第三十五話 ロベルク同盟の遅い到着
今日はエイプリルフールですね
とはいえ、上手い嘘とかつけないのですが
カルスさんとギルマン司祭の来訪を、ケネット男爵ケスールさんに告げられ、私は少しだけ意外だった。
「早いですね、少数ですか? それとも軍勢を引き連れてですか?」
ここユルバ砦からミカラ領までは二日の距離。私たちが魔王軍を倒した一報が伝わるのが二日、カルス氏がここにやってくるまで同じく二日と考えると、一報を聞くなりすぐにこちらへ向かった計算になる。
「少数です、十人ほどでやってきました」
ケスールさんに教えてもらう。強行軍で来たらしい。
「わかりました。では会わないわけにはいきませんね」
私は二人との面会を承諾する。正直あまり会いたい相手ではないにせよ、ソネアさんの伯父であるカルスさんはこの周辺の名士だし、ギルマン司祭は王都の司祭だ。無下にしないほうがいいだろう。
「では先生、ハーディー。後をよろしくお願いします」
部隊編成をハーディーと先生に任せ、ケスール氏と一緒にカルス氏の待つ部屋へ向かう。
ケスール氏とともにユルバ砦の中を歩いていると、砦の広い中庭が見えた。中庭にはいくつもの天幕が張られ避難してきた民衆が肩を寄せ合い暮らしていた。
狭い場所に食料も乏しい環境で、人々の表情が暗い。だがその中にあって子供たちの笑い声が聞こえてきた。声に目を向けると、その中心にはソネアさんがいた。子供たちと遊んでいたようだ。その傍らには、ケスールさんの息子さんである次期当主ケルベも一緒だ。
二人とも仕事の合間を見て、少しでも人々を元気付けようとしているのだろう。
「息子さんは領民に愛されているようですね」
子供たちと遊ぶ姿を見て、私は傍にいるケスール氏と話す。
「ソネアがそばにいるので、気を引こうとしているだけです。困った男です、ソネアにはハーディーがいると言うのに」
ケスール氏は息子の行動に困り顔だ。しかしたとえ下心があるとは言え、人々を元気付けようとする姿勢を私は評価したい。
「確かに下心があるのはわかりますが、人徳もあるのではありませんか? 確か、魔法の力が使えるとか」
私はケルベさんが身に付けている腰帯を見る。魔法貴族だけが身に付けることを許されている装飾だ。同じ物を父であるケスール氏も付けている。
「はい、我がケネット男爵家は魔法貴族です」
魔法を使えれば貴族である。
最近はそうでもないが、魔法の才能が希少であった建国当時は、魔法使いは尊い存在とされていた。
そのため魔法の才能を残そうと、魔法を使えるものは貴族とされ、身分と領地を与えられた。ケネット男爵家は由緒正しい魔法使いの血筋なのだ。
「やはり領民たちから頼られ、信頼されているのでは?」
私は、お世辞ではなく本心でそう思う。
ユルバ砦に多くの避難民がいた事は計算外だったが、ここに多くの人が逃げ込んだと言うことは、それだけ頼りにされていた証拠だろう。
魔法貴族として知られていたこともあるのだろうが、領民に愛されていなければこうはならなかったはずだ。
「しかしロメリア様が来てくださらなければ、私はその信頼に応えることができなかった。魔法貴族などと言っても、魔王軍の軍勢の前には何もできなかった」
ケスール氏は自らの力のなさを嘆いた。
「それは、あの状況では仕方がないでしょう」
私はケスール氏を慰める。
数十人程度の魔王軍なら何とかなっただろうが、三百もの軍団が相手では、地方の一領主がどうにかできる問題ではない。
「確かに戦うことができませんでした、しかし敵が来る前に避難させることができたのです。私は判断を誤った」
ケスール氏は自らの判断に、後悔があるようだった。しかし未来を見通すことなど、誰もできないのだから、仕方のないことだと思う。
ケスール氏を、どう元気付ければいいのか言葉に迷っていると、カルスさんたちが待つ部屋についてしまった。この話はまた後でするとしよう。
私が部屋に入ると、カルスさんとギルマン司祭がギロリと睨んでくる。
「これはお久しぶりですカルスさん」
私が挨拶をするなり、カルス氏は目の前にある机を叩いた。
「儂等を罠にはめておきながら! よくもぬけぬけと!」
上位の貴族に対してすごい態度だった。
「カルスさん、それは」
そばにいたケスール氏が咎めようとするが、私は手で制する。身分を盾とするのは好みではない。
場合によっては便利に使うが、今はその時ではないだろう。
「罠とは一体なんのことです?」
カルスさんの言葉の意味が理解できず問い返すと、ソネアさんの伯父は顔を真っ赤にして叫んだ。
「儂等を酔い潰して足止めした事だ! 儂等を奸計で足止めし、敵を奪った」
そういえばそんなこともあった。とは言えそんなこと知らない。
「それが一体何の問題なのです? お酒を飲んだのはあなた、酔いつぶれたのもあなた、戦いに間に合わなかったのもあなたです」
そもそも戦いの前に、酔いつぶれているなどその方が問題だろう。
私がカルスさんの不覚悟を指摘すると、先の大戦を潜り抜けた世代は、顔を真っ赤にして怒った。
「貴様! よくも! お前のせいで儂は!」
カルスさんは怒りに言葉を続けられなかった。
氏は魔王軍と戦う為に気炎を上げ、兵を募った。しかし酔いつぶれて戦いの場に立てなかったため、大いに面子を潰す結果となったのだ。
だが抜け駆けして良かったと思う。
もしカルスさんが集めた北部同盟軍が、バルバル将軍の精鋭三百とぶつかっていたらどうなっていたことか。
寄せ集めの軍など瞬く間に壊滅されただろう。そしてユルバ砦の人たちも、自分たちを助けに来てくれた人たちを見殺しにすることができず城門を開けて助けに行ったかもしれない。
そうなればやすやすと砦の中に侵入され、虐殺が起きていただろう。
結果論だがカルスさんを罠に嵌めて、足止めをしたのは正解だった。
「戦いとは、兵士たちが手柄を上げる絶好の場です。なれば夜討ち朝駆けなど当たり前。戦の前に酔いつぶれていたものに、何の資格があるというのです」
私はきつい目でカルスさんを見る。
「そもそも、貴方たちの軍は、ここに来られたのですか?」
私は確かに足止めしたが、だが酔い潰さなかったとしても、カルスさんは魔王軍との戦いには間に合わなかったと考えている。
アルが酒盛りにかこつけて、北部同盟の作戦を聞きだそうとしたが、この諜報活動は成功しなかった。
なぜならそんなものなかったからだ。
北部同盟軍は何の計画もなく、ただ集まっただけの集団だった。周辺の被害状況もろくに調べておらず、敵がどこにいるかもわかっていなかった。とりあえず集まり、そのあと会議を開きどうするかを決めるつもりだったのだ。
彼の同盟は迅速性に欠け、食料の補給も考えておらず、長期的軍事行動もできない。
戦力以前の問題だった。
「今のあなたに、敵と戦うことはできません」
私はカルスさんを切って捨てた。
若いときであれば違ったのだろうが、平和な時代と老いが彼をさび付かせてしまった。
「ぐぅぅ」
カルスさんは憤死しそうなほど、顔を赤らめて私を見る。
私としても、ご老体に鞭を打つのは気が引けた。だが敬老精神を発揮してよけいな被害を増やすわけにはいかない。
これを機にカルスさんには引退してもらうしかなかった。
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