第六十六話 ガリオス兵団の掟
カイルは巨人の如き巨大な魔族グエンナと対峙しながら、仲間達の戦いを見守っていた。
カイルがここぞという時に援護の短剣を投げることで、四人の仲間達は相手にしていた魔族を次々と撃破した。
それはいいのだが、不可解なのはカイルが対峙しているグエンナが、自分の仲間が倒されていくのを、黙って見過ごしていたことだった。
カイルとしては、グエンナが動けばその隙を突くつもりでいたのだが、グエンナは大剣を背中に背負ったまま一歩も動かない。
そしてシュローが女の魔族、ラビオの首を切り落とすところを見ても、助けようとすらしなかった。
カイルの下に、魔族を倒した四人の仲間が揃う。
五人に取り囲まれ、グエンナがようやく動いたかと思ったが、その手は背中の大剣をとらず、右手と左手が合わさり、音が鳴り響く。
「見事見事。我らが巨人兵を人間が一対一で打ち破るとは。実に見事な戦いぶりだ。カイルだったか? 短剣の投擲は実に見事だった。速度もさることながら、指の間を通すとは、魔族の中にもお前以上の使い手は五人と居らんだろう。そしてレットだったか? 仲間の投擲を信じての連携は見事だったぞ。並の胆力では手が震えて、指に当たっていただろうな」
グエンナは敵でありながら、カイルとレットを讃えた。
その目は次にジニとメリルにも向けられる。
「そしてジニだっけ? カルゴの爺さんは確かに見た目だけだけど、体格と力は本物だ。はるかに巨大な敵の攻撃を最小限の動きで避けていたな。見切りに自信があると見た。メリル、お前は詰将棋のように無駄がないな。頭で考えるだけなら誰でも出来るが、予想通り実行するとは大したもんだ」
最後にグエンナはシュローを指さした。
「シュローだったな。ラビオは女だてらって言ったら怒るんだが、四人の中で一番の使い手だ。素手での戦いも引けを取らねー。卑怯ではあったがいい戦いだった。お前となら俺も最高の肉弾戦が出来るだろう」
グエンナの言葉に、カイルをはじめシュローやジニ、レットにメリルも顔を見合わせる。魔族と会話し、さらに褒めてもらうなど思っても見なかったからだ。
「それはどうも。だがどうして仲間を助けなかったんだ? 隊長だろ?」
「ああ? そりゃ一対一だったからな。うちの規則で一対一の戦いには手を出さねー決まりだ。サシの勝負で無粋はいけねぇよ。その結果負けたとしても、そりゃ弱い奴が悪い」
グエンナがキッパリと言い切る。
「俺達は、お前達の都合に付き合ってやるつもりはないぞ」
計算高いメリルが剣を向ける。ジニやレット、シュローも戦闘態勢に入る。
カイル達はここに、一騎討ちをしに来たわけではないのだ。
「ああ、もちろんいいよ。一対一の勝負に水を差すのは無粋ってもんだけど、お前らが多い分には問題ねーよ。っていうか、お前らぐらいの奴らと戦えるとは、火の海越えてきた甲斐があった」
グエンナが背中の大剣を手に取り構える。
巨体を持つグエンナが、天を突くように剣を構えると、それだけで体が二倍にも三倍にも大きくなるように見える。
カイルは緊張に息を呑んだ。
シュロー達が戦った魔族は、これまで戦った中でも飛び切りの強敵だったが、このグエンナはさらに格が違う。
果たしてたった五人で勝利出来るのか?
かつてない強敵を前に、カイルの頬に汗が流れる。
「ん? 来ないのか? なら、こっちから行くぞ」
グエンナが笑みを見せる。戦いの主導権をとられれば、押し切られる。たとえ難敵であっても、こちらから仕掛けるべきだった。
「俺が仕掛ける! 援護を頼んだ」
カイルが剣を握り締め前へと飛び出そうとした瞬間だった。突如巨大な地響きがカイル達を襲った。
地響きの発生源を見ると、首を失った魔法使いカルゴの巨体が起き上がり、カイル達に向かって突進してくる。
「なんだと!」
カイルは慌てて飛びのき、シュロー達も後ろに下がる。
飛びのいたカイルの動きに反応して、首のないカルゴが進路を変える。
目どころか頭のないカルゴが、カイルを狙い巨大な怪腕を繰り出す。
左右を腕に塞がれ、退路を断たれたカイルは逆に前へと進んだ。
カルゴに向かって走り跳躍。伸ばされた巨大な腕を蹴り、身を前転させながらカルゴの肩を足場にして飛び越える。
首のないカルゴは、急停止して体ごと振り向き、自身を飛び超えたカイルを見る。その仕草は明らかにカイルの行動を感知していた。だがカルゴの首はジニに斬り落とされ今も地面に転がったままだ。
カイルをはじめ、首を斬ったジニやメリル達もただただ驚く。
だが驚いていたのはカイル達だけではなかった。
「こいつはたまげた。首が無くても動くとは、不死身かよ、カルゴ爺さん」
隊長であるグエンナも、カルゴに驚いていた。
「はっ、この程度で、殺されるものかよ!」
首のないカルゴが叫ぶ。
カイル達は喋ったことにも驚いたが、その驚きをよそに、カルゴの体が変化する。
胸に描かれた竜の模様が蠢き、前へとせり出てくる。そして胸を突き破る様に魔族の爬虫類の顔が胸から生えてきた。
その顔は巨大化する前のカルゴの顔であった。
胸から生えたカルゴの顔に、カイルたちは言葉を無くしたが一人グエンナだけが得心したようにうなずいた。
「ああ、そういうことか。これまでお前の体がそのまま巨大化したと思っていたが、お前自身の体の上に、肉の体を作って操作していたんだな。斬り落とされた首はただの飾りで、胸の竜の模様から外を見てたんだな」
グエンナが解説してくれたため、カイル達はようやく納得がいった。
そしてカルゴの攻撃が、大雑把な理由も判明した。視点が胸にあるため、左右の状況を把握しにくく、目測が甘くなってしまうのだ。
「ふっ、この巨体は我が術の奥義よ。簡単にやられはせぬ」
カルゴは不敵に笑い、そしてカイル達を見た。
カイルはさらに汗を流す。
グエンナ一人にさえ勝てるかどうかわからないのに、さらにカルゴも加わってしまった。
「よくもやってくれたな。一人も生かして帰さぬ!」
カルゴが吠え、胸の前に魔法陣が生み出され、小さな竜が何体も生み出される。先ほど見せた疑似的な生命を生み出す魔法だ。
カイルたちは身構えたが、小さな竜はカイル達を狙わなかった。
「お前たち、さっき逃げて行った爺と女を追え、あの二人のはらわたを食いちぎるのだ」
カルゴの号令の下、小さな竜達がカルスやミアを追いかけていく。
「貴様! メリル、シュロー!」
カイルは二人の仲間に小さな竜を追いかけさせようとしたが、カルゴは巨大な腕で地面をえぐり、土砂の礫でメリル達の進路をふさぐ。
「おっと、行かせはせぬぞ、どうしても行くと言うなら。この儂を倒してからにするがいい。もっとも、一度生み出された疑似生命は、儂を殺しても止まらぬがな」
カルゴの下品な笑みに、カイルは焦った。なんとしてでもこの両魔族をすぐに倒し、救援に向かわなければカルスとミアの二人が殺されてしまう。
「それに、この儂を簡単に倒せると思うな。この肉の鎧はどれだけ傷つけられようと、儂が痛みを感じることはない」
カルゴが自身の術を自慢する。
最悪の状況に、カイルは目を細めて唸る。だがその時、同じく目を細めた者がいた。
「ふーん。そうなんだ」
グエンナは目を細めながら、つまらなそうにカルゴを見る。そしてグエンナの体から、氷のような殺気が放たれる。
グエンナの殺気を受けてカイルは身構えたが、その大剣はカイル達ではなくカルゴに向けられ、巨大な胴体を上下に両断した。
二つに分かたれた巨体が地面に倒れる。
「な、なぜ!」
体を両断されてなお、カルゴはまだ息があった。その眼は自分を裏切った仲間を見る。
驚きの視線を向けるカルゴに対し、グエンナは蔑みの表情で迎えた。
「何故だと? 当然だろう? 俺たちガリオス兵団に入るためには、大将の拳骨食らって耐えるのが条件だろ?」
「それは、ちゃんと受けただろうが!」
「どこがだ。魔法を使って巨大化して耐えたっていうんならいいよ。それなら技の内だ。鍛錬で体を鍛え、打撃を受ける技術で耐えたのと同列と言える。でもじーさん。お前のはズルだろ? 偽の顔を殴らせたなら、大将の拳骨を受けたって言えねーよな。ズルした奴はお仕置きだ」
グエンナは虫を見るような目でカルゴを見下ろす。
「おのれ、愚か者どもめ……」
カルゴは憎しみの目をグエンナに向けたが、体を両断されては生きていられず、そのまま息絶えた。
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