第三十八話 掃討戦
コロナのせいで緊急事態宣言がでて、私は原稿が遅れてそっちが緊急事態です。
更新が遅れしまい申し訳ありません。
ユルバ砦の一室で、私はヴェッリ先生と二人、地図の前で話し合っていた。
「第六中隊が二キロ前進したところで、魔王軍の残党と交戦、殲滅したとの報告が入った。中隊は第四と交代して後方に下がった。交代した第四はそのまま前進、五キロほど進んだが、今のところ魔王軍の姿はないらしい」
ヴェッリ先生が、前線から上がってくる報告を読み上げる。
私は地図の上で駒を進め、安全が確認された場所に印を書き込む。
魔王軍の残党狩りを始めて十日が過ぎ、現在北部の半分以上の安全を確認できた。
「順調に進んでいますね、兵たちには苦労をかけますが、このまま一気に押し切ってしまいましょう」
私はうまく進んでいる状況に満足していた。
この分ならあと十日とかからずに、魔王軍を掃討できるだろう。
「わかった、だが編成を少し見直そう。第七中隊の損耗が激しい。新設した第九と合流させるべきだ。あと第一と第二が突出し過ぎている、少し下げるべきだな」
先生は地図と書類を見比べながら、細かく編成に手を入れていく。
順調に進んでいる背景の一つに、先生の手腕がある。
ヴェッリ先生の効率的な采配により、掃討作戦は息切れすることなく進み、魔王軍の残党に対応する時間を与えなかった。
「ハーディーとケルベの旦那方が頑張るのはいいが、無理をしすぎだ。予定より遅れるのは困るが、進みすぎるのも困る」
突出している第一中隊と第二中隊の部隊長に対して、先生がぼやく。
順調に進んでいる背景のもう一つの理由が、ハーディーとケネット領次期当主であるケルベさんの存在だ。
「二人にとって、ここは故郷ですからね。特にケルベさんは、領土を侵した相手をやり返すわけですから、気合が入るのでしょう」
ハーディーの生まれ故郷であるドストラ家は、私の同盟に協力的で兵をよこしてくれた。同じく領地を侵されていたケネット家も兵を出し、率先して掃討戦に協力してくれている。
互いに一族を挙げて参加しており、戦意も高く先生が抑えているぐらいだ。
「それもあるが、これを機に北部の盟主になりたいのさ」
先生の言葉を、私は複雑な思いで受け止めた。
ミカラ領のカルス氏が大いに名を落とし、北部の力関係が崩れてきているのだ。
ここで名を上げて北部の盟主になろうと、両家の一族たちはこぞって兵を送り資金を提供してくれている。
だがそれはソネアさんの生まれ故郷の没落でもあり、私は手放しには歓迎できなかった。
「前線で気を吐く二人の思惑は、それとは違うでしょうがね」
私は最前線で武器を取る、ハーディーとケルベさんのことを言及しておく。
二人は競い合うように進み、手柄を上げている。
ドストラ家とケネット家は北部の盟主になるため後援しているが、先頭に立つ二人の思惑は全く別で、ソネアさんにいい所を見せようとしているだけだ。
「愛ゆえにか、頑張るねぇ」
先生はお気楽にものを言うが、私は二人の行動に、いや男の理屈という奴に、少し腹が立っている。
以前ハーディーが言っていたように、二人は手柄を立ててから、ソネアさんに求婚するつもりなのだろう。だがこの状況は、少し女心が読めていないんじゃないだろうか?
