第五十九話 激突グエンナ隊 ジニVSカルゴ①
カイルが投擲する短剣の援護を受けて、ジニは杖を持つ魔族、カルゴに向かって突進していた。
一方カルゴは杖を構えて数歩下がった。傷つくことを嫌って杖で飛んでくる短剣を迎撃する道を選んだのだ。
カルゴは見事な杖術を見せて短剣を叩き落とす。だがその隙にジニの接近を許してしまった。
ジニの刃が、カルゴに向かって振り下ろされる。
「おのれ」
カルゴが杖を振るいジニの刃を受ける。
剣と杖が振るわれ、数合切り結ぶ。
そのやり取りの直後、ジニは自分の勝利を確認した。杖術はなかなかのものだが、接近戦では自分の方が優っている。
押し切れる!
ジニはさらに剣を加速させた。
「おおおおおおおっ」
ジニの剣に合わせて、カルゴも杖を振るうが手数についていけない。ジニの刃が杖の防御を上回り、カルゴの顔を薄く切り裂く。
「グゥウ、舐めるな! 人間風情が!」
顔を傷つけられ、カルゴがカッと目を見開き叫ぶ。直後杖が光り始める。
魔法を使わせまいとジニは切りつけるが、カルゴは左手を突き出して防ごうとする。
ジニの剣が魔族の左手に振り下ろされ、爬虫類の皮を切り裂き食い込む。ジニはそのまま腕ごと断ち切ろうとしたが、半ばまで食い込んだ瞬間、突如カルゴの腕が膨張し、桃色の肉が皮を突き破り溢れ出す。
「なっ、なんだ!」
ジニが驚愕しカルゴを見ると、膨張したのは腕だけではなく、カルゴの全身から肉が溢れ出し、見る見るうちに巨大化していく。そしてついには見上げるほどの巨体となった。
「これぞ我が魔道の本領にして奥の手。肉体強化術よ」
カルゴの体は以前と比べて倍以上大きくなり、二足歩行する巨大な蜥蜴、いや魔族の先祖である竜を彷彿とさせる威容を誇っていた。
巨大な口にはいくつもの牙が並び、巨大な腕には岩さえも穿つ爪が生えている。胸元には相手を威嚇するためか竜の顔が描かれ、双眸がジニを見下ろしていた。
「な……」
あまりに物理的な差にジニは呆然としてしまった。
「さて、二回戦といこうか」
カルゴが見下ろし怪腕となった腕をふるう。
「ジニ!」
丸太の如き一撃。後方から見ていたカイルが援護の短剣を投げる。
「洒落臭い」
カルゴは短剣を物ともせず、避けようともしなかった。腕に短剣が突き刺さるがそのまま右腕を振り抜く。
ジニはとっさに左に飛んでかわすが、カルゴは左腕を振る。
大雑把に腕を奮っただけの攻撃。ジニの体をわずかに掠める。だが掠めただけでジニの体は後方に吹き飛ばされ、石の様に転がった。
「ばっ、化け物だ……」
倒れたジニの体は、全身が恐怖に震えていた。
もはや相手は怪物の域に達している。およそ人間が勝てる相手ではない。
ジニの脳裏に逃走が頭をよぎった。
自分にしては上出来だ。
これまでの人生を振り返って、ジニはそう思っていた。
ジニの生まれは、小さな農家の三男坊だった。
長男である兄は、自分はいずれこの家と畑を継ぐ家長であり、三男のジニと、次男をいじめていた。
その次男も兄さえいなければ畑は自分の物だと、なんとか兄の足を引っ張ろうと必死だった。
だが兄たちが奪い合っている畑は村でも一番小さく、必死になる価値があるとは、ジニにはどうしても思えなかった。
ジニはそんな兄たちに嫌気がさしていたところに、募兵を呼びかける触れがあり、兵隊になる道を選んだ。
そして入隊し、その時たまたま配属された先がカルルス砦であり、そこにたまたまロメリア様がやってきた。
そして魔物退治に駆り出され、気が付けばロメ隊と呼ばれ、ちょっとは名の知れた存在になってきていた。
しかしそれでも自分は、大したことがない人間だと思う。
ロメリア様との出会いもすべては偶然だったし、自分はさえない農家の三男坊。何の才能もない人間だ。
