第五十四話 グエンナ
五体の魔王軍兵士を前に、カイルは全身を緊張させて身構えた。だが炎を背にする魔族は、すぐには襲い掛かってこなかった。
大剣を持つ魔族は、巨大な刃を地面に突き刺しながら、手を叩いてカイルを称賛した。
「見事な戦いぶりだ。俺はガリオス兵団の小隊長、グエンナだ。今お前が倒したのは、俺の隊のひよっこだが、我らが兵団には並みの兵士は入団できない。それを倒すとはお前やるな」
蜥蜴の口でありながら流暢にしゃべるその姿に、カイルは返答できないでいた。
「あれ? 通じてない?」
「いや、通じてはいる。まさか俺たちの言葉を話す魔族がいるとはな」
カイルとしては驚きだった。主であるロメリアが魔族の言葉を研究して話せるのは知っていたが、魔族が話すとは驚きだった。
「ああ、俺たちは勉強してるんだよ。兵団にいるやつは大体話せる。なぁ」
グエンナは背後の四体を見る。グエンナと負けず劣らずいい体格をしている四体は、笑いながらうなずいていた。
「誰が強いのか聞くために覚えたんだよ。おかげでこうしてお前とも話せる。ほら、強い奴とはちょっと話してみたいじゃん」
グエンナと名乗った魔族は牙を見せて笑った。戦いがとにかく大好きでたまらないという笑みだ。
「さっき蹴散らした連中は弱かったからなぁ、欲求不満でよ。うれしいぜぇ、お前みたいな強い奴に会えて」
グエンナが笑うが、カイルは油断なく周囲を見た。他に魔王軍の姿は無い。炎を超えてやってきたのは、先ほどの魔族を入れて六体だけだ。
目の前の五体さえ倒せば、人々を逃がすことが出来る。
裏門の近くには人々を逃がしていたレットがいるはず。魔王軍がやって来たことに気付けば、すぐに来てくれるはずだ。
これで五対三。時間稼ぎぐらいはできる。
だが決死の覚悟を固めたカイルの耳を、巨大な爆発音が貫いた。
即座に後ろを振り返ると、裏門の先にある橋が吹き飛んでいた。橋の周囲からは悲鳴が聞こえ、逃げるために橋を渡っていた人たちが吹き飛び、川に流されているのが声でわかる。
「馬鹿な、なぜ」
カイルは信じられなかった。
いくら魔族が来たとはいえ、まだ逃げる時間はあったはず。橋の爆破を任せたジニの仕業とは思えなかった。すぐに前を向いて魔王軍を睨む。だが話をしていたグエンナは、両手を掲げて自分ではないと示した。
「おいおい、俺達じゃないぜ。敵だから否定する必要もねーけど。あれをやったのは俺達じゃねぇ」
敵の言葉だが、カイルは嘘だとは思わなかった。
こいつらは強い。強さ故に嘘をつく必要がない。騙し討ちなどしなくても勝てるし、嘘を言う暇があったら正面から突破すればいい。それだけの力を持っている。
「どうせビビった奴がやったんだろう。まぁ気にするな。戦場じゃぁよくある事だ」
敵に慰められ、カイルは何と言っていいのかわからなかった。
橋の爆破を任せたジニが、判断を誤ったとは思えない。おそらく避難した者たちが、爆裂魔石を持つジニを見つけ、恐慌状態に陥り爆裂魔石を奪って橋を落としたのだろう。橋を渡っている最中の避難民もろとも。
「さてと、不幸な事故があったわけだが、不幸ついでにあそこの連中には死んでもらおう。お前ら、あの逃げてる奴らを皆殺しにして来い」
先ほどまで朗らかに話していたグエンナは、同じ口調で残忍な言葉を放った。
「俺はこいつをもらう」
グエンナが笑いながらカイルを見る。話の分かる奴かもと思ったが、所詮は敵同士。なれ合いなどあろうはずもない。
グエンナの背後にいた四人の魔族も血を求めて笑う。
「では、このカルゴが」
カルゴと名乗った魔族の一人が歩み出て武器を掲げる。剣かと思ったが違った。杖だ。
「魔法か!」
カイルはさせまいと短剣を投擲したが、そばにいた魔族が長い槍を振るい短剣を叩き落す。
「カルゴ。一つ貸しだぞ」
「バーナは恩着せがましい。あの程度防げたわ」
槍を持つ魔族、バーナの言葉に反論しながら、カルゴは魔法を完成させる。杖が発光し魔法が空に放たれた。
直後、黒い雨のようなものが中庭全体に降り注ぐ。
「伏せろ!」
カイルは身をかがめて防いだが、全身に痛みが走った。
痛みに顔をしかめたが、軽傷だ。痛いだけで致命傷は無い。攻撃もすぐに止まった。体を確かめても、切り傷が出来ただけだ。
足元を見れば、棘のついた小さな礫が大量に転がっていた。小さく軽い攻撃。武装した兵士には通用しない。だが――
カイルが振り向くと、中庭にいた人々がうずくまり倒れていた。体を鍛えて鎧を着こんでいる兵士には通用しなくても、無力な人々を殺傷するには十分だった。
「貴様!」
カイルはカルゴを睨んだ。
戦えない者を一度に、それも大量に攻撃するための魔法だ。たった一発で多数の死傷者が出てしまっている。あと何発か同じ魔法を放たれれば、中庭にいる人は全滅するかもしれない。
「あいつを止めろ」
カイルが杖を持つ魔族、カルゴに向かうが、その進路を大蛇のごとき鞭の一撃が止めた。
見れば大柄で胸のある魔族が、腰をくねらせ鞭を手元に戻していた。
「アンタのあいてはグエンナ小隊長でしょ? よそ見しない。それとも、このラビオが相手をしてあげようか?」
ラビオと名乗った魔族が、爬虫類の顔でありながら、色香を漂わせながら笑う。
ほかの魔族と比べて、やや高い声。そして膨らんだ胸。体色も灰色ではなく赤みが勝っている。初めて見るが、おそらく女の魔族だろう。だが女と侮ることはできない。先ほどの鞭の一撃。大木さえもなぎ倒せそうな威力を秘めていた。
カイルはなおも投擲用の短剣を構えたが、投げる前にすぐに飛びのく。カイルの足元には石礫が突き刺さった。
後方の魔族が、指ではじいて投げてよこしたのだ。
距離があったため気付けたが、投擲動作のない攻撃に反応が遅れた。
「お前は飛び道具が得意のようだな。一つ競ってみたいところだ。グエンナ小隊長。譲ってくださいよ」
「うるさい、エンゲ。小隊長命令を聞け! おいしいのは俺の物だ。文句は俺より上になってから言え」
部下の不平を、グエンナは力任せに押さえつける。エンゲは口を尖らせた。
戦場で気楽に雑談をする五人だが、その姿には隙というものがなかった。
気楽なのは戦場が日常だからだ。放っておけば、こいつらは息をするように殺戮をする。
今、自分がこいつらを止めなければいけない。
カイルは武器を持つ手を握り締めた。
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