第四十八話 ガリオス兵団
ミカラ領に突如現れたのは、魔王軍の軍勢だった。
突然の敵襲に、ミカラ領の城館は上へ下への大騒ぎとなった。
早朝の為、城館に泊まった地方領主たちはまだ眠っていたし、満足に状況を理解することもできなかった。
魔王軍に対するために集まっていたロベルク同盟もそれは同じで、寝ている兵士を叩き起こし、指揮系統を回復させて陣立てをするのに多くの時間を要した。
戦闘の準備が整うよりも、城館周辺の村人たちが、自主的に避難してくることの方が早かったぐらいである。
しかし幸いというか、村人が避難し、部隊を整える時間的余裕があった。
なぜなら丘に現れた魔王軍は、その姿を見せながらも丘に陣取り、すぐには攻め込んでこなかったからだ。
「むう、なぜだ。なぜ連中は攻め込んでこん」
ロベルク同盟の盟主であるカルスは、城館にある塔の上で、窓から遠眼鏡を覗き込み唸った。
敵はいまだに不気味な沈黙を保っている。おかげで戦の準備を整えることが出来たが、こちらに時間を与えた理由が分からない。
「偵察兵はまだ戻らんのか!」
カルスは塔の窓から下を覗き込み、中庭で兵士に指示を飛ばす指揮官に向かって叫ぶ。
指揮官が首を振るのを見て、カルスは顔をしかめた。
丘の上に陣取った魔王軍の数は五十ほど。それほど多くはない。姿を見せているのは陽動と考え、四方に偵察兵を飛ばしたのだが、まだ戻ってきていないのだ。
「カルス殿、どうされるおつもりか」
後ろから声をかけられてカルスが振り向くと、本陣となった塔の上では、数名の兵士のほかロベルク同盟の領主達や、ギルマン司祭が不安げな顔をしていた。
「ええい、覚悟を決められよ。我らは魔王軍を倒すために集ったのですぞ! 今敵が目の前に来ているのです。これは好機と言えるでしょう。あの敵を倒し、我らの存在を周辺に知らしめるのです!」
カルスが激を飛ばすが、領主たちから気炎が上がることはなかった。
そこに偵察に出した兵士が、転がり込むように戻ってきた。
「遅れて申し訳ありません。周辺に敵の姿はありませんでした。あの丘にいるのが唯一の敵です。間違いありません!」
偵察兵の報告を聞き、カルスは顔をほころばせ、領主たちも朗報を喜んだ。
「聞きましたか皆さん。敵はたったの五十です。一方我らロベルク同盟の兵力は百五十。これは勝ちましたぞ!」
カルスの言葉に、今度は領主たちも顔をほころばせた。
魔族と人間とでは、およそ二倍の戦力差があると言われている。ロベルク同盟は丘にいる魔王軍に対して三倍の戦力を保持しているのだから、勝利は間違いないとカルスは声を上げた。
「敵があの丘から動かぬのは、我らが軍勢を前にして、怯え、逃げることもできぬからです。そうに違いありません。この機を逃さず、城から打って出て、一撃で敵を粉砕しましょう!」
「そうだ、我々ならできる!」
「ロベルク同盟の強さを見せつけてやりましょう!」
カルスの激に、領主達からも威勢のいい声が上がってくる。
「カルス様、あれを」
塔の上で魔王軍の軍勢を監視していた兵士が、魔王軍に動きがあったことを報告する。
カルスはすぐに遠眼鏡で丘を見ると、魔王軍の中に小柄な姿があった。
灰色の肌に、黒の鎧を着た魔族ではなく、白の服に緑のベストを着た人間の男だった。
魔王軍に囲まれ、男はおびえていた。
「あれは、村人か! 奴ら、人質を取るつもりか!」
カルスは遠眼鏡を見て唸ったが、違った。怯える男に向かって一人の魔王軍の兵士が城館を指差した後、男を解放してその尻を蹴り飛ばした。
蹴られた男は転げながらも逃げ出し、必死に走りながら城館を目指してくる。逃げた男を、魔王軍は追いかけも攻撃もしなかった。
「おおい、助けてくれ! 開けてくれ!」
城館の門までやって来た男が、必死になって開門を懇願する。
門はすでに閉じ、閂をかけている。しかし魔王軍は丘に陣取ったまま動いていないため、たとえ開けてもすぐに入ってくることはできない。
中庭で兵士を指揮していた指揮官が、塔を見上げカルスに判断を問う。カルスはうなずき門を開けさせた。すぐさま閂が外されて門が小さく開かれると、滑り込むようにとらえられていた男が入ってくる。
命からがら城館に逃げ込んできた男は、荒い息を吐きうずくまった。
「その男をすぐにここに連れてこい!」
カルスは下に怒鳴りつけると、息も絶え絶えの男は兵士二名に両脇からかかえられて塔の上まで連行された。
「お前はミカラ領の者か?」
逃げ込んできた男を前に、カルスは尋ねる。
「は、はい。カルス様。村はずれに住んでおります、木こりのジョンです」
「そうか、お前はなぜ解放された? 何か言付けがあるのではないか?」
カルスは解放された理由を予想した。
戦争前に捕虜を解放することはたまにある。たいていは口上や降伏の勧告を行うためだ。
「はっ、はい。魔族の中に、言葉をしゃべるやつがいました。本当です。いたんです」
魔族が人間の言葉をしゃべることに、男はもとより領主達やギルマン司祭も驚いていた。しかしカルスは驚かない。敵が相手の言葉を調べるなどは当然のことだからだ。
「それで、その魔族は何と?」
カルスは続きを促した。どうせ降伏勧告か何かだろうが、話位は聞いてやるべきだろう。
「そいつは、城の主にこう告げろと。その……言われたままに言いますよ? 怒らないでくださいね?」
男はおびえながらカルスを見る。
「いいからさっさと言え!」
カルスが怒鳴ると、男は首をすくめ、言いつけられた口上を述べた。
「では……『我らは魔王軍所属、ガリオス兵団。兵力は五十。兵糧武器共に潤沢。目的は迷子になった我らが大将の捜索。捜索の最中にこの城を見つけたので、暇つぶしに殲滅する。ただの暇つぶしであるため、逃げる者を追いかけるような面倒なことはしない。この使者が到着してより銅鑼を百叩くので、逃げるのならその間に逃げろ』……です」
男の口上を聞き終えると、カルスは顔を真っ赤にして怒った。
「なんと、蜥蜴共が驕りおって、聞きましたか皆さん!」
カルスが領主たちを見ると、彼らも同様に顔を怒りに染めていた。
領主たちに怒りの目で見られ、口上を述べた男はおびえて身をすくませたが、そこに間延びした銅鑼の音が聞こえてきた。
音は丘に布陣した魔王軍の軍勢から聞こえてきていた。銅鑼の音が途切れると、だいぶ間隔をあけて、二度目の銅鑼の音が聞こえてくる。
口上の通り、銅鑼を百叩くまで待つようだった。
この銅鑼の音を聞き、カルスは激高した。
「お前達! 今すぐ城門を開けろ!」
カルスは塔の窓から下に怒鳴りつけた。
「あの驕り高ぶった蜥蜴共に、我らの力を見せつけてやるのだ!」
カルスの号令が、城館全てに響き渡った。
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本作ロメリア戦の書籍化が決定いたしました。
小学館ガガガブックス様より六月十八日出版予定です。
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