貴族であり、魔王討伐にも参加したロメリア様や、魔法の力があったアルやレイ。槍の才能があるグランやラグン。力自慢のオットー。そして素早いカイルといったロメ隊の主力とは違う。
自分に魔法の力はなく、体格にも優れていない。何か才能があるわけでもない。精鋭のロメ隊に数えられているが、自分など下から数えたほうがいい落ちこぼれ。下手をしたら隊の中では最弱かもしれなかった。
ただの農家の三男坊にしてはよくやった。才能がない割にして頑張った。
あとはこのまま死んだふりをして、相手の注意がそれたところを見計らって逃げる。そもそも凶悪な魔王軍と戦おうなど、弱っちい自分がやる事ではないのだ。そういったことは英雄や天才に任せればいい。
ジニは体から力を抜き、死んだふりをすることにした。
「おっ、仕留めたと思ったが、立ち上がったか」
魔族のカルゴが、ジニを見て大きな口を歪ませる。
「あれ?」
ジニは、なぜ自分が立ち上がったのか不思議だった。
ついさっきまで死んだふりをしようとしていたのに、気が付けば立ち上がっていた。
「まぁ、奥の手まで見せたのだから、簡単に死なれては困るな」
カルゴは好戦的な笑みを見せたあと、巨体を揺らし、地響きを立ててこちらに向かってくる。
「ちょ、ちょっと待って」
ジニは情けない声を上げた後、何とか身をかわそうと横に飛ぶ。
唸り声をあげてカルゴの腕が振るわれ、またしても腕が体をかすめる。
ジニの体は嵐に吹き飛ばされる木の葉のように転がり、全身に痛みが走った。
全身がばらばらになりそうな激痛。
もう十分だ、よく頑張った。これだけ傷を負えばだれも自分を責めない。
そう思いながら、ジニは意識を手放そうとしたが、気が付けば立ち上がっていた。
「あれれ?」
なぜ立ち上がったのか、自分でもわからなかった。
「ええい、うっとおしい、さっさと潰れろ」
カルゴが苛立たし気に腕を振るう。三度吹き飛ばされたが、それでもまた起き上がっていた。
「しぶとい蠅め、死んでおればいいものを!」
カルゴの言葉に、ジニも自分が分からなかった。なぜ死んだふりをしていなかったのか? 正直、自分がこんな化け物に勝てるとは思えない。英雄でも天才でもない自分がなぜ起き上がるのか?
カルゴが怒りのままに腕を振るう。ジニは何度も吹き飛ばされ、その都度起き上がった。
「ああ、そうか」
殴られ、全身血だらけになりながらも起き上がったジニは、ふいに答えに気づいた。
生まれながらの英雄など、どこにもいないということに。
ロメリア様は確かに貴族だが、体力的な面で見れば、普通の女の人だった。アルやレイも、少なくとも最初は自分と同じ寄せ集めの新兵だった。
ミア様も聖女のような徳の高さを持っているが、普段の素顔を知る者からしてみれば、やはり普通の女の子だ。
彼らは間違いなく、歴史に名を遺す英雄だ。彼らはきっと、この状況であっても逃げないだろう。しかし英雄だから逃げないのではない。どれほど困難があっても、戦うべき時に逃げないから、英雄と呼ばれるのだ。
「俺は、英雄になりたいのか?」
ジニは自分の想いに気づいてしまった。
これにはちょっと自分でも驚きだった。ただの農家の三男坊である自分が、そんな大それた願望を持っているとは思わなかったからだ。
だがどうやら自分は、ロメリア様にアルやレイといった、英雄たちと肩を並べたいらしい。
「英雄、英雄か……一丁、なって見るか」
ジニは傷だらけの顔で笑った。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
最近更新が遅れて申し訳ありません。
これからも更新は遅れ気味となってしまうと思います。
いずれこの埋め合わせはできると思いますが、それまでお待ち下さい。
すみませんがよろしくお付き合いください。




