第三十四話 討伐編成
広範囲に広がった魔王軍の討伐のために、ヴェッリ先生とハーディーが地図の上に駒を並べ、部隊編成と討伐計画を練り始める。
「まず基本方針ですがロメリア様には、もちろんここにいてもらいますよ。前線には出しません」
ハーディーが私を見て念を押した。
「わかっていますよ」
私は口をとがらせて反論する。
味方の大部隊に囲まれているならともかく、小部隊で細かく戦力を分けている状態のところに私が出るのは危険だ。
「バルバルを倒したお前は、魔王軍に恨まれているからな。暗殺者が潜んでいてもおかしくない。バルバル将軍の精鋭部隊である赤鎧の連中も逃がしたからな」
ヴェッリ先生が私の危険を指摘する。
包囲を突破した赤鎧は、依然どこにいるかわかっていない。
彼らの狙いはある程度予想できる。私を狙うとは思えないが、用心に越したことはない。
「先生、ハーディー。私も簡単に死ぬつもりはありませんよ」
始めた以上最後までやり切ることが重要だ。死を恐れてはいないが、最低でも国内の魔王軍を一掃するまでは死ねない。もっとも、私の狙いは魔大陸に行くことだから、もう一度あの大陸の土を踏むまでなんとしてでも生き抜く。必ず軍隊を引き連れて、あの国にとらわれた人々を助けに行くつもりだ。
「それなら結構。ではヴェッリ殿、部隊の編制案を詰めましょうか。各個撃破の愚を犯すわけにもいきませんから、偵察用の小部隊の後ろに中規模の部隊を控えさせ、その後ろに大規模の部隊を展開させましょう」
ハーディーの言葉にヴェッリ先生がうなずき、
「ああ、ハーディーの旦那。ちょっと待ってくれ。すぐに兵糧の在庫を計算する」
ハーディーが先生を見て駒を並べ、先生も書類を取り出し紙に数字を書いて計算を始める。
「なら一日に進める距離はこれぐらいとして、必要な食料はこんなものか。偵察部隊を順次後方の部隊と入れ替えて交代して進ませよう。兵には無理をさせるが、相手に対応させる時間を与えたくない」
「なるほど合理的だ。すぐに準備に取り掛かろう」
先生の言葉に、ハーディーもうなずく。
先生はやはり軍師としての適性が高いらしく、実戦に出るようになり、ここにきてさらに頭角を現している。その才能にはハーディーも舌を巻くほどだった。
軍師と言えば、軍記物などでは深慮遠謀の策で敵を罠にはめると言った華麗な姿で書かれることが多い。だが実際の所軍師に必要なのは、敵を罠にはめる狡猾さより事務処理能力だ。
一日に兵がどれぐらい進めるのかを計算し、必要とされる食料を分配する。また敵の規模を予想して、交戦した場合はどの程度被害が出るのかを数値に出す。さらに癒し手の処理能力を超えないように調整するなども仕事の一つであり、軍師の仕事は地味なものが多い。
物語に書かれるような華々しい戦果は生み出せないが、優秀な軍政官がいれば兵は楽をでき、敵は苦しめられることとなる。
「先生はすごいですねぇ」
私は本気で感心する。先生は少し前まで軍隊にいたこともなかったのに、もう一流の軍師として活躍している。
もともと戦史に興味があり、独自に研究していたとはいえ、すごい吸収力だ。
私が感心していると、先生とハーディーがきょとんとした目で私を見ていた。
「ロメリア」
不意に先生が手を伸ばし、私の顔の前で右手を掲げると人差し指で私の額をはじいた。
おう。
「何するんです! 先生。私これでも伯爵令嬢ですよ? 誰か、この者の首をはねよ!」
私ははじかれたおでこをさすりながら、命令を下す。もちろんこの部屋には私と先生、そしてハーディーしかいないので、命令を聞いてくれる処刑人はいないのだが。
「馬鹿、どう考えても一番の成長株はお前だろうが。蟻人戦の時と言い、なんだよ、あの化け物じみた用兵は」
先生が淑女を前にひどいことを言う。
「さて、なんでしょうね?」
当の本人にも、あの現象はよくわかっていないのだ。
蟻人戦以降、あの現象は起きていなかったので、頭を打たれたことによる一時的なものと思っていた。だが今回も起きたのでその可能性が消えた。
おそらく戦争中による極度の緊張が引き起こしたのだろうと思うが、はっきりしたことはわからない。
「私もよくわからないんですが、あの状態のときは戦場全体がよく見えます。自分が自分でない感覚になって、まるで戦場全てが自分のような感覚になります」
私があの状態のことを何とか言語化すると、先生とハーディーは驚いていた。
「そりゃすげぇ、それならもう負けなしか?」
先生が軽い口調で言うが、それほど単純でもないだろう。
「そういうわけではありませんね、今回の時は、一回目より視界が狭く暗かったです。おそらく敵の指揮がよくて、私でも把握できない部分が多かったからだと思います」
蟻人戦の時は、ほぼ相手の戦術が丸見えで、初めからすべてを把握できていた。逆に今回はバルバル将軍の指揮ではなかったとはいえ、その配下である一級の指揮官が相手だった。
「あの状態だと、相手の弱い部分や意識が向いていない場所はわかります。ですが、そもそも弱い部分がない場合や、隙がない相手には、あまり意味がありません」
私は言いながら、今回魔王軍の指揮官が敷いた陣形を思い出す。
隙が見えない陣形だった。敗残兵をまとめてあれほどの陣形を作れるのだから、魔王軍の兵士は本当によく訓練されている。
今回は傷を負ったバルバル将軍を守り、常に後ろを気にしながらであったため楽に勝てた。だが何の枷もなく正面から戦えば、よくて互角の勝負となっただろう。
「なら、心当たりはないのか?」
「ええ、全く」
先生の問いに、私は嘘で答えた。
心当たりならもちろんある。誰にも内緒の『恩寵』の能力だ。
あの状態は、もしかしたら『恩寵』が進化した可能性がある。ただ恩寵のことは誰にも言っていないし、これからも言うつもりはないので、誰かに相談するわけにはいかない。
「今のところあれは有効に使えていますが、いつ出るかわかりません。それどころか、もう出ないかもしれません。あまり当てにしないでください」
『恩寵』と共に便利な能力ではある。勝つためには何でも利用すべきだが、両者共効果が確実とは言えず、計算に入れて行動できない。運良く機能すれば儲けものと思う程度で丁度いい。
「わかった、それならそれでいい。ところで、細かい仕事は俺がやるが、ケネット男爵やほかの領主との話し合いはお前に頼んだぞ。さすがにそっちまでは手が回らない」
ヴェッリ先生が実務は自分が、交渉は私がと役割分担を明確にする。
確かに、私の仕事はこれからだ。
今回うまく魔王軍を倒し、大金星を挙げることが出来た。これで周辺領主の信頼を勝ち得たと思うが、その信頼を兵力や資金、物資という形にしなければいけない。
もちろん存亡の危機を救ったのだから、周辺領主が私の頼みを拒むとは考えにくい。だがこと政治の世界では、思い通りにいかないのが常だ。
「ロメリア様」
私が思案していると部屋の扉がちょうどノックされた。返事をして入室を許可すると、ケネット領ケスール男爵がやってきた。
やや小太りながらいつも明るい顔の御仁だが、今は少しその顔が陰っている。どうやら何かあったようだ。
「ロメリア様。今ミカラ領よりカルス・ローゼマン氏とギルマン司祭が来られました」
私はしかめそうになる顔を必死でこらえた。
ソネアさんの伯父であるカルス氏と、王都からやってきた救世教会の司祭ギルマンの来訪。これはまた揉めそうだった。
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