第四十六話 脱出
拙作、ロメリア戦記の書籍化が決定しました。
小学館様ガガガブックスからより六月発売予定です。
これもひとえに読者様のおかげです。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします。
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ミアを牢から助け出したソネアは、肩を貸して通路を歩き階段を上り、地下から脱出した。
地下から出ると、すぐ前は中庭へと続く扉がある。扉の横の小さな窓からは裏門が見えた。
「城館の裏門から出れば、川が流れていて橋があります。橋を渡った先にある森に、馬を用意しています。そこまで逃げればもう大丈夫です」
ソネアは城館から脱出する手順を説明する。
「裏門へは、中庭を出て一気に進みます。つらいでしょうが、そこまでは頑張ってください」
ソネアは声をかけるが、ミアの息は荒い。怪我が痛み、ほんの少し移動しただけで体力を消耗している。
ゆっくり休ませてあげたかったが、ぐずぐずしていれば見つかる可能性があった。それでなくても中庭は見通しがよく、人に見つかる可能性が高い。苦しくとも進んでもらわなければいけなかった。
「行きましょう、ミアさん」
ミアの呼吸が整うのを待って、ソネアは扉を開けて中庭に出る。
空を見上げれば、真っ暗だった夜空がわずかに青みを帯びてきていた。山際から太陽の光が差し込み、夜明けが近づいている。
「急ぎましょう」
目立たぬよう身を寄せ合って裏門を目指すが、中庭を進む二人の背中を突然明かりが照らした。
「おい、お前! 何者だ!」
誰何の声とともに照らされた明かりに、ソネアもミアも身を固くして立ち止まった。
「どこの者だ? どこに行く?」
背後からの声に、ソネアは顔をフードで隠しながら振り返る。
呼び止めてきたのは、ランタンを掲げたミカラ領の兵士だった。
「お前はミカラ領の者か? すまないがフードを取って顔を見せてくれ。知らない顔が増えたせいで、この城館に入り込んで、盗みを働くやつが出るようになったからな」
兵士は酔ってもおらず、こんな夜中にも巡回の警備をしていたようだった。ロベルク同盟の兵士が入り込み、悪さをするようになったためだろう。
ソネアとしては、本来なら兵士の勤勉さをほめたいところだが、この状況では問題だった。
フードで顔を隠しながら、ソネアは逡巡した。
ミカラ領の兵士であれば、自分の言うことを聞くかもしれない。だがここは長く伯父が支配していた場所だ。ソネアが何かすれば報告するように命じられている可能性があった。
迷うソネアがフードをとれないでいると、不審に思った兵士の声がこわばる。
「どうした、早く顔を見せろ! それとも……お前」
兵士が歩み寄って手を伸ばし、ソネアのフードに手を掛けようとしたその時、鋭い声が中庭に響いた。
「あなた、一体何やっているのです!」
声に驚き、兵士とソネアが二人して声のした方を見る。そこにはランタンを掲げた一人の女性の姿があった。
「カーラ様。こんな夜更けにどうされましたか?」
兵士は声の主がカーラだと気づき、背筋を伸ばして応対する。
ソネアは突然の母の出現に、とっさに顔を伏せた。
昼間、演技とはいえ母にはきつい言葉をかけたばかりだった。顔を合わせれば何を言われるかわからない。それはこの計画の失敗を意味していた。
何とかして逃げる方法をと、ソネアは逃げ伸びる方法を模索したが、二人も相手にしては、穏便に逃げることなどできそうになかった。
意を決したソネアは、懐に手を差し入れ、短剣の柄を握る。音もなく鞘から抜いて、抜き身の刃をマントの下に隠した。
こうなれば母であるカーラを人質に取り、逃げるしかない。
