第五十三話 ガリオスの先兵
カイルは城館の表門から火の手が上がるのを見て、魔王軍の到来を知った。
すでに中庭は、混乱を煮詰めた大釜となっている。ロベルク同盟の敗北を知った民衆が、逃げようと押し合い、唯一の出口である裏門に殺到していた。
すでに裏門は開け放たれ、ミアを連れたシュローと爆裂魔石を持ったジニが外に出ている。カイルは恐慌状態の人々をなんとか逃がそうと、声を張り上げ、避難を誘導していた。
「落ち着け! 押すな! 手荷物は捨てて逃げろ!」
「カイル!」
逃げまどう人々を何とか落ち着かせ、倒れた人を助け起こしていると、メリルが城門の方から走ってくる。
「無事だったか、メリル」
「カーラ様が替わってくれたのだ。自らの使命を果たせと」
「そうか……では、我らもやるか」
「そうだな、全ての人を逃がそう」
メリルがうなずくと、城門から轟音が響き、まるで牛でも突進してくるような足音がこちらに向かってくる。
カイルとメリルが身構えると、炎の中から、一体の魔族が現れた。
山のような巨体に炎を纏いながらも、まっすぐこちらに駆けぬけてくる。焼け死ぬ者の足取りではない。右手に巨大な斧を構え、爛々と輝く目には残忍さを湛えていた。
あの炎の中を突破してきたのだ。
炎を纏った魔王軍の兵士は、中庭にまで進むと斧を全力で振るった。その勢いはすさまじく体にまとわりついていた炎は掻き消え、風圧が遠く離れたカイルたちにまで届く。
そして炎を消した魔族は、天に向かって吠えた。
割れんばかりの雄叫びに、恐慌状態となり裏門に殺到していた人々が振り返る。魔王軍の姿を見て、今度は逃げまどう人々が絶望の悲鳴を上げた。
泣き叫ぶ人の姿を見て、魔王軍の兵士は獲物を見つけたと言わんばかりに、長い舌を出して唇を濡らす。
「まずい!」
メリルが叫んだ時には、カイルはすでに走り出していた。
カイルは一陣の風のごとく、炎を超えてきた魔族に向かって疾走する。駆けながら、投擲用の短剣を二本放った。
流星のごときカイルの先制攻撃。しかし魔王軍の兵士は即座に反応し、斧を振るい二本の短剣を一振りでたたき落とす。
しかし牽制の刃が防がれても、カイルの疾走は止まらない。さらに速度を上げて敵へと突き進む。
向かってくるカイルを見て、魔王軍の兵士も斧を構えて迎え撃つ。
薙ぎ払うように斧が振るわれる。
その巨体に相応しい剛力。巨大な斧が小枝のように振り抜かれた。
直撃すれば岩さえも砕く一撃を前に、カイルは身をかがめて、唸り声をあげる斧の下をくぐった。
斧がカイルの兜をかすめ、一撃ではじけ飛ぶが、額から血を流しながらもカイルは死の刃を潜り抜け、さらに魔王軍兵士の股の間を通り抜けた。
背後に回られた魔族は即座に右へと旋回し、振り向きざまに斧を振るうが、そこにもカイルの姿は無い。
斧が右から振るわれることを予想し、カイルは背後をとった瞬間に、逆方向に回っていたのだ。
驚愕する魔王軍の背中を、カイルは駆け上がるように巨体をよじ登る。首に足を絡め、左手で魔族の頭をつかむと、腰に刺した短剣を抜いて魔族の右目に突き刺す。
魔族は悲鳴を上げて斧を落とすが、二本の手はそのままカイルに向かい、振りほどこうと取り付いたカイルの体をつかむ。
カイルは必死に足を閉め、何度も頭を突き刺した。
強固な頭蓋骨に短剣がへし折れるが、カイルをつかんでいた腕の力が緩んだかと思うと、魔族の巨体が斜めに傾き、そのまま倒れる。頭にしがみついていたカイルは、倒れた拍子に投げ出された。
「カイル!」
一部始終を見ていたメリルが、カイルに駆け寄る。カイルは何とか身を起こし立ち上がった。
ほぼ傷を負うことなく倒せたが、楽勝だったなどとは言えなかった。
起き上がったカイルの視界が歪み、一瞬ふらつく。かすめただけの斧の一撃が、脳震盪を引き起こしていたのだ。
勝てたのはほんのわずかな偶然。斧があとわずかに深く、そして振り向きざまに放たれた斧が右からでなく左からだったなら、自分は死んでいたことをカイルは理解した。
勝利したが気を緩めるどころか戦慄するカイルに、小さな拍手が向けられる。
「見事見事!」
声と拍手がした方向を見ると、炎を背に五体の魔王軍兵士が立っていた。
いつも感想やブックマーク、評価や誤字脱字の指摘などありがとうございます。
ロメリア戦記の書籍化が決定しました。
小学館ガガガブックス様より六月十八日発売予定です。
よろしくお願いします。




