第二十八話 ユルバ砦での戦い④
やる気になっているレイの声を聴きながら、用意が整うのを待っていると、本陣からヴェッリ先生の声が届いた。
「ロメリア! 準備ができた!」
振り向くとヴェッリ先生が合図を送ってくれる。私がうなずき返すと、ヴェッリ先生の隣にいたハーディーが指示を下す。
太鼓が叩かれ前線で戦う兵たちが動き始める。
まず左翼を支えていたグラン・レット隊が前進を停止し、その場に留まる。一方で右翼のラグン・メリル隊が圧力をかける。後方からもグレイブズ率いる弓兵部隊が矢を射掛け右翼を支援する。
弓の支援を受けて右翼が押し込まれ、全体の陣形が変化する。
戦場全体を俯瞰して捉える私の視界には、攻勢を強める右翼に魔王軍の意識が集まり、左翼が若干弱くなる。
「行きますよ! 我に続け!」
私が剣を掲げて手綱を引くと、白馬が後ろ足で立ち上がり高く嘶く。足がつくと同時に全力で駆け始める。
全力で駆ける私に、アルとレイが続き、さらに百四十の騎兵がついてくる。
目指すは意識の隙が出来た左翼、味方の歩兵の後方を駆け抜けて、直角に曲がり前進、魔王軍の右翼側に回り込む。
だが魔王軍も当然こちらの動きを見ている。後方にいる私たちの動きを正確に読み取り、後方に配置した魔王軍予備兵の半分を自らの右翼へと展開。さらに騎兵も右翼に回す。
歩兵で私たち騎兵を受け止め、勢いがそがれたところを騎兵で討ち取るつもりのようだ。
歩兵と騎兵を互いに支援させる基本に忠実な采配。しかも私たちが囮である可能性も考えて、本陣に予備兵の半分を残している。
これでは本陣を強襲しても、柔軟に受け止められてしまうだろう。ただし、本陣を狙えばの話だが。
「こっちです!」
私は左翼から魔王軍の裏を取ったが、本陣を狙わずそのまま真っ直ぐ駆け抜け、はるか後方の輜重部隊とその周辺に建てられた天幕に狙いを定めた。
私たちの狙いが後方の天幕であると気づいたとき、あれほど統制だって動いていた魔王軍の動きが、突如乱れた。落ち着いて待機していた赤い鎧の魔王軍騎兵部隊が、私たちめがけて全力で追いかけてくる。
それはただ、私たちを止めるためだけの行動だった。
「ロメリア様、五十騎来ます!」
すぐ後ろにいるレイが、私たちを阻もうとする騎兵部隊を見て叫ぶ。
私たちは天幕まで最短距離を目指しているが、相手の方が近い位置にいるし速い。このままだと回り込まれる。
「ミーチャ、セイ、ブライ」
私は新たに騎兵に組み込んだ、ロメ隊のミーチャとセイ、ブライの名前を叫んだ。
三人はすぐに手勢十騎を引き連れて、私の隣にまでやってくる。
「貴方たちはそれぞれ、私が指示した瞬間に、敵に突撃してください」
私の指示を聞き、走りながらミーチャたち三人はぎょっと目を丸める。たしかにたった十騎で敵に突っ込めなど、死ねと言っているようなものだ。
「「「了解!」」」
だが驚いたのも一瞬、ミーチャ、セイ、ブライはすぐに好戦的な笑みを浮かべてうなずく。
いい兵士だ。魔王軍も精強無比だが私の兵も負けてはいない。
「決して速度を緩めず、私の示した進路をまっすぐ全速で進んでください。いいですか、まっすぐですよ」
私は特に念を押す。この作戦、全てはどれだけうまく合わせられるかにかかっている。恐れることなく、突き進んでくれるかどうかにかかっている。
「行きますよ、まずはミーチャから。今です!」
私は回り込もうとする魔王軍の騎兵を見定め、指先で進路を指示する。
「お前たち、来い!」
臆することなくミーチャは私の命令に従い、配下の十騎に命じて、私が指し示した進路を突き進む。
「次! セイ、今です」
私は矢継ぎ早にセイに命令を下す。セイが十騎を率いて本隊から離れていく。
「次! ブライ、今です」
ブライも私の指示に遅れることなく馬を繰り出す。