ソネアさんのことを考え込んでいると、部屋の扉がノックされ女性の声が聞こえてくる。
「ロメリア様、少しよろしいでしょうか?」
「ソネアさんですか? どうぞ?」
声からしてちょうど話していたソネアさんだとわかり、私は入室を許可する。
部屋に入ってくるなり、ソネアさんはわずかに目をそらし、申し訳なさそうな顔をした。
「ロメリア様、その、今日届く予定の補給物資なのですが、早馬が届きまして、荷物が遅れているそうです。その、どうも通行を予定していた男爵領で荷物の通行を許可されなかったらしく、現在別の街道を通ってやってきているそうです」
ソネアさんの言葉に、ヴェッリ先生が小さく息を吐いて不満をあらわにした。そしてソネアさんを無視し、書類を書き始める。
「そうですか、分かりました」
ソネアさんの報告を聞き、私は感情を出さないようにうなずいた。
掃討戦そのものは順調に進んでいるが、物資の輸送に問題が出ていた。
理由はただ一つ、ミカラ領のカルス氏が周囲の領地に声をかけ、妨害作戦を行っているからだ。
カルス氏だけなら大したことはなかっただろうが、ギルマン司祭が後ろ盾となり、教会の権威が加わってしまった。
おかげで魔王軍の脅威にさらされていた地域は私よりだが、ミカラ領よりも南はカルス氏側だ。カルス氏はなかなかやり手のようで、教会の後ろ盾があるとはいえ、上手く反対勢力をまとめている。
「本当に申し訳ありません。ロメリア様。私がお願いしたことなのに、わが家が」
ソネアさんは蒼い顔をしながら謝罪している。
「落ち着いてください。ソネアさん。その程度問題でもありません。私は気にもしていませんよ。先生。荷物が遅れたことで、何か問題ありますか?」
私がヴェッリ先生に問うと、先生は顔をしかめて言い放った。
「あるよ、十分に余裕を持たせて、完璧に備蓄と分配を行っていたから、前線には全く影響が出ない。ただ俺の仕事が増えた。書類を二枚も余計に書き足さなきゃいけない。ああ、今終わった」
先生は、書き終えたばかりの書類を私に投げてよこす。一読すると、物資が遅れたというのに全く問題なかった。
さすが我が師匠。荷物が遅れる程度の問題は、あらかじめ計算に入れられてあった。
「だそうなので、気にしなくていいですよ」
私が問題ないと言ったが、ソネアさんの顔色は晴れなかった。
ユルバ砦でもカルス氏の行動が噂になっており、ソネアさんに居場所がないのだ。
「ですが、私のせいで」
ソネアさんは気に病み、今にも死んで詫びようというほど思い詰めている。
「いいですから、気にしないでください。貴方が悪いわけではないのですから」
励ましながら、私は前線にいるハーディーとケルベさんを恨んだ。こういう時にそばにいないでどうするのだと思う。
「気に病んではいけませんよ、良いですね」
私はソネアさんによく念を押しておく。
「そういえばミアさんが近くの村を訪問すると言っていました。道案内と言っては何ですが、手伝ってもらえませんか?」
私はソネアさんに提案してみる。
癒し手のミアさんは暇な時を見計らい、周囲の村に赴いては怪我人や病人の治療を行っている。ユルバ砦に居づらいのなら、外に出て気晴らしをするのもいいだろう。
「ありがとうございます。お心遣いに感謝いたします」
ソネアさんは深々と頭を下げて退室した。これで気が晴れてくれるといいのだが。
「やれやれ、いろいろ問題だな。反ロメリア同盟結成か?」
出て行ったソネアさんを見て、我が師匠はまたお気楽なことを言う。そもそもロメリア同盟自体、私は認めていない名称だ。
「下手に刺激せず、無視しましょう。そもそも掃討が終われば、私たちは出て行く身です。あと少しの辛抱です」
私は抵抗勢力となったカルス氏に対して、相手にせずに消極的な行動をとることにした。ソネアさんのこともあるが、いちいち相手にしていられないというのが本音だ。
「とはいえ、教会勢力は問題だぞ。ここで変な噂が付けば、よそに行ったときに歓迎されなくなる。あいつら、あることないこと言っている」
先生がギルマン司祭の行動を指摘する。
ギルマン司祭は私のことを憎悪しているらしく、私のことを悪魔だの魔女だのと言っているそうだ。
ばかばかしいが、王都の司祭様が嘘を言うはずがないと、大勢の人が信じている。そういった信仰篤い人たちの中で、私の評判はすこぶる悪い。この悪評が広まれば、ロメリア同盟とやらも風前の灯火だ。
名前は認めていないが、同盟自体は継続されなければいけない。
「わかっています。そのためにドストラ家の当主ハロルド男爵に手紙を送って呼んだのです。うまくやりますよ」
私が言うと、そっちは任せたと先生がうなずく。
しばらくするとユルバ砦の侍従がやってきて、ハロルド男爵が来たことを教えてくれた。この会談にはケスール男爵も同席してもらう予定だ。
私は案内され、ハーディーの父親であるドストラ家当主ハロルド男爵が待つ部屋に向かう。
案内された部屋に入ると、部屋にはハロルド男爵とケスール男爵がいた。どうやら二人を待たせてしまったようだ。
「お呼びだてして申し訳ありません、ハロルド男爵。初めましてロメリア・フォン・グラハムと申します」
貴族の礼で挨拶をする。
「北部を救ってくださったロメリア様のお呼びであれば、どこへでも駆け付けますよ。それで、今日はいったいどのようなご用件でしょう。いただいた手紙には大事な話があるとありましたが」
「ええ、そのことなのですが、ハロルド男爵。そしてケスール男爵。産業を興してみませんか?」
私は商人の顔で二人に話しかけた。
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次回更新は四月十一日土曜日の零時を予定しています。
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