第四十話 教会の強行
すみません、遅くなりました
ドストラとケネット。両男爵と事業計画をまとめた私は、さっそく商売に乗り出した。
手始めにユルバ砦で身を寄せている避難民たちに声をかけ、周辺の森から木を切り出す仕事を始めてもらった。
さらにすでに伐採されている木材を買い付け、アイリーン港に送る契約を取り交わした。
砦に逃げてきた人たちは、手軽に始めることが出来て収入を得られる仕事を喜び、林業はにわかに活気を帯びた。
私の事業計画は噂となり、北部ロベルク地方の領主たちの間にも広がった。
おかげでこの事業に乗り遅れまいと、参加を申し出る領主が次から次へと手紙を送ってきた。中にはカルス氏が主導する同盟に参加していた領主もおり、私が考えた構想は、仮称ロメリア同盟を補強する結果となった様だった。
「そっちは忙しそうだな」
事業計画を話してから十日後、ユルバ砦の一室で近隣領主から寄せられた手紙の返事を書いていると、地図や書類を片手にヴェッリ先生がやってきた。
何通もの手紙を書いている私を見て、我が師はまるで他人事のように言う。
「言っておきますが、先生にも働いてもらいますよ」
私は先生にも仕事を割り振るつもりだった。
この事業計画は、グラハム家が資金を出して主導することとなっている。
ただ私が話してもお父様は了承してくれないだろうから、ヴェッリ先生の発案ということで計画を進める必要があるのだ。
ヴェッリ先生には事業計画書を出してもらい、お父様を説得するという大任があるのだ。
「お前が話しても、グラハム様は嫌とは言わないと思うけどなぁ?」
ヴェッリ先生が見当はずれなことを言う。
「何を言っているのです。お父様が、私のことを認めてくれるわけないでしょう?」
さんざん好き勝手やらかしている娘の言うことを、聞いてくれるわけがない。
ただ私の家庭教師として、親交のあった先生が事業計画を出せば、感情を抜きにして合理性で話を聞いてくれるだろう。
「俺も人のこと言えないけれど、親の心子知らずだねぇ」
放蕩息子として名を馳せた、ヴェッリ先生が嫌味を言う。
確かに、私が一番理解しがたいのはお父様のことだろう。
娘の私からしても、お父様は何を考えているのかわからず、だから考えないようにしている。
「それで、そんなこと言うために来てくれたのですか?」
私が軽口を言うヴェッリ先生を見る。
「そうだ。と言いたいところだが違う。魔王軍残党の掃討作戦だが、そろそろ大詰めだ」
持っていた地図を机に広げ、先生が作戦の進行状況を教えてくれる。
「ハーディーの旦那たちが前線で、頑張ってくれたおかげで予定より早く進んだ」
地図の上には、安全が確認された場所に印が書き込まれていた。印は地図の九割を埋めており、北部ロベルク地方に侵攻して来た魔王軍は、ほぼ討伐できたと言ってよかった。
「残るはこの一か所だけだ。ただ数が多い。規模は八十ほど。偵察してきた兵士の話では、敵兵の多くは赤い鎧を着ていたそうだ」
先生の報告に、私は眉を上げて反応した。
「あの時に逃がした連中ですか」
私はこの地に来て倒した、バルバル将軍の部下たちを思い出す。
あの戦いで多くの魔王軍を討ち取ったが、将軍麾下の赤い鎧を着た精鋭部隊は取り逃がしていた。
連中は敗残兵ながら、部隊としてまとまり、今なお統率がとられている。逃がしたときより数が増えているようだが、どうやら周辺にいた逃走兵を吸収して、肥大化したようだ。
「戦いたくない相手だが、この規模では無視もできん。損害覚悟でもやるしかないだろう。全戦力を集めて挑むしかないな」
「わかりました。そうであるなら、私も出ます」
先生の言葉に、私も出陣を決意する。
これまで掃討作戦には出なかったが、全軍を動員した北部での最後の戦いとなるなら、私も出るべきだろう。
あの戦場を俯瞰するような現象が、また起きれば損害を少しでも減らせるだろう。それに『恩寵』がもたらす幸運にも期待したい。
「たのむ、本当はお前を前に出したくないんだが、今回ばかりは出てくれ」
ヴェッリ先生は私を前に出したくないようだった。しかし先生は私が前線に立つ意味も理解している。
「言われなくても出るつもりですよ。それに同盟の盟主である私が矢面に立たなくては、参加してくれた人たちも納得できないでしょう」
今回の戦いは、これまでとは違い、カシューからついてきてくれた兵士達だけではなく、ケネット領やドストラ領から来ている新規の兵士たちもいる。彼らは私の声に集って来てくれたが、まだ私が戦うところを見ていない。
「声をかけた私が、命を張っているところを見ると見ないとでは大違いですからね」
私は自分の役どころを心得ているつもりだ。
指揮官たる者、兵士たちの忠誠心を買う所作を身に着けておかないといけない。
特に女の私は侮られやすい。大きな戦いであればなおのこと前線に立ち、命を懸けている姿を見せる必要がある。
「本当はお前に、そんなことはさせたくないんだがな」
先生は教え子の身を案じてくれているようだ。しかしそれは違う。
「いいのですよ、先生。これは私が始めたことです」
先生にいわれなくても初めからやるつもりだった。最初にこれをやろうと言い出したのは私だ。その責任から逃れるつもりはない。
「やれやれ、とんでもない教え子を持ったもんだ。仕方ない。最後まで付き合ってやるよ」
ヴェッリ先生が顎を掻きながらぼやく。
「それはありがとうございます。でも私ではなく、クインズ先生に付き合ってあげるべきでは?」
ここにいない、もう一人の恩師の名前を私は出す。
「はぁ? なんであいつの名前が出てくるんだよ」
私の言葉にヴェッリ先生は視線を逸らす。
「当然でしょう? いい加減、男としての覚悟を決めるべきですよ。いったいいつまでクインズ先生を待たせるんです? ヴェッリ先生は一旗揚げてからにするつもりなのかもしれませんが、待たせすぎですよ」
私がここぞとばかりに先生を攻撃する。
二人が互いを憎からず思っていることなど、先生たちが私の家庭教師の頃から知っている。
一体いつ付き合い始めるのかとずっと注視していたのに、二人の仲は一向に進展しない。正直見ている私の方が焦れてきた。二人の関係にとやかく言うつもりはないが、正直待たせすぎだ。
私は早くクインズ先生の幸せな姿を、クインズ先生の花嫁姿を、クインズ先生の子供を見たいのだ。
「それは……いや、そういうお前こそ!」
言葉に詰まったヴェッリ先生が、自分ではなく私のことを言及しようとする。
問題をそらすつもりだろうが、その言葉が言い終わる前に、部屋の扉が突然開かれた。
「ソネアさん?」
ノックもなしに扉を開いたのは、ミカラ領のご令嬢、ソネアさんだった。
ソネアさんは呼吸も荒く、すぐに言葉が告げられない様だった。
「どうかしたのですか?」
ソネアさんは確か今日は、ミアさんと一緒に近隣の村に赴き、怪我人の治療に出かけていたはずだ。
「ロメ…さま、わた、ミア……教会!」
ここまで全力で走って来たのか、とぎれとぎれで何を言っているのかわからなかった。
「落ち着いてください。何があったのです?」
私は何か事件があったことを悟り、ゆっくり問いただした。
「その! 大変なんです」
呼吸が整ったソネアさんが叫んだ。
「ミアさんが教会の人間につかまり、連れていかれてしまいました!」
ソネアさんの言葉を聞き、私の全身から血の気が引いた。