矢のように放たれたミーチャたち三つの小隊が直進する先は、私たちの進路に回り込もうとする魔王軍騎兵部隊五十騎の中腹だった。
勢いある騎兵の横から直角にぶつかれば、激突し、跳ね返されるのがおちだ。
おそらくミーチャたちと三十名は、肉弾となって敵を阻むつもりだったのだろう。だが私はこんなところで優秀な兵士を使い潰すつもりはない。私の目は、彼らの隙を捉えていた。
私たちの行く手を阻もうとするのは、魔王軍でも精鋭の重装騎兵だ。特に赤い鎧を着る彼らは、おそらく魔王軍の中でも選りすぐりの強者だろう。彼らの一糸乱れぬ騎兵突撃を、少数で横からぶつかって打ち砕けるものではない。ただしそれは、一糸乱れていなければの話だ。
私は魔王軍の騎列に、わずかな乱れがある事に気づいていた。
普段の彼らなら、そのような無様な姿はさらさなかっただろう。しかし、今は違う。私たちの予想外の行動に慌てて追いかけてきたため、その騎列に乱れが生じていた。
天幕へと突き進む私たちを阻もうと、それぞれが馬に全力を出させている。だがその結果他の馬と足並みが合わず、騎列が乱れてしまっていた。
魔王軍の騎兵の乱れは時に詰まり、時に薄くなる。そして最初に突撃したミーチャが、その身をもって魔王軍を阻もうとしたとき、彼の目の前に丁度馬一頭分の、わずかな隙間が生まれた。
先頭を走るミーチャは驚きながらもその隙間に馬を滑り込ませ、同時に魔王軍の後続に向かって槍を繰り出す。
横合いから殴りつけるように放たれたミーチャの槍に、魔王軍騎兵部隊の一騎が胸を貫かれて馬ごと横転した。転倒し、落馬した仲間の体に後続の魔王軍の騎列が進路を阻まれ、ある者は落馬し、ある者は横によける。ミーチャ隊も何騎かが巻き込まれ、激突し落馬したが、多くはミーチャに続き、走り抜けようとする魔王軍の進路を妨害し、後続を完全に遮断した。
ミーチャ隊の分断を見て、兵士たちが馬を駆りながら歓声を上げる。だが喜ぶのはまだ早い。私は彗星のごとく戦場を駆け抜ける、セイ隊とブライ隊の行く手を見守る。
臆することなく戦場を駆けるセイ隊とブライ隊は狙いたがわず、私が予想した魔王軍の騎列の乱れに突撃し、回り込もうとする魔王軍の分断に成功する。
ミーチャ、セイ、ブライの三隊が突撃した後、私たちの前に回り込もうとしていた魔王軍の騎兵部隊は、その数を十騎以下にまで減らしていた。
「シュロー、貴方たちはあいつらを防いでください」
私は最後に残したシュロー隊に敵を指さす。
だが十騎足らずとなっても、魔王軍の精鋭はあきらめない。なんとしてでも私たちの前に回り込もうと、全力で駆けてきている。
その速度は私の予想よりも速い。
「ロメリア様!」
ぎりぎり追いつかれると、すぐ後ろのレイが叫ぶ。だが今更止まれない。
「わき目を振るな! 駆け抜ける!」
私は身を低くして馬と一体となり、敵を見ずただまっすぐに駆ける。
このままでは抜けられると判断した魔王軍の騎兵部隊が、叫び声をあげて槍を掲げ、先頭を走る私に向けて投擲した。
鋭くとがった鈍色の穂先が私に迫る。
『恩寵』の加護は私にはない。当たるかどうかは私の速度と武運が決める。私はただ前だけを見て突き進んだ。
前だけを見て進む私と、迫りくる槍が交錯する。
その瞬間、わずかに私の速度が勝り、投げられた槍が私のすぐ後ろを駆け抜けた。
私とアル、そしてレイが続き、さらに百の騎兵が阻止に失敗した魔王軍重装騎兵の前を通り過ぎる。
赤い鎧を着た魔王軍の精鋭部隊は、なおも私たちを追いかけようとしていたが、シュローの部隊が襲い掛かり、追撃を阻止する。
私たちの前には、輜重部隊と巨大な天幕があった。
精鋭の重装騎兵が、なりふり構わず阻止しようとしたものが、あそこにあるのだ。




