第六十八話 激突グエンナVSカイル①
魔族のグエンナが、巨大な獲物を振り回す。
鉄板といってもいい大剣が、空を切り裂きながらカイルを斬り殺そうと襲い掛かる。
カイルは必死に大剣を回避し、猛攻を凌いだ。
すでにカイルは着込んでいた革鎧を脱ぎ捨て、服だけの状態となっていた。少しでも身を軽くするためだ。
斧よりも巨大な大剣の刃。斬撃が命中すれば、全身に鎧を着込んでいたとしても真っ二つにされることが容易に想像出来た。
ならば鎧は不要と脱ぎ捨てたが、カイルは鎧を捨てたことを早々に後悔した。
グエンナの猛攻を紙一重で躱し続けたカイルであったが、剣先がわずかに服を掠め、すでに服が原形をとどめていない。
恐ろしい速度で振り抜かれるグエンナの大剣は、掠めただけでも致命傷になりえた。
鎧を着ていれば掠めた程度の傷は防げただろうが、後悔しても遅かった。
グエンナは巨体に違わぬ力を持ち、巨大な大剣を小枝のように振り回す。だが何よりも恐るべきは、その正確さだった。
巨大な武器を扱う者は力に溺れ、力任せに武器を振り回す者がほとんどである。大振りの攻撃が多く、隙も大きい。
しかしグエンナの攻撃は、正確にカイルの首や心臓といった急所を狙い、カイルの動きの先を読み。回避しにくい攻撃を繰り出してくる。
必死に避けるカイルを援護すべく、メリルとレットがグエンナの背後から斬りかかる。しかしグエンナは長く巨大な足を器用に動かし、最小限の動きで身を翻し背後からの攻撃を回避して見せた。
さらにグエンナは刃を繰り出し、攻撃の機会を窺っていたシュローやジニを牽制した。
グエンナはカイルと戦いながらも、周りに対する目配りも怠らない。五対一の不利をものともせず、余裕を持って対処している。
「クソッ」
カイルは焦りの声をあげながら、グエンナに向かって斬りかかろうとするが。唸り声を上げる大剣に後ろに飛びのく。
カイルは歯噛みした。
早くグエンナを倒し、ミアを助けにいかなければいけないというのに、倒すどころか、近づくことすら出来ない。
脳裏には小型の竜に咬み殺されるミアの姿が浮かび、気が焦るばかりだった。
「落ち着け、カイル」
焦るカイルに声をかけたのは、メリルだった。
「こいつは急いで倒せる相手じゃない。小型竜のことは、今は忘れるんだ」
冷静沈着なメリルが諭す。
「だが、このままでは……一人でいい、誰か救出に向かえ」
カイルが命じたが、他の四人は誰も動けなかった。
「おいおい、そりゃ無茶ってもんだろう」
四人の気持ちを代弁したのは、敵であるグエンナだった。
「五対一でやっと互角だってのに、一人抜けたら、残った四人は死ねっていってるようなもんだぜ?」
グエンナの言葉は正鵠を射ていた。
五対一でなお余裕があるグエンナ相手に、さらに人数が減れば押し切られてしまう。助けに行った者は助かるが、それは残り四人を見捨てるに等しい。
仲間を見捨てる選択を、誰も出来なかった。
「やれやれ、俺が目の前にいるんだから、俺に集中しろよな」
グエンナがぼやく。
「そぉだ! こうしようじゃないか。もし俺が勝って生き残れたら、そのミアだっけ? を必ず殺しに行ってやる。それでどうだ?」
迷う四人に、グエンナが名案を思いついたと声を上げた。
「なんだと!」
カイルが怒気を孕んだ目でグエンナを睨む。
「なんだよ、これでずっと分かりやすくなっただろ? 女を助けたかったら、頑張って俺を速攻で殺すしかない。実にわかりやすいだろう? あっ、逃げて隠れようとしても無駄だぞ。俺こう見えても偵察兵上がりでな、追跡や捜査は得意なんだ。お前らがどこに隠れても見つけ出すし、見つけるまで追いかける」
