第二十七話 ユルバ砦での戦い③
敵の本隊の、さらに後方にある天幕を討つ。
指揮官のその命令を聞き、部隊を預かるレイはただ混乱するしかなかった。
敵本隊の後方を突くならわかるが、そのさらに後方、輜重隊や天幕を攻撃してどうなるというのか?
兵糧を焼くというならまだわかるが、移動しながら略奪をつづける魔王軍は、食料を馬車から下ろさずに詰め込んだままでいる。ここから攻撃しようとしても距離がありすぎるため、輜重隊には逃げられてしまうだろう。敵が出払っているのだから、天幕も当然もぬけのから。あんなところを攻撃しても意味はない。
だがレイの頭に、ロメリア様直々の命令に背くという発想はなかった。すぐに思考を切り替え馬にまたがり、指揮下にある騎兵部隊のもとに駆け寄り指示を下す。
「部隊を再編する。十一班から十四班は前に出ろ」
ミーチャたちに分ける兵力を抽出し、小部隊を四つ新設する。手早く手配していると、騎兵部隊の一人が、馬を歩かせて寄ってくる。
「レイ副長、ロメリア様が指揮をとられるとは本当ですか?」
どこから聞きつけたのか、耳が早い。
「本当だ。ロメリア様は我々の先頭に立つ」
答えると兵たちが沸き上がった。確かにロメリア様と戦えるとなれば、レイとしても光栄だ。間近で働きを見てもらえるのだから、これ以上の喜びはない。
「だが浮かれるな! ロメリア様には傷一つ付けるわけにはいかない。命をかけて死守しろ! いいな!」
死守の厳命に対し、兵たちは逆に気炎を上げた。誰も彼もが、体を張って指揮官を守ると心に誓っているのが分かる。
兵たちは士気高く意気軒昂。良いことではあるが、レイはその士気の高さを複雑な目で見ていた。
「競争相手が多いな」
背後から声がして振り向くと、槍に赤い飾り布をつけたアルが馬を操りながらこちらに向かってくる。その顔は笑っているが、笑い事ではなかった。
「笑っている場合か」
レイにとっては気が気ではなかった。
すべては何日か前、ロメリア様が突然口にした一言から始まった。
魔王軍の将軍を倒せば、ロメリア様と結婚できる。
噂が噂となり、すでにロメリア様の言葉とは大きくずれてしまっているが、兵たちは降ってわいた好機に色めき立っている。
もちろんそれが大変な困難であり、ほぼ不可能と言ってもいいほどの難題であることは誰もが理解しているが、ロメリア様と結婚する可能性は零ではないのだ。
「まったく、こいつらめ!」
「そういうお前も、その一人だろうが」
レイがあわよくばなどと考えている兵士たちを苛立たしく睨んでいると、アルが痛い所を突く。
確かに、かく言う自分も、その可能性に一縷の望みを託している一人だ。
「とはいえ、ロメ隊長にも困ったもんだよな。自分がどんな風に思われているのか、ちっとも理解してねーんだからよ。俺が将軍の首をもって結婚してくれって言ったら、どんな顔するつもりなのかね?」
アルが聞き捨てならないことを言う。
「アル。お前もロメリア様を狙っているのか」
槍を握る手に力がこもる。競争相手は早いうちに減らしておいた方がいいかもしれない。
「馬鹿ぬかせ、俺はお前と違って身の程ってものをわきまえているよ」
アルの言葉に槍に込めた力を緩める。
「とはいえ、もし将軍の首が目の前に転がっていたら、お前に譲ってやるつもりはないぜ。だってあの人、自分のこととなるとさっぱりだからな。俺が結婚するつもりはないけど、どこの馬の骨ともわからん奴に渡すわけにはいかない」
アルの言うことは至極真っ当だった。
ロメリア様と誰が結婚するのか。誰を選ぶのかはわからない。
だが一つ言えることは、ロメリア様の隣に立つ男は強い男であるべきだ。将軍を倒せるような男でなければ、ロメリア様の隣に立つ資格はない。
だがもちろんこれは最低条件。当然要求される前提であり、ロメリア様と結婚するには、さらに多くの資質が必要だ。
国家的な英雄であり、非の打ちどころのない完璧な人物。国中のだれもが認める男でなければならない。
問題は自分がそうなれるかどうかだ。
レイが自分自身に問うていると、凛とした声が聞こえてきた。
「ん? 誰か結婚するのですか?」
振り返ると、そこに白馬にまたがり、純白の鎧に身を包むロメリア様がいた。
「げっ、聞こえましたか?」
話を聞かれたかと、アルが露骨に顔をしかめる。
「いえ、結婚がどうとかと聞こえましたが、貴方たちのどちらかが結婚するのですか?」
ロメリア様がわずかに首をかしげる。どうやら先ほどの会話は、全ては聞かれてはいなかったようだ。
「しませんよ、結婚なんて」
アルが口をとがらせる。
「それは残念です。でもいい人が出来たら言ってくださいね。二人の結婚式には参加したい」
我らの心を知らず、ロメリア様が話す。その言葉を聞きアルが目をつぶり無言で唸った。
レイは意を決して前に出る。
「ロメリア様。もし私が結婚する時が来れば、私の結婚式にはぜひ参加してください」
レイは内心の決意を固めながら、結婚式の出席を願う。
「ええ、いいですよ。もちろん出席させてもらいます」
ロメリア様は二つ返事で了承してくれた。
「お願いします。一番いい席をご用意してみせますので」
胸に手を当てレイは誓った。
「わかりました。さて、部隊の編成は整っていますね」
話を切り上げて、ロメリア様は部隊を確かめる。レイがその背中を見ていると、隣に立つアルがため息を漏らした。
「お前、あれ絶対通じてねーぞ」
相棒のアルは、本意が読み取られていないことを指摘してくれた。
自分の結婚式には、ロメリア様には純白の花嫁衣装を着て出席してもらうつもりだ。
その意味は伝わらなかったようだが、今はそれでいい。
「構わない。その時が来たらでいい。今はとにかく目の前の敵だ」
レイはぶつかり合う歩兵たちのさらに奥、敵本陣の中央に立つ、赤い鎧の指揮官を見た。
「まずはロメリア様を御守りして、あいつを討ち取る」
すべてはそこからだった。
「やるぞ!」
レイは槍を掲げ気炎を上げた。
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