第六十七話 カルスと魔獣
カイル達がグエンナと死闘を繰り広げようとしていた時、カルスは癒し手のミアと姪のソネットを抱え、怪我をした村人と共に城館の外に出ていた。
しかし、裏門から外に出たカルスを待っていたのは、落ちた橋だった。
「バカな、一体誰が」
カルスは一時茫然自失としたが、ここで立ち止まっているわけにはいかなかった。
川は浅いが、怪我人には渡ることは出来ない。カルスも女と子供を抱えて渡ることは出来なかった。
「下流じゃ、下流には橋がある。そこを目指すぞ」
カルスは声をあげ、下流を指差した。
村人が下流に移動しようとした時、突如裏門の方から悲鳴が聞こえた。
目を向ければ、五頭の小型の竜が村人に襲い掛かっていた。
魔法で生み出された生物だった。
小型竜が村人に飛び乗り、噛みついて腕や首の肉を食いちぎる。
村人は恐慌状態となり逃げ惑う。中には川に飛び込む者もいた。
「落ち着け、敵は小さい。円陣を組んで女子供を守るんじゃ」
カルスは声を張り上げて指示した。小型竜は脅威だが、訓練した兵士であれば十分戦える相手だった。ただの村人でも、互いに守り合えば渡り合えるはずだった。
しかし恐怖に怯える村人の耳に、カルスの声は届かず、川に飛び込む者、下流を目指す者で押し合いぶつかり合い、小型竜以上の被害が混乱から生まれていた。
こうなっては村人の方が小型竜より危険と言えた。恐慌状態の村人に巻き込まれれば、負傷したミアと幼いソネットが踏み殺される危険があった。
「ええい」
カルスはソネットとミアを抱えながら、混乱を避けて上流を目指した。
下流には確かに橋があるが、多くの村人が我先にと逃げ出し、押し倒し踏みつけ合っていた。一方、上流に橋はないが、川幅が狭くなる場所がある。そこならば渡ることは不可能ではない。
カルスは川に沿って上流を目指し、森に入った。
森の中を進むカルスの背中に、醜い鳥のような鳴き声が追いかけてくる。
振り向けば五頭の小型竜が、カルスを追いかけてきていた。
「おのれ、狙いは儂らか」
カルスは歯噛みした。そして背中に抱えたミアを見る。
傷を負い、意識を失ったミアは動けないでいる。腹に抱えたソネットはただ泣きじゃくっていた。
二人を抱えながら、機敏な動きを見せる小型竜からは逃げきれない。確実に取り囲まれ、噛み殺される。
その時最初に犠牲になるのは、動けないミアだった。
迷うカルスの目に、大きな木のウロが見えた。大人一人が入れそうなほど大きな穴が木の中ほどにぽっかりと口を広げている。
これしかない。
カルスはミアを木の穴に入れた。
「カ、ルス……」
意識を取り戻したミアが、小さく声をあげた。
「おお、気が付いたか。敵が来ている。今からお前をここに隠す。動くなよ、声を出すな。助けが来るまでじっとしているのだ」
カルスは周囲の葉のついた枝を折り、穴に差し込んで外から見えなくする。
本当はソネットもこの穴に隠したかったが、大声で泣くソネットを一緒にすれば、たちどころに見つかってしまう。
ミアを隠し、ソネットは自分が抱いて逃げ切る。これしか二人が助かる方法はなかった。
最後にカルスは服の袖をちぎり、近くの木に結んでおく。後で誰かが助けに来てくれるのを祈るしかない。
ミアを隠し終えたカルスの耳に、醜い鳥のような声が聞こえてくる。小型竜が追いついてきたのだ。
「来たか、醜い竜共め! こっちだ、ついて来い!」
カルスは木の棒を片手に叫び、小型竜を引きつけるようにわざと物音を立てて走った。
五頭の竜はカルスの目論見通り、穴に隠したミアには気付かず追いかけてくる。
カルスは小型竜を引きつけながら上流を目指したが、川を渡る前に追いつかれ、取り囲まれてしまった。
カルスは手に抱いていたソネットを、胴鎧の隙間に差し込み、胸に抱いて守る。そして手に持つ木の棒を振り回し、取り囲む小型竜を威嚇した。
だが小型竜達は、カルスの威嚇に一瞬引き下がるものの、すぐに飛びかかり、噛みつこうとする。
カルスは必死に抵抗したが、次第に息が切れ動けなくなる。
小型竜はその隙を逃さず、カルスの背後から近寄った一頭が足に噛み付いた。
「ぐうぅ、おのれ!」
カルスは棒を払い、噛み付く小型竜の体を叩く。殴打された小型竜は小さな悲鳴をあげて地面を転がったが、すぐに立ち上がりカルスを窺う。
小型竜に噛まれた傷をカルスが見ると、大きく足の肉がえぐられていた。
傷を見るカルスに、小型竜が襲い掛かる。カルスは棒を振るって追い払おうとしたが、別の小型竜にのしかかられ押し倒されてしまった。
倒れたカルスに、小型竜が一斉に襲い掛かる。五つの牙が腕や足に噛みつく。
腹を抱えるように体を丸めた。胸に抱いたソネットだけは何としてでも守らなければいけなかった。
森の中でカルスの悲鳴がこだました。
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