グエンナの言葉に、カイルは顔をしかめた。
ミアを助けるためには、グエンナを倒す以外なくなった。
だがグエンナは戦士として完成している。体格や力に優れており、技術も卓越している。カイル達は地力でグエンナを上回ることが出来ない。
残る手は何か策を用いて意表をつくしかないが、グエンナは豊富な戦闘経験を持ち隙がない。
グエンナの意表をつくには、攻撃を想定していない意識の外から一撃を加えるしかないが、五対一の状況にグエンナは全方位を警戒している。
何か手は……
考えを巡らせるカイルの手元には、投擲用の短剣が六本だけ残っていた。あとは手に握る剣のみ。
グエンナの背後では燃え盛る城館が崩れ、炎の熱気がカイル達とグエンナを打つ。
「おっと、勝負を早くつけたいのは、俺も同じだな。ここも火が来そうだ。ゆっくり楽しみたいが、そろそろ決着をつけさせてもらうぞ」
グエンナが天を突くように剣を構える。
時間は無い、死中に活を求めるしかなかった。
「俺が必ず隙を作る。俺の動きに合わせてくれ。とどめは任せる」
カイルはメリル達にそれだけ指示すると、単独でグエンナに向かって突撃した。
「おっ、来たか」
グエンナが笑みを浮かべ、カイルを迎え撃つ。
カイルは右手に剣を持ちながら、左手に三本の投擲用の短剣をもち、同時に放つ。
三つの流星が殺到するが、グエンナは大剣の一振りで三本の短剣を薙ぎ払う。だがその隙にカイルは剣を片手に影のように走り、グエンナに接近する。
グエンナがさらに大剣を振るい、迫るカイルを叩き切ろうとするも、カイルは地面に顎が付きそうなほど身を屈め、大剣の下をくぐる。
「くぐった?」
グエンナの驚く声を頭上に聴きながら、カイルはグエンナの巨大な右足を斬りつける。
「させるか!」
グエンナは逆に右足で蹴りつけてくる。
丸太の如き足がカイルの眼前を覆いつくすが、カイルはギリギリの所で地面を蹴り、横へと回避する。
グエンナがさらに追撃の刃を放つと、カイルは飛び上がり宙へと逃げる。
「もらった!」
グエンナが刃を返す。空中のカイルに回避する術はない。
「カイル!」
メリルが叫ぶが、援護はもはや間に合わない。
断頭台の如く迫る刃を前に、カイルは空中で剣を構え、左手を刀身に添えて支えた。
鉄板の如きグエンナの大剣がカイルに迫る。
大きな金属音が鳴り響き、カイルの剣が砕け散った。だが剣を粉砕したグエンナの大剣は、カイルを斬り裂くことが出来なかった。
剣を砕かれたカイルだが、正面からは受けず角度をつけることでグエンナの大剣を上へと弾きつつ、自身は体を回転させて衝撃を逃したからだ。
砕かれた刃の破片が舞い落ちる中、高速で回転するカイルが地面に着地する。その両手にはすでに投擲用の短剣を握り締めている。
カイルが両手を蛇のようにしならせて、二本の短剣を投擲する。
至近距離で投げられた刃がグエンナの顔に向かうも、グエンナは左手を犠牲にして短剣を防いだ。
左の小指と薬指、そして手のひらに刃を突き立てられつつも、致命傷を防いだグエンナが指の間からカイルを見る。
「まだだ!」
カイルは残された最後の短剣を片手に、グエンナに飛び掛かった。
首に取りつき、のどや頸動脈を掻き切ろうとしたが、短剣が突き刺さったままの左手に阻まれる。
「ええい、邪魔だ」
グエンナが腕を振るうと、小兵のカイルが人形のように宙を飛んでいく。
「うおおおおおぉぉぉ!」
カイルの悲鳴が尾を引き、その体は炎に包まれる城館に飲み込まれた。
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