第六十四話 激突グエンナ隊 シュローVSラビオ②
今日まで放置死して申し訳ありません。
連載再会します。
商人をしていたシュローの父親は、大変博打好きだった。
子供だったシュローの記憶として、父親はいつも酒場で賭け事をしていた。
ただしシュローの父親は賭けに弱く、いつも負けていた。
もちろん運が良ければ勝つのだが、たとえ勝っても負けるまで賭けを続けてしまうので、勝って家に帰ったためしがない。
ポケットの小銭や飲み代を賭けている程度ならよかったのだが、いつしか大金をかけるようになり、借金が膨れ上がった。
そしてよせばいいのに、一発逆転の手として店を賭ける大勝負を挑んだ。
もちろん結果は負けた。
店は取られ一家は離散し、子供だったシュローは親戚に預けられ、そこも追い出されたので兵隊になるしかなかった。
博打のせいで大きく人生を変えることとなったが、シュローは博打が嫌いではなかった。
博打好きは血筋らしく、シュローもよく仲間内と賭けをする。
ただし、弱いのも血筋らしく。大抵負ける。毎回大穴を狙う癖があり、細かく勝率を計算するメリルなどを相手にすると、必ず負けてしまう。
自分でも大穴を狙いすぎる悪癖を理解しているのだが、どうしても大穴狙いをやめられなかった。
勝つことよりも、勝負の最中に湧き上がってくる、興奮の方を楽しみにしてしまうからだ。きっと父親もそうだったのだろうとシュローは思う。
ただ、シュローは父親と決定的に違うところがあった。
なぜイカサマをしないんだろう?
シュローは子供心に、父が賭け事でイカサマをしないこと不思議でたまらなかった。
もちろん大人になった今では、イカサマはいけないことだと分かっている。
イカサマは露見した瞬間に負けが確定するし、場合によっては相手に殺されることだってあるからだ。
しかしここ一番の大勝負で、イカサマをしないことは間違っている。とシュローは思う。
シュローの父親が店を賭けた時、負ければもう全てを失ってしまう状態だったのだ。
ならばなんとしてでも勝つべく、イカサマをすべきだった。
これは戦いでも同じで、目潰しや金的などをすると、卑怯だと怒られるのが不思議で仕方がなかった。
もちろん訓練などでは、仲間にそういった攻撃をすべきでないことは分かっている。だが命がかかった実戦は別だ。
正々堂々と戦って死んでいたら意味がないし、勝つためならなんでもすべきだとシュローは思う。
とは言えシュローはこの考えを、ロメ隊の仲間には隠していた。
ロメ隊の皆は気の置けない仲間だが、全員が正々堂々とした気風の持ち主で、自分の考えが異端であることが分かっていたからだ。
シュローは改めて対峙するラビオを見た。
豊かな胸を持つ女魔族は、曲線美をくねらせながら鞭を振るっていた。
鞭のような扱いにくい武器を獲物にしているだけあって、ラビオの鞭裁きは変幻自在。普通に戦えば敗北は必至。しかし自分が負ければ仲間だけでなく、逃げる民衆が被害に遭うかも知れず、負けるわけにはいかなかった。
「いくぞ」
シュローが剣を構えラビオに向かって走る。対するラビオは間合いに入った瞬間、鞭を振るいシュローの体を打ち据える。
雷鳴の如き音を伴うラビオの一撃に、シュローが黒装束の上に着込んだ黒塗りの革鎧がちぎれ飛び、服が破ける。
シュローは痛みに耐えながら、手に持つ剣を上へと投げた。
投擲された剣を見て、ラビオは迎撃しようと鞭を戻し見上げる。だが大きく弧を描く剣は迎撃するまでもなく、ラビオの遥か手前に落ち、大地に突き刺さった。
シュローの行動は一見すると無意味な行動だった。だがもしこの剣がラビオに向かって投げられていたならば、ラビオは剣を叩き落とすと同時に、無手となったシュローを打ち据えていただろう。
しかし無意味ゆえに、ラビオは投げられ剣が地面に突き刺さるまでを目で追ってしまう。
熟達した戦士であるほど、無意味の中に意味を求めようとしてしまうからだ。
