ろめりあ戦記外伝 料理を作ったら争奪戦が起きた
なんか思いついたのでサラっと書いた
本編には関係のない外伝です
ろめりあ戦記 料理を作ったら争奪戦が起きた
それはある日のことだった。私がカルルス砦の中を歩いていると、中庭では訓練を終えたロメ隊の兵士達が、思い思いの時間を過ごしていた。
「訓練お疲れ様です、皆さん」
「これはロメリア様」
「ロメリア様も、お仕事お疲れ様です」
グランとラグンの双子が、私を労う。
「アルとレイは?」
私はくつろぐ兵士達を見るが、ロメ隊の隊長と副隊長の姿が無い。
「あの二人なら特訓だとか言って、まだやっています」
「元気ですよね、あいつら」
メリルが答え、ミーチャが呆れる。
「そうですか。グラン、ラグン。アルとレイが戻ったら私のところに来るように言ってください。訓練の計画のことで話したいことがあるので」
私はグランとラグンに言伝を頼み砦の中を進むと、ロメ隊のベンが炊事場の前で麻袋を開いていた。
「おや、ベン。それは何ですか?」
「ああ、ロメリア様。実はちょっと珍しい食材が手に入ったんですよ」
ベンに麻袋の中を見せてもらうと、小さな白い穀物が、ぎっしりと詰まっていた。
「これはもしや……オコメ、ですか?」
「知ってるんですか? ロメリア様」
「ええ、東方で主食として食べられているものですよね?」
「そうなんです。一度食べてみたいと思って、手に入れてみたんですよ。小腹もすいたことですし、今からこれを使って料理でもしてみようかと」
食いしん坊のベンが舌なめずりをする。
「へぇ……、私もご相伴させてもらってもいいですか?」
「興味があるので?」
「ええ、一度どんなものか食べてみたかったのです」
私は昔読んだ、東方の軍記物語を思い出した。
本の中ではよくオコメという食材が出てきており、兵士の食料としても活用されていた。
私たちの食料といえば、小麦から作られたパンが主食だ。パンを作るには、小麦粉を脱穀して石臼で引いて粉にし、さらに水で練って膨らませ、焼き上げねばならない。
パンにしてしまえばあとは日持ちがするが、作るまでには時間がかかる。一方オコメは、脱穀すればあとは水で煮るだけらしく、作るのが大変楽だ。作ったあとは日持ちがしないらしく携帯食には向かないそうだが、どんなものか食べてみたかった。
「いいですよ。ただ、どんな料理にすればいいか、わからないんですよね。他の食材や調味料もそれほどあるわけじゃないですし。ロメリア様、どんな料理があるか知っていますか?」
「私も、東方の料理にそれほど詳しいわけでは……、確かミソやショーユという調味料がよく使われるそうですが」
私は顎に手を当て、過去に読んだ本の内容を思い出した。しかし私が読んでいたのは将軍が軍を率い、策士が華麗な戦術を駆使する軍記物語だ。料理本ではない。
記憶を引っ張り出していると、私はある料理を思い出した。
「そうだ! オコメを使った簡単な料理があります。素材の味を一番楽しめる料理らしいですよ」
「いいですね。最初ですし、それで行ってみましょう」
私の提案にベンが頷き、二人で料理をする。
料理の前に私は手をよく洗い、エプロンを身に着け頭には三角巾を巻く。ベンもエプロンを着けてコック帽をかぶる。こうしているとベンは兵士というより、本職の料理人のようだ。
「まずはオコメを炊きましょう。確か水で洗うはずです」
私は調理法を思い出しながら、ベンと一緒に調理を開始する。