ソネアは自らの母に刃を向ける決意を固めたが、刃を握る手をミアが止めた。ソネアが振り向くが、癒し手の少女は首を振り拒否する。
そんな二人のやり取りを知らず、カーラが険しい表情を浮かべながら、ソネア達のもとに足取りも荒く歩み寄る。
「あなた! 早くしなさいって言ったでしょう! まだこんなところにいたの!」
カーラはフードをかぶるソネアを見るなり、頭ごなしに叱責する。
ソネアは状況がつかめず、返事が出来ないでいると、そばにいた兵士が疑問の声を上げた。
「あの、カーラ様。この者はカーラ様の使いですか」
「ええ、そうです。今日の夕食の材料が足りず、隣村から食材を持ってくるように言いつけたのです。それなのに、まだこんなところに!」
カーラが金切り声で叫んだ。
「あの、こんな時間に、ですか?」
兵士は夜も明けきらぬうちから使いを出すのかと、空を見上げる。
「いけませんか? 最近はもうどこの村も食料が無くなってきているのです。隣村に無ければ、その隣に、そこでなければ山を越えた村まで行くことになるのです。それとも、貴方がこの子の代わりに行ってくれるの?」
不機嫌さを隠さずにカーラが顔をしかめると、兵士は慌てて顔をそむけた。
「ほら、早く行きなさい。さぼるんじゃありませんよ!」
「はっ、はい。奥様」
カーラの叱責の意味にソネアはようやく気づき、怯える演技をして、頭を下げた。
「ほら、貴方も。裏門の閂を開けるのを手伝いなさい」
カーラは兵士に裏門を開ける手伝いをさせる。命じられ、兵士は慌てて閂を開け始めた。
閂を開ける兵士を見ながら、ソネアは母カーラの顔を盗み見る。
その顔は不機嫌に固まっており、きつい目で兵士を見ている。
「こちらを見ない。顔を伏せていなさい」
顔を盗み見る娘に対して、カーラが小声で注意する。
ソネアは言われた通り俯いて顔を隠し、同じく小声で尋ねる。
「お母様。どうして?」
「貴方が嘘をついていることなど、すぐにわかりましたよ。母親ですもの」
小声ながら、暖かな母の声がうつむくソネアを包んだ。
「ミアさんを頼みましたよ、ソネア」
母の言葉に、ソネアは涙がこぼれそうになるのを耐えた。
涙をこらえるソネアに気づかず、兵士が閂を開け裏門を開く。
「さぁ、早くお行きなさい。急ぐのですよ!」
演技のためカーラがきつい口調で命じる。
「は、はい。奥様」
ソネアは涙を湛えながら返事をする。付き従うミアも、フードの下から軽く頭を下げて礼をした。
カーラに見送られ、裏門から出たソネアはすぐ近くにある橋を使って川を渡り、森を目指す。
「ミアさん。頑張ってください。もうすぐです」
ソネアは事前に馬をつないだ場所を思い出しながら、ミアを連れて進む。
馬は森を入ったすぐ近くに隠してある。目印に布を木や枝に巻き付けておいたため、間違うこともない。
「はい……カーラさんの、好意を……無駄にする……わけにもいきません……からね」
とぎれとぎれになりながらもミアが答え、懸命に足を動かして前に進む。
枝に巻き付けた目印を頼りに、暗い森の中に分け入る。しばらく歩くと嘶きが聞こえ、ソネアがランタンを掲げた。明かりの先に葦毛の馬が一頭、木につながれていた。
ソネアとミアは顔を見合わせて喜ぶ。
「さぁ、早く……」
「そこまでだ!」
脱出しようと、ソネアが馬に近づいたその時、森の暗闇から制止する声が響いた。
ソネアがランタンを声のした方向に向ける。
明かりに照らされ、暗い森の中から数人の男の姿が現れた。その一人を見てソネアは驚愕した。
「伯父様!」
森から現れたのは、ソネアの伯父であるカルスだった。
いつも感想や誤字脱字の指摘、ブックマークや評価などありがとうございます。
前書きにも書きましたが、書籍化が決定しました。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします。




