは後方からオットー達が強襲を仕掛ければ、勝算は出てくる。
予想通りの展開に勝利の光が見えかけたが、違和感。何かがおかしい。
「数が、数が足りない!」
魔王軍の数は前に二人後ろに二人の計四名。しかし最初に遭遇した時、連中は五名いたはずだ。一人足りない。
それに前後から攻撃する連中の圧力が、最初に遭遇した時よりもずっと弱い。こちらが頑張っているから? いや、わざと手を抜いている?
観察を続ければ、連中は時折、上に向けて視線を送り、何かを話している。
魔族はエノルク言語という、私たちと違う言語を話す。
知らない者にとっては、鳥の鳴き声のようにしか聞こえないような言葉だが、王子との旅で必死に覚え、戻ってからは魔王が持っていた本や書類をもとに、解読と勉強を進めている。
まだまだ完璧ではないし、手引書も教師もいないため文法すらあやふやだが、片言には理解できる。
待つ? 隊長? 上から?
聞き取りにくい状況で、なんとか言葉の断片を拾い集める。
それらをつなぎ合わせたとき、私は大声で叫んでいた。
「上だ! 上からくる!」
私が警告を発した直後、頭上から土砂崩れのような音とともに、黒い影が円陣を組む私たちの真ん中に滑り落ちてきた。
魔王軍の兵士、最後の一人。この崖のように切り立った山を登り滑落の危険も顧みずに滑り降りてきたのだ。
「シャァァッァァァア」
円陣の真ん中に舞い降りた魔王軍の兵士は、蛇のごとく声を上げて威嚇した。
身を軽くするためすべての鎧を脱ぎ捨て、武装は左右に握る幅広の蛮族刀二本のみ。
両手に握る刃を翼のように広げ、踊るように襲い掛かった。