その隙にシュローは走りながら、自らの鎧を剥ぎ取り、服を引きちぎって半裸となる。
シュローの接近に気づいたラビオが鞭を振るう。同時にシュローも引きちぎった服を振るった。
鞭と服が絡み合い、ラビオの鞭が止まる。
シュローは服から手を離し、ラビオに向かってさらに走った。
ラビオは鞭を戻そうとするも、絡み付いた服が繊細な鞭の動きを阻害する。
シュローはラビオ目掛けて走り、途中で先ほど投げた自分の剣を回収した。
ラビオはシュローの戦術に気づき、思い切りよく鞭を捨てて腰の短剣を抜く。
シュローは剣を振りかぶり、剣を左に投擲した。投擲された剣は中庭にあった木の幹に突き刺さる。
ラビオの視線は木に突き刺さった剣に向けられる。すぐに同じ罠にかかったと気付いたがラビオが目を前に向けたときには、すでにシュローは目の前まで接近していた。
シュローがラビオの握る短剣に蹴りを放つ。刃を狙って蹴ったため靴が切れたが、短剣はラビオの手から離れて飛んでいく。
すべての武器を失ったラビオだが、寸鉄を帯びていないのはシュローも同じだった。いや、胸に鎧を身に着けている分、ラビオの方が武装度は高い。
何よりラビオは女とは言え、魔族の中でも巨体の部類に入る体格の持ち主。一方シュローは決して大柄とは言えない体格。見上げるほどの体格差があった。
「素手なら私に勝てると思ったか!」
ラビオが叫びシュローに掴み掛かる。
シュローは臆することなく前に進み、ラビオの巨大な腕をかいくぐり、懐に潜り込む。そして胸に抱き着くように飛び掛かり、ラビオが着込む鎧の首元に右手をかけ、右足を腰に当てる。そして全身のばねを使い、重心を後ろにかけた。
「なっ、巴?」
シュローに掴みかかろうと前かがみになっていたラビオは、飛びついてきたシュローの重心移動に抗えず、体が前へと倒れる。
ラビオの体はそのままくるりと一回転し、頭から地面に落ち、背中を大地に打ち付けた。
「おおっ!?」
ラビオは自分より小さい男に投げられたことが信じられず、目を白黒させて驚く。
しかしその隙をシュローは逃さず、ラビオの右腕を掴み、足を絡ませ腕の関節を極めた。
関節を極められたラビオが苦痛の声を上げる。
「腕十字?! させるか!」
シュローはそのまま腕をへし折ろうとしたが、ラビオは魔族の剛力で右腕を引き寄せ、左手で自分の手を掴む。さらに左手で自身の右手を首元まで引き寄せる、右手で鎧の首元を掴む。
シュローは全力で抗ったがラビオの筋力に勝てず、逆に浮き上がった顔に、ラビオの左拳が飛ぶ。
腰の入っていない手打ちだが、魔族の剛腕を顔に受けシュローは掴んでいた腕を離し、そのまま後転して起き上がった。
ラビオもすぐに立ち上がったが、その時にはすでにシュローはラビオに殴りかかっていた。
「人間の拳如き!」
殴りかかるシュローの拳を、ラビオは避けようとはしなかった。
魔族は人間よりも体格に優れている。何よりその体は鱗と皮に覆われており、人間の拳など通用するはずもないからだ。
しかしラビオの顔に予想外の衝撃が突き刺さる。シュローの拳には石が握られ、殴りつけていたからだ。
「汚っ!」
ラビオはシュローを非難しつつ、左手で石を握るシュローの右手を掴み引き寄せる。
シュローは抵抗せずラビオの顔に接近し、口から赤い霧を吹いてラビオに浴びせかける。
「ギャッ」
液体がラビオの目にかかり、ラビオは思わず目を閉じる。
ラビオの視界を奪ったのはシュローの血液だった。先ほど殴られた際、口の中を負傷し、流れ出る血を口の中にためていたのだ。
血を吐いたシュローは、未だ右手を掴んで離さないラビオの左手に顔を寄せ噛みつく。
指に走る激痛に、ラビオが思わず手を放す。後ろへと下がり顔の血をぬぐい自身の左手を見た時、小指と薬指がなくなっていた。
シュローは、鼻血を親指で拭いながら、口の中にある物を吐き捨てる。
吐き捨てられたのはラビオの二本の指だった。
約一ヵ月更新せず申し訳ありませんでした。
明日も更新します。




