第二十三話 ロベルク地方救済の手立て
カルスさんとギルマン司祭が出て行ったのを見送ると、カーラさんが頭を下げた。
「申し訳ありません。ロメリア様。兄は五カ国戦争の世代でして」
カーラさんのお言葉に、私はわかっていますとうなずく。
三十年前に起きた五カ国戦争は、魔王軍来襲を除けば、ここ百年で最も大きな戦争と言える。
大国を巻き込んだ戦争であり、この戦争で我がライオネル王国は大勝利を果たし、大陸にその名をとどろかせた。
出征した人たちは英雄と讃えられたし、間違いなく王国の躍進に一役買った。
しかし当時の人達は自分より若い世代のことを、戦争を知らない者たちだと見て侮る傾向にある。おかげでこういう時は面倒だ。
「それは気にしていませんのでお気になさらず。それよりも問題は、彼らが戦場に赴くことです。あれでは死ぬために行くようなものです」
若者はすでに兵隊にとられている。現在村に残っているのは老人が多い。カルスさんが集めた仲間たちは、自分と同世代の戦友だろう。
本人たちは現役のつもりだろうが、戦闘行為に耐えられるとは思えない。
「わかっております。ですが止めても聞かず……」
カーラさんがため息をつき、私も同調してしまう。
「何とかして彼らを引き留めないと」
死ぬとわかっているものを、みすみす死なせるわけにはいかない。
それに彼らが死ねば北部の労働力が一気に低下する。あれだけの人的資源を失えば、ロベルク地方の経済が地盤沈下を起こしてしまう。
「おそらく彼らは私たちと同じく、このまま北上するつもりでしょう。先に行って彼らが来る前に魔王軍を倒してしまわないと。カーラさん。すみませんが、引き伸ばし工作をお願いできますか? 彼らをここに引き留めておいてください」
彼らを魔王軍と戦わせるわけにはいかない。
「ロベルク地方を救うために来てくださったロメリア様に、よけいな心労をおかけして申し訳ありません。お任せ下さい。兄たちをこの地から一歩も外には出しません」
カーラさんが請け負ってくれる。
「それでカーラさん。周辺の状況を教えてください。北はどうなっていますか?」
私が救援要請を受けたケネット男爵領はもう目の前だ。しかし伝令の早馬は定期的に出されているはずだが、昨日から届いていない。
北の動向を訊ねると、カーラさんの顔が険しくなった。
「詳しい話はこちらで」
カーラさんは再度城館へと私たちを案内してくれ、奥にある広間へ通してくれた。
広間には大きなテーブルがあり、周辺の地図が広げられていた。
「北の様子ですが、かなり危ういと言わざるを得ません」
カーラさんは地図を指さし、現状を教えてくれた。
「北部には大小七十ほどの村邑がありますが、すでに北部の村七つから連絡が途絶えました」
カーラさんは七つの小石を地図に置き、地図から消えてしまった村の位置を教えてくれる。
「そのうちの一つは砦跡を村にしたところで、高い壁や堀を持つ村だったのですが、襲撃の早馬が一度来たきり二度目の便りがありません」
防衛設備のある村を一日で攻略したとなれば、十人規模の小隊ではない。百人以上の軍隊だ。
どこをどう彷徨って北に来たのかはわからないが、近隣の村を襲いつつ南下している。
「最後に魔王軍の姿が確認されたのはこの村です。それが一昨日のことです」
ならばさらに南下をしているはずだ。
「周辺の領主たちの対応は?」
「各村々では避難が始まっています。点在する砦や大きな村に逃げていますが、とても守り切れるものではありません」
カーラさんは、大きな村や砦がある場所に小石を置いてくれる。
「この辺りで一番大きな防衛拠点と言えば、ユルバ砦です。ケネットはここに村人を避難させています。彼もここで指揮を執っているはずです」
カーラさんは北に築かれた砦を指さす。
ユルバ砦はここミカラ領からは二日ほどの距離だ。魔王軍の侵攻を考えれば、ぎりぎり間に合うかどうかだ。
そして改めて、ロベルク地方は危機的状況にある事を理解する。これを見れば、カルスさんの行動も年寄りの冷や水とは言えない。
ケネット領地はすでに食い散らかされている。何もしなければミカラ領や、北部全体が同じ憂き目にあう。たとえ勝負にならなくても、戦力を集めて対抗するしかないのだ。そして同じことが王国全体で起きている。
「ハーディー。この間までお父様のそばにいたあなたなら、少しは軍の様子もわかるでしょう。我がグラハム家は、王家はどのように対処しているのです?」
ハーディーに尋ねたが、髭の紳士は険しい顔を見せる。
「王国軍は主要都市の防備で精いっぱいです。グラハム様も王家の要請に兵を取られ、辺境に兵を回すことはできないでしょう」
予想していた答えだが、私も唸らざるを得ない。
しかしこれも仕方がないことと言える。もし主要都市が魔王軍の手に落ちれば、王国全体が傾きかねない。それに魔王を倒した王子を狙う魔族もまだいるだろうから、防衛には戦力を割かざるを得ないのだろう。
王子が魔王軍の残党狩りに出てくれればと思うが、周りがさすがに止めるだろう。それに地道な作業は、王子の性に合わないだろう。私たちがやるしかない。
「わかりました、急ぎましょう。明日、日の出とともに発ちます。ヴェッリ先生、周辺の地形の再確認をお願いします。ハーディーは進軍の準備を。行軍出来る最短経路を調べてください」
私の言葉にヴェッリ先生とハーディーがうなずく。
「そしてカーラさん。すみませんが食料の提供を頼みます。ユルバ砦にいる避難民たちが飢えているかもしれません。あとで必ず返します」
避難してきた村人たちが立てこもっていれば、飢餓が起きているかもしれない。これ以上に食料を提供してくれとは、あまりに虫のいい話だが、今は彼女にすがるしかない。
私の無茶な願いに、カーラさんが一歩前に出る。
「ロメリア様。北部の民は皆が家族。窮地にあって見捨てる真似などできません。倉庫の食糧をすべて持って行ってください」
カーラさんは何とも剛毅だった。
「ロメリア様。道案内の件ですが、私も連れて言ってください」
ソネアさんが母親と同じく前に出る。だがこの願いは聞き入れるわけにはいかなかった。
ここまではソネアさんについてきてもらったが、言ってしまえば家に帰るついでだ。ここから先はいつ魔王軍と遭遇してもおかしくはない。
「ソネアさん、心遣いはうれしいですが」
「いえ、ユルバ砦にいくのであれば、私が同行したほうが良いと思います。こう言っては何ですが、ケネット家とハーディーのドストラ家は仲があまり良くないのです。それにケネット家の次期当主であるケルベは、私に気があるのですよ」
ソネアさんが微笑むと、隣にいたハーディーが顔をしかめる。ハーディーにしてみれば恋敵というわけか。確かにそれなら、ハーディーよりもソネアさんがいたほうがうまく行くかもしれない。
「ですがソネアさん、ここから先は命の保証はありませんよ?」
私は彼女の覚悟を問う。もちろん全力で守るが、戦場では何が起きるかわからない。
「もとよりそのつもりです。ここで撃退できなければ、我が領地も魔王軍に飲み込まれます」
ソネアさんも覚悟があっての言葉のようだ。
「お母様。ロメリア様のお側にてお支えいたしたいのです」
ソネアさんは母