第三十七話 ケスールの決断
今日はちょっと短いですがキリがいいので
ケスールさんが北部同盟を蹴り、私の同盟への参加を表明したことに、ギルマン司祭は、煮え湯を飲まされたような顔をして、怒っていた。
「こっ、このような仕打ち受けた覚えがない。不信心者共め! 神罰が降るといい! 破門だ、破門にしてくれる」
ギルマン司祭は叫びながら席を立った。
「もういい、帰りましょう!」
ついさっき来たばかりだというのに、ギルマン司祭は帰るという。そのまま扉へと向かい本当に帰る様子だ。
「おっ、お待ちを。ギルマン司祭」
カルスさんはあわててついていくが、最後に振り返り、ケスールさんを睨んだ。
「ケスールよ、この仕打ち忘れぬぞ! よくもわしの顔をつぶしてくれたな!」
怒りのこもった低い声で、カルスさんはケスールさんに捨て台詞をはく。
カルスさんは、自分が一声かければ、必ず多くの領主が北部同盟に参加すると言っていたのだろう。
大風呂敷を広げていた手前、この明確な反旗はカルスさんの顔をつぶし、北部同盟に泥を塗る形となった。
勢い良く扉が閉められ、二人が出て行くと、小さなため息が漏れた。
ため息をついたケスールさんを、私は心配な目で見る。
「よろしかったのですか?」
私としては協力してくれるのはありがたいが、そんなことをして大丈夫なのだろうか?
地方や辺境は自主独立の気風が強く、中央の権力にはなびかない。
その分、信仰心の篤い人たちが多く、横のつながりを大事にする。
「名士であるカルスさんや、教会の権威があるギルマン司祭の要請を断って、後で問題になるのでは?」
私がケスールさんに問うと、壮年の男爵はまっすぐに私を見る。
「ロメリア様。たとえ破門されようと、私はこの決断を後悔はしませんぞ」
ケスールさんははっきりと言った。
「しかし、教会を敵に回すと厄介ですよ?」
私はすでに聖女エリザベートと仲が悪く、これ以上ないほど関係が悪化しているので構わないが、その中に人を巻き込むつもりはない。
「わかっております。しかし、私は教会より貴方に賭けたい」
ケスールさんに言われ、私は少し戸惑う。
「そう言っていただけるのはありがたいですが、どうしてそこまで?」
私たちは確かに彼らの命を助けたが、なぜそこまで信頼してもらえているのかがわからない。
「私は今も教会の信者です。そして聖女様が地方や辺境を見捨てないと言ってくださったときには縋りもしました。しかしいざ魔王軍が来てみると、我らの下にやってきたのは、気難しい司祭がただ一人」
ケスールさんの言葉には、深い失望があった。
「しかしあなたは五百人の兵士を連れてきてくれた。誰と組むかなど決まっているようなものではありませんか」
ケスールさんは比べるまでもないといいきる。
どうやら私が思っていた以上に、辺境の人間は現物主義のようだ。
確かに辺境ともなれば自給自足が基本で、必要なものは自分で用意するか確保するしかない。明日の約束よりも目の前の現物なのだろう。
「それに魔王軍は撃退しましたが、また次が来ないとも限りません。国内の敵を一掃したとしても、別の国を侵略していた魔王軍が流れてくるかも知れません。もっと言えば、魔王軍が盛り返し、再度侵攻してくることだってあり得るのです」
ケスールさんは危機意識が高い。
確かに魔王を失い、魔族は混乱している。だがその混乱が永遠に続く保証はない。魔大陸で新たな魔王が誕生し、再度軍勢をよこさないとは限らないのだ。
「また次に魔王軍が来た時、王国も教会もあてに出来ない。だが貴方なら信用できる」
ケスールさんはだいぶ高く私を買ってくれているらしい。
「ロメリア様、私はもう二度と決断を間違えるつもりはありませんよ」
ケスールさんの言葉は力強い。
「差し出がましいかもしれませんが、周辺の領主にも私から声をかけましょう。北部同盟に参加した領主たちも、こちらに来るかもしれません」
「それはありがとうございます、ご好意に感謝します」
ケスールさんの提案に、私は深々と頭を下げる。
戦えば兵力は摩耗する。戦い続けるためには、常に人員を補給し続けなければならない。
「また、息子のケルベも軍にお加えください。あれも少しですが魔法が使えます。きっとお役に立つと思います」
ケスールさんは次期当主と目されている息子さんを同盟に加えると言ってくる。
「ロメリア様、北部をどうかお願いします」
「わかりました、微力を尽くします」
こうしてケネット領の同盟参加が決まった。
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次回更新は四月八日水曜日の零時を予定しています




