第六十五話 激突グエンナ隊 シュローVSラビオ③
「汚すぎない? 女の子相手に関節極めて石で殴って、目つぶしして噛みつくって、無いよ?」
ラビオが殴り合いにも不文律はあると、非難の目を向けた。
シュローもラビオの言うことは理解している。
人間と魔族は姿形すら異なるが、似たような文化を持ち、似通った思考をしている。
また、魔族の強さを貴ぶ気風は騎士道に通ずるものがあり、敵ながら戦いにおける作法はほぼ同じと言っていい。それ故に卑怯とされる手法を嫌悪する価値観も共有している。シュローが今やったようなことは、侮蔑の対象と見られても仕方がない。
しかしシュローは自らの行いを恥じるつもりはなかった。
「いや、手加減したら悪いと思って」
シュローはこともなげに言い放った。
シュローとしても正々堂々と戦い、勝てるのならそれに越したことはない。しかし全力を尽くさず負ければ、それこそ馬鹿だ。勝つために手段を選んでいられなかった。
「ふ~ん。そんなこと言うんだ」
ラビオは怒ったのか、好戦的な笑みを見せる。
しかしシュローとしても、自分の戦法を変えるつもりはない。
女の身で戦場に立つラビオは、武器の扱いに長けている。普通に戦っても勝ち目はなかった。
シュローは開いた両手を前に構え、前傾姿勢をとった。
ロメ隊ではそれほど目立った強さを持たないシュローだが、武器を使わない戦い、とくに組みついての戦いでなら上位に食い込む実力がある。
対するラビオは自身の鎧の留め金を外し、鎧を脱ぎ捨て、服を引きちぎるように脱ぐ。服の下からは女性の乳房に酷似した、豊かな双丘があらわとなる。
もっとも、胸のふくらみの先端に乳首は無く、鱗に覆われていない白い腹の皮があるだけだった。
魔族の男であれば、視線を奪われる煽情的な光景なのかもしれないが、人間のシュローには分からなかった。
それよりも鎧と服を脱ぎ捨てたことで、掴む場所がなくなったことの方が問題だった。魔族の肌は柔らかな鱗に覆われており、掴もうとすると滑りそうだ。先ほどの攻防でシュローが投げ技や関節技を得意としていることを見抜かれている。
ラビオは拳を握り締めて構える。
体格の有利を活かして打撃でシュローを寄せ付けずに対抗する構えだ。
「言っておくけど、私も打撃は結構やるよ? それでもやる?」
ラビオが挑発的な笑みを見せる。
「もちろん」
シュローはわずかに前傾姿勢になって応えた。
「そう来なくっちゃ」
シュローの言葉に、ラビオが笑顔を浮かべて前進した。
ラビオの拳は空を斬り裂き、蹴りは砂塵を舞い上げる。
対するシュローも打撃と投げ技、関節技を駆使し、合間に目つぶしや石での殴打。急所攻撃などの汚い技術を、躊躇なく繰り出した。
血反吐と悲鳴が踊り、へし折られた歯が宙を舞う時間となった。
しかし全力で戦う時間は短く、決着は思いのほか早く着いた。
シュローは口から血を吐き、地面に大の字になって倒れる。
顔は血まみれとなり、息が上がり、立つことも出来なかった。
「あーしんどかった」
シュローは何とか息を整え、首だけを上げて前を見た。
目の前にはラビオが膝を大地に付き、こちらを睨んでいた。両腕はへし折られ、力なく垂れさがっている。左足も関節がねじ曲がり、立つことも不可能。
もはや戦うことすら不可能となっていたが、双眸は戦意を示し、シュローを睨んでいた。
呼吸を整えたシュローが起き上がり、木に投げつけた剣を抜き取る。剣を片手に、ラビオに歩み寄った。あとはラビオの首を取れば終わりである。
剣を手に前に立つシュローに、さすがのラビオも観念して息を吐いた。
「ああっと、そういえば名前なんていうの?」
「シュローだけど」
ラビオが問うので、シュローは正直に答えた。
「そっ、シュローあんがとね。手加減しないでくれて」
自らの死を前に、ラビオは憎しみや生への渇望ではなく、自分を殺す相手への感謝があった。
人生を闘争に捧げてきたラビオにとって、許せないことが一つだけあった。
手加減をされることだ。
ただ自分より強い者が、手加減をして自分に勝つこと。これは仕方がないことだと思う。
相手の全力を引き出すことが出来ないほど、自分が弱いということなのだから、悔しいがその涙は呑み込むべきだろう。
しかし自分より弱い者が、全力を出さずに、手加減をしたまま敗北する。これは許しがたかった。
自分の勝手な理由で全力を出さなかったくせに、敗北の言い訳にするなど言語道断と言えた。
ラビオから見て、シュローの戦い方は実に意地汚いものがあった。
戦士の作法も守らず、とにかく勝ちたいという浅ましさがあり、見苦しいとすらいえた。
だが間違いなく全力だった。これだけは疑いようがない。
何が何でも勝ちたいと願う相手に、全力を尽くして戦い敗北する。
それは全ての虚飾を取り外した、純粋な戦士の戦い。敗北の極致と言えた。
悪くない最期だった。
シュローの刃が振り下ろされ、ラビオの意識が途切れる。
首を切断され、地面に転がるラビオの顔は、満足げにほほ笑んでいた。