水で洗ったオコメを鍋の中に入れ、水で浸し蓋をして火にかける。中に水が沸騰してきたら、火力を弱めてじっくりと炊き上げる。
「これでいいですかね?」
「おそらく……」
なにぶん私も初めて扱う食材なので、ベンの勘が頼りだった。しかしうまく行っているのか、しばらくすると何ともいえない匂いが漂い始める。
蓋を開けてみると、真っ白なオコメが鍋一杯に並んでいた。匙で掬って一口食べてみると、固すぎず柔らかすぎず、ちょうどいい食感だった。
「それでロメリア様。どんな料理をされるのですか?」
「ええ、本で読んだ簡単な料理なのですが……、その前に、どうしてみんな覗いているのですか?」
私は炊事場の入り口や窓に目を向けると、そこには先ほどまで広場で寛いでいたロメ隊の面々が興味深げに顔を覗かせていた。
「いや、珍しい格好だなと。ロメリア様は料理ができたのですか?」
ボレルが私のエプロン姿を、珍しそうに見る。
「ええ、できますよ。アンリ王子と旅をしているときは、私が料理当番でしたから」
私は昔のことを思い出した。
アンリ王子は炊事など女のやることだと言って聞かなかったし、エリザベートは包丁を持たせることすら危うかった。エカテリーナは何でも魔法でやろうとして、肉を丸焦げにしてしまうし、呂姫は食材の皮を剥くという発想がない。
必然、料理は私の仕事になった。それに旅の最中は他の旅人と一緒になることもあり、いろいろ料理を教わった。特に猟師と山越えをした時に食べた、動物の内臓を潰したつみれ汁はまた食べたい味だ。
「本職の料理人と比べれば、素人の真似事ですけれどね」
個人的に料理をするのは好きだったのだが、貴族の令嬢は炊事場に立つことなどないし、私の料理を好んで食べたいと言う人もいないだろう。
「それで、いったいどんな料理をされるので?」
ジニが尋ねる。周りの者達もオコメ料理に興味津々だ。みんな演習を終えたばかりだから、お腹がすいているらしい。
「別に料理というほどのものではありませんよ」
私は小皿に塩を少量入れ、塩水を作る。作った塩水で手を濡らし、炊き上げたオコメを匙ですくい素手で握る。
「熱い熱い」
私は炊きあがったオコメを手の中で転がし、三角形に形を整えていく。
「はい、出来上がり」
私はいびつな三角の形になったオコメを、皿の上に置いた。
「これで、完成ですか?」
ロメ隊のタースが皿に盛られた料理に首をかしげる。確かに、オコメを塩で握っただけなので、料理というには語弊がある代物だ
「オニギリ、という東方では一般的な料理らしいですよ。本来は塩漬けにした漬物やノリと呼ばれる黒い食材を使うらしいですが、何もない状態でも食べるらしいです」
私は昔読んだ本を思い出した。
東方から伝わった童話集を読んだことがあるのだが、童話集で出て来るオコメを使った料理は、大抵がこのオニギリだった。
「塩だけの単純な食べ物ですけれど、前から食べてみたかったんですよね」
「これなら、どんな食材が合うか分かりますね」
ベンは塩水を手に付け、自分でもオニギリを作って食べてみる。
「なるほど、こんな味か……ならどんな料理が合うかな……」
ベンは料理人の顔となり、オコメに合う料理を考え始める。私も指に付いたオコメを食べてみる。オコメの柔らかい触感と、ほんの少し甘い味が美味しい。特に塩味がオコメの甘さを引き立てている。単純だが奥の深い料理だ。
「指がべとつきますが、逆にそれが美味しいですね」
指を舐めていると、炊事場を覗き込んでいるみんなの視線が私に集中する。何がそんなに珍しいのだろうか?
「あの、ロメリア様……そのオニギリ。食べていいですか?」
ロメ隊のゼゼが、私が作ったオニギリを指差す。
「食べたいのですか?」
私は自分が作ったオニギリを見た。正直、形がいびつで、あんまり人に出すようなものではない。
「お前、ゼゼ、ずっけぇぞ!」
「そうだ、ずうずうしい!」
「ロメリア様、俺にください」
「ガット、抜け駆けすんな!」
ロメ隊のグレンがゼゼを非難し、シュローが同調する。ガットが前に出て、レットが止める。
皆オコメ料理が珍しいので、食べてみたいのだろう。
「いいですよ。材料はまだありますし、皆の分は作れるでしょう」
私が頷くと、皆が歓声を上げる。そんなにお腹がすいていたのだろうか? しかし料理を食べたいと言われて、悪い気はしない。私は手を洗い、新たに塩水を手に付けて次々にオニギリを作っていく。
作っていくとどんどん要領が分かってきて、握るのが上手くなっていく。コツは力を籠めすぎず、転がしながら形を整えることだ。
私は二十個近くオニギリを作り、皿に盛る。
「それじゃぁ、外で食べましょうか」
私は皿を持って中庭で皆とオニギリを食べることにする。振り返って炊事場を見ると、ベンがオコメを新たに炊いていた。どうやらオニギリを食べたことで、料理の熱が入ったようだ。
「あっ!」
みんなで仲良くオニギリを食べていると、ハンスが突然声を上げた。その視線は皿に残されたオニギリに注がれている。
皿にはオニギリが一つだけ残っていた。
「どうかしましたか? ハンス」
「いえ、あの、その……オニギリはあと一個しかなくて、アルとレイの分が無いなと思って」
ハンスの言葉に、ロメ隊の面々が顔を硬直させる。たしかにオニギリはあと一つしかないが、特に気にすることでもないだろう。
「おーい、お前ら。何やってるんだ」
「ロメリア様。どうかされましたか? その恰好は?」
ちょうどその時、中庭に特訓を終えたアルとレイがやって来る。その手には先ほどまで使っていた、訓練用の木剣が握られていた。
「ああ、アル、レイ。ベンが珍しい食材を手に入れたので、私が料理をして皆に振る舞ったのです」
私はオニギリの乗った皿を見せる。
「え? これ、ロメ隊長が作ったんですか?」
「ええ、こう手で握って形を整えるんです。でもこれは初めに作った奴で、形がいびつですが、食べますか?」
私は最初に作った、いびつなオニギリが乗った皿を進める。
「ロメ隊長が手ずから作ったんですか? なら……」
アルが最後の一個に手を伸ばそうとしたとき、レイが横からその手を掴んだ。
「おい、レイ。なんだ? この手は?」
アルがレイを睨む。
「ロメリア様お手製のオニギリは、あと一つしかない。いくら君でも譲れない」
アルに鋭利な目を向けたレイが、私をまっすぐに見て申し出る。
「ロメリア様。そのオニギリ、私にください」
「いや、あの……」
「おい、レイ。さっきの話聞いてただろ、ロメ隊長に勧められたのは俺だ」
私を無視してアルとレイがにらみ合う。
「たとえ君でも、譲れないものがある」
「それで俺のモンを横からかっさらおうってか? どっちが上か、まだわかってねぇようだな」
「確かに昔は君の方が強かった。でもその関係が永遠のものと思うのは、間違いだと教えてあげるよ」
「いい度胸だ!」
アルとレイがにらみ合い、訓練用の木剣を構えて対峙する。
「やれやれ、奪い合う必要なんてないのに……」
オニギリを巡って木剣をぶつけ合うアルとレイを見て、私は呆れた声を上げた。
「ロメリア様、新しいオコメが炊き上がりましたよ」
炊事場からベンが首を出し、新しくオコメが炊き上がったことを教えてくれる。
「よし、じゃぁ、まだオニギリ食べたい人」
私はロメ隊の皆に尋ねると、皆が声をそろえた。戦いに夢中のアルとレイは私達に気付かず、必死に争っていた。
それから数時間後、日もとっぷりと暮れるまでアルとレイは争った。だが決着がつかず、ついに二人は倒れた。
喉の渇きと空腹に意識を失いそうになった二人の目に、皿に盛られた幾つものオニギリが見えた。
アルとレイは必死に手を伸ばし、オニギリを口にした。
そのあまりの美味さに、二人は涙したとかしなかったとか。