第四十一話 ロメリアの説得
「どういうことです!」
ミアさんが連れ去られたという報告を聞き、私はソネアさんに詰め寄った。
「そっ、それが、ロメリア様。村で治療にあたっておりますと、ギルマン司祭が手勢を引き連れてやってきて、ミアさんを突然捕らえたのです。私は抗議したのですが、許可のない癒しの技の使用は、教会に対する反逆であるといわれてしまい。ミアさんはミカラ領に連れ去られました」
ソネアさんの説明を聞き、私は唇を噛んだ。
まさかそんな暴挙に出るとは思わなかった。いや、これは私の失敗だ。これは以前からわかっていたことだった。
救世教会は、癒し手の育成機関である治療院以外の場所で、癒しの技を教えることを禁じている。
ミアさんは、ノーテ司祭に教えられて癒しの技を習得している。彼女はいわばもぐりの癒し手であり、教会に見つかれば問題となることはわかっていたのだ。
いずれ教会にもぐりの癒し手を連れていることが知られ、抗議されるだろうと考えていたが、まさか武力で捕らえに来るとは思わなかった。
護衛の兵をつけておくべきだったと後悔するが、もはや後の祭りだ。
しかしまさかこんな強硬策に出るとは思わなかった。それも人々を助けているミアさんを捕らえるなど……。
縄にかけられ、連れ去られたミアさんのことを思うと、急速に怒りが沸き上がった。
教会の後ろ盾があるとはいえ、相手は少数だ。こちらの方が数も戦力も上だ。今すぐ兵士を繰り出せば奪い返せる。
武力での解決を思いついたが、すぐ横から制止の声が飛んだ。
「ロメリア、落ち着け。お前が冷静でなくてどうする」
ヴェッリ先生が注意してくれる。
私は怒りの目で先生を見たが、すぐに自分を戒め、冷静に戻る。
そう、先生の言うとおりだ。私が冷静でならなくてどうする。
「ありがとうございます。先生」
改めてヴェッリ先生が私の側にいてくれてよかったと思う。諫め忠告してくれる人間がいれば、こういう時に助かる。
「落ち着いたか? 安心しろ。ミアの奴は大丈夫だ。殺されたりはしない。連中の標的はお前だ」
先生が私を見る。そう、ギルマン司祭がミアさんを捕らえたのは、私に対する嫌がらせだ。
私を動揺させるために、私が怒りに任せて失策を犯すのを待っているのだ。
「連中も裁判なしに処刑はできない。教会法典に基づき、裁判が行われるはずだ」
「ですが、先生。宗教裁判など、初めから有罪が決まっているようなものではありませんか」
先生の言う教会裁判は決して公正とは言えず、訴えられた時点で判決は決まっている。
「ああ、だがいくら何でも一人で裁判はできない。裁判官に告訴人。そして弁護士がいる。さらに裁判官には二人の補佐が必要だ。ギルマンが告訴人をやるとしても、最低でも四人は教会関係者を呼び寄せる必要がある。ならそれまで時間はある」
先生の言葉に、私はなるほどとうなずく。
教会は自分たちに都合のいい判決を出すために、裁判ではすべて身内で固めてくる。大きな教会がある街に使いを出して、裁判に必要な人員がこちらに来るまで、最低十日はあるはずだ。それまでに何とかしてミアさんを助け出す方法を考えないといけない。
何か策を講じなければと考えて、はたと気づく。
「そうでした! ソネアさん。ほかの者は? このことを知っているほかの者はいるのですか?」
私は凶報をもたらしたソネアさんに尋ねる。
ミアさんはソネアさんと村に慰問に行ったが、二人だけではなかった。他にも手伝いを申し出てくれた人たちが何人もいたのだ。
「え、ええ。一緒に砦に戻ってきましたので」
「では、この話は兵士たちの間にも広まっているのですか!」
ソネアさんの答えに、私は先生と顔を見合わせる。
そしてすぐに外に飛びだし、砦の内部にある広場へと向かった。
私は先生の言葉で冷静になれたが、兵士たちはそうもいかない。特にミアさんは兵士たちの間でも人気がある。放置すればどんな行動に出るかわからない。
急いで兵士たちのもとに向かうと、広場では案の定、兵士たちが集まり、囚われたミアさんを助けようと気炎を上げていた。
「落ち着きなさい、貴方たち」
私は武器を掲げ、今にも飛び出そうとする兵士たちを制止する。
「しかし、ロメリア様。ミアが連れ去られてしまいました。私たちは助けに来たのに。これではあんまりです」
兵士たちの中心となり、拳を掲げていたカールマンが憤怒の声を上げる。
彼はミアさんと同じ癒し手で、兄弟子にあたる人間だ。ミアさんを助けたい気持ちは誰よりも強い。
「そうです、ミアさんを救わないと」
ロメ隊のミーチャも、カールマンの言葉に賛同する。
そういえばミーチャはミアさんに気がある様子だった。ミアさんがさらわれたと聞き、気が気ではないのだろう。
「わかっています。ですが落ち着きなさい。そんなことでは助けられるものも助けられませんよ」
私としても気持ちは同じだ。ミアさんはノーテ司祭より預かった大事な癒し手だ。平時は秘書官としての仕事もしてもらっているし、個人的に親しい間柄でもある。
「これは相手の挑発です。私に対する嫌がらせなのです」
そうこれは嫌がらせに過ぎないのだ。
ギルマン司祭はミアさんを捕らえたが、そのことで私を連座させることはできない。
私はカシュー守備隊の実質的な指揮官ではあるが、名目上はただの伯爵令嬢だ。守備隊の名簿にも登録されていない員数外。立ち位置としては、兵士たちの働きを視察し、慰問しているということになっている。
そのため、私には何の権限もないし責任もない。ミアさんを裁いたとしても、私を裁くことはできないのだ。
「しかし、ロメリア様! 教会の連中は許せません 人を助けていたミアさんを裁くなんて」
ミーチャが焦りと怒りに染まった顔で私を見る。
周りの兵士たちも同調する。彼らは今にも教会を襲撃し、焼き討ちせんばかりだ。
「気持ちはわかります。ですが力で解決してはいけません。それが相手の狙いなのです」
ギルマン司祭は私を裁けない。そしてそれはカシュー守備隊も同じことだ。
許可を受けていないもぐりの癒し手を、軍隊の構成員として連れているとなれば問題となる。だがミアさんの所属も、私と同様にカシュー守備隊にはない。
彼女は私と同じ員数外として扱われている。ミアさんの立場を問えば、カレサ修道院の修道士が、勝手についてきているだけということになる。
さらに関係を完全に切るために、彼女の給金もカシューからではなく、私が個人的に寄付を行っているという形をとっている。法的な対策は万全なので、教会は私たちを裁けない。
ギルマン司祭はミアさんを連れ去ったが、それしか彼にはできなかったのだ。
「暴走すれば、相手の思うつぼです。相手を喜ばせるだけです」
私たちが何もしなければ、教会側はミアさんを裁く以上のことはできない。
だが私たちが怒りのままに教会を焼き討ちでもすれば、これは国を揺るがす大問題となる。
僧侶を殺せば地獄行きと言われているし、教会を破壊すればカシュー守備隊そのものが罰せられるだろう。
場合によっては、伯爵家さえも潰される恐れがある。ギルマン司祭はそれを狙っているのだ。
「しかし! 奴らが許せない!」
「ロメリア様! やりましょう!」
それでもなおカールマンは憤り、ミーチャの怒りも収まらない。
「目的を間違えてはいけません。貴方たちは教会を焼き討ちしたいのですか? それともミアさん一人を助けたいのですか?」
私は本来の目的を思い出させる。
ミアさんを連れ去られたことで、彼らは怒りに染まっている。だが今やるべきことは暴れてすっきりすることではない。囚われたミアさんを救い出すことだ。
「私たちの望みは、ミアさんを無事に連れ戻すことです。それさえできればいいのです」
全員に諭し、私は目的を単純化する。
女の子一人を助ければいいだけの話。必要なのは兵力ではなく知恵だ。
「ソネアさん、いますか?」
私は周囲を見回し、ソネアさんを捜す。
ミカラ領のご令嬢は、私のあとに付いて来ていて広場にいた。
「貴方にしてもらいたいことがあります」
「はい、ロメリア様。何なりとご命令ください。必ずミアさんを助け出して見せます」
私がお願いすると、ソネアさんはミアさんを助けるためなら何でもすると決意を見せた。
そう、その決意が欲しかった。
いつも感想や誤字脱字の報告ありがとうございます。
最近少し忙しく、掲載が不定となると思います。
週に二回は掲載したいと思うのですが、ちょっといつになるか未定です。
すみませんが、よろしくお願いします。




