第二十四話 魔王軍の動きの謎
ミカラ領に太陽が差し込み、日の光が野山を照らす。
空が白み始めたのを見て、私は兵に号令をかけた。
「カシュー守備隊、出陣!」
ハーディーが先頭兵を指揮し、予定通り夜明けとともに行軍が開始される。
ミカラ領地に兵士の行列が生まれ、長い列が伸びていく。出発の順番を待つ私の周囲には、アルやレイと言ったロメ隊の面々が周囲を固める。さらに軍師役のヴェッリ先生にミアさんたち癒し手。そして今回は馬車ではなく馬に乗るソネアさんがいた。
「ロメリア様、御武運をお祈りしております」
出発する私たちに、カーラさんが見送りに来てくれる。しかしカルスさんやギルマン司祭の姿はない。ほかにもやってきた北部同盟の兵士たちも、まだ寝込んでいるようだった。そばにいるアルは二日酔いなのか、頭に手を添えていた。どうやら酔い潰すのが大変だったようだ。
「勝利を約束したいところですが、どうなるかわかりません。もし魔王軍が来た時は、戦わずに逃げてください」
本来なら他の領地に避難してほしいところだが、半端に兵を集めてしまっている。だが魔王軍相手に、寄せ集めの兵では勝てない。
「お任せ下さい、ロメリア様。兄を殴ってでも避難します」
カーラさんは軽くこぶしを作って笑顔を見せる。だがそうならないようにするのが私の務めだろう。
「では、行ってきます」
行列の順番が来たので、カーラさんに一礼した後に馬を駆り前へと進む。
行軍の速度は速い。兵達はそれぞれ声を張り上げている。
「アル。兵たちに何かあったのですか?」
私の勘違いでなければ、進行速度がいつもより速い気がする。行軍の速度は戦意に影響する。兵たちの戦意が高いようだ。もちろん悪いことではないのだが、戦意が上がった理由がわからない。
「ああ、ほら、それは多分あれです。昨日のロメ隊長の言葉が兵の間に広まったんですよ」
二日酔いに眉をひそめながら、アルが教えてくれる。
「昨日? 何か言いましたっけ?」
私が首をかしげると、アルがさらに顔をしかめた。
「ほら、魔王軍の将軍の首を取った相手と結婚するって話ですよ。あれ本気なんですか? 将軍の首を取れば、誰でもいいんですか? 平民でも?」
アルはやや口をとがらせる。
「別に誰でもいいというわけではありません。それぐらいの手柄を立てた男性でないと相手にする気にもならないと言っただけです。それと、身分のことはあまり気にする必要はないと思いますよ。もし将軍の首を捕れば、間違いなく貴族に封じられるでしょう」
魔王軍は世界各国に大軍を分割して派遣している。その数は六つ。六人の大将軍がいることになる。
「我が国に派遣された将軍はアンリ王子に倒されました。他の国々も、魔王軍の討伐に動き出しているはずです。さらに魔王軍内でも権力闘争が起き、その数は減っていくはずです。数年以内に一人か二人になるでしょう。ならその首を取ることが出来れば、侵攻してきた魔王軍の片翼を切り落としたに等しい功績です。国家的な英雄となり、大陸にもその名がとどろくことでしょう。諸侯となってもおかしくはありません」
そうなれば王族との婚姻すらあり得る。身分の差は気にしなくていいだろう。
「もっとも、そうなればあらゆる美女が選び放題です。誰も私なんて選ばないでしょう」
私はアルに向かってひらひらと手を振る。
正直、今の私に政略結婚の価値はない。王家との不和もだが、男だらけの場所に女が一人でいる状況は、大変外聞が悪い。男漁りをしている、ふしだらな女とみられているのだ。
一度ふしだらな女とみられてしまえば、二度と結婚相手には恵まれない。もちろん国家的な英雄が私を選ぶ理由もない。
「英雄には、私より相応しい令嬢がいますよ」
そう笑って答えると、なぜかアルが大きな嘆息をした。……なぜだ?
私の言動と、兵の士気が上がったことの関係も謎のまま。まぁ、士気が高いのなら何も問題はないので、この問題はひとまず置いておこう。
それよりも気になるのが魔王軍の動きだ。昨夜カーラさんに最新の情報をもらい、ヴェッリ先生と魔王軍の動きをさかのぼって予想してみたのだが、やはり連中は突然北から現れている。
王子が魔王軍の本隊を撃破したのは、ここからはるか西の土地だ。北からということは、ハメイル王国からガエラ連山を越えてきたことになる。
北のローバーンと名付けられた地には、連中の本拠地がある。なぜわざわざ山を越えて南下してくるのか? まるで何かから逃げているようだ。
ハメイル王国が魔王軍を撃退したとするなら筋が通るが、そんな情報は入ってきていない。逆に討伐に苦戦していると聞く。どうにも読めない状況だった。不安になってしまうがそれでも進むしかない。
不安を押し隠しながら一路北へと進み、ユルバ砦を目指す。
ケネット領に入り一日野営をして、二日目の昼過ぎにユルバ砦のある地域にやってきた。
アルたちと共に馬を進める私のもとに、行軍に逆らって伝令が駆けてくる。その表情は険しい。
「敵影発見! 魔王軍です!」
ついにその姿を現した魔王軍に、私は総毛が逆立つのを感じた。
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