第三十一話 ユルバ砦での戦い⑦
「どうした! その程度か、人間どもよ!」
私の兵の中で最強である、アルとレイの必殺攻撃を受け切った魔王軍の将軍は、百人の兵士をただ一人で威圧していた。
さすが実力主義の魔王軍。弱いものは上にはいけないと聞いていたが、将軍ともなればこれほどの力を持つのだ。
私はそら恐ろしかった。
たった一人で百人を相手にしているが、彼は万全の状態ではない。片目と片腕を失い、自らの兵とも分断されている。
もしこの将軍が万全の状態で戦場に立ち、鍛え上げた精鋭を率いて先陣を切れば、一体どうなっていたことか。
「お前たち馬に乗れ、突撃だ」
アルが将軍から目を離さず、周りにいる兵士に命じる。
個人の技量ではもはや勝てない。ならば数による力押ししか方法がない。
相手は手負い、いずれ力尽きる。全員で騎兵突撃を仕掛け、数と質量で圧殺すれば必ず勝てる。どれだけ犠牲が出るかわからないが。
「アル、少し待ちなさい」
私は力押しによる決戦を止めた。
確かに私もそれしか方法がないと思う。だが今ここで、精鋭の多くを失うわけにはいかない。 出来ることがあるとするなら、やっておくべきだろう。
「ロメリア様! 危険です」
私が前に出たのを見て、すぐさまアルとレイが私の前を固める。
「ロメ隊長! 下がって!」
アルとレイが下がれと言うが、私は彼と話したかった。二人の制止を聞かず、私はさらに一歩前に出て口を開いた。
「素晴らしい戦いぶりです。敵ながらお見事と言っておきましょう」
私が口を開き話しかけると、敵の将軍が残った片目を見開いて驚く。将軍だけではなくアルやレイ、周りにいる兵士たちも驚いていた。
当然だろう。今私が口にしたのは、鳥の鳴き声にも似た魔族の言語、エノルク語だからだ。
「これは驚いた、我々の言葉を喋るとはな」
将軍は意外といった顔をしたが、意外と思う方が意外だ。
「あなたも我々の言葉を研究してしゃべれるのでしょう? なら我々があなた達の言葉を研究していないと、何故思えるのですか?」
自分がしていることは、相手もできる。相手がやっている事は、我々も真似できる。そう考えるべきだ。
魔族の言語の研究は、今急速に進んでいる。世界中の国々で魔族を捉え尋問し、辞書を作っている。それに魔族は奴隷として連れ去った人たちを使役するため、奴隷に自分たちの言語を教えている。
捕らえられた奴隷の何人かは逃走に成功し、魔族の言語を広める一因となっている。
私自身、王子と旅をした経験や魔王の部屋から持ってきた本や手紙、魔王の手記などを読んで解読に努めている。現在では読むほうはほぼ完ぺき、発音が少し怪しいのだが、意味は伝わっているはずだ。
「ふん、口の回る猿だ。いや、猿真似にしては上出来か」
将軍は顔をしかめて揶揄する。とはいえ、私たちも魔族のことを蜥蜴か何かだと言っているので、互いに同じことをしていると言えよう。
「別に真似しているだけではありませんよ。他にも知っていることがたくさんあります。国王陛下」
私が言ってやると、片目の魔族は眉のない目をぴくりと動かした。
「余のことを知っているのか」
魔族の問いかけに、私は首を振った。魔族の知り合いはさすがにいない。
「いいえ、ですがその装飾を見れば分かります。魔族は自らを竜の末裔としています。竜は神聖視され、竜を象った装飾品は王のみが身に付けることを許されていると聞きます」
私は彼が被る竜の兜を見た。
今言った風習が、実際どの程度守られているかは分からない。だが王に謁見する将軍が身に付けることはまずないだろう。
つまり目の前の将軍は、自ら王を名乗った男と言うことになる。
「猿のくせに詳しいな、誰に聞いた?」
「聞いたというか実物を見たことがあるのですよ、ゴルディア大陸の大神殿で、バルバル将軍」
私が名前を言うと、間違いなかったのか、王の兜をかぶった将軍は再度驚く。
「なぜ俺の名を、いや、実物を見たと言っていたな、まさか貴様!」
バルバル将軍は、私が何者なのか気づいたようだった。
「貴様が魔王様を殺したのか!」
バルバル将軍が目を見開き私を睨む。
膨大な魔力と殺気が全身から放たれ、周囲の温度が見る見るうちに下がる。その殺気を真正面から受け、私は息すら凍りそうだ。
「ロメリア様、下がって」
レイが私の前に立ちはだかり、盾となり私を守ろうとしてくれる。
だが引くのはまだだ。彼とはもう少し話したい。
「さすがゼルギス王。死してなお部下に慕われている。やはり魔王は優れた人物のようだ」
「黙れ! 魔王様を殺した貴様がなにをいう!」
バルバル将軍が激怒し叫ぶ。
「確かに私は魔王ゼルギスを倒す旅をしました。しかし彼のことは尊敬している。不幸にして敵になりましたが、それとこれとは別の話です」
敵は憎むべきではあるし、倒しもする。だが尊敬してはいけないということはないだろう。
「お前に魔王様の何が分かる!」
バルバル将軍が怒鳴る。人間の私に、尊敬する魔王のことを語られたくはないのだろう。
だが私としても、魔王のことを話せる相手が欲しかったのだ。話せるのなら話したい。
「分かりますよ、私以上に魔王のことを知っている人間は、居ないと思いますよ」
私は言いながら鎧の下から一冊の本を取り出した。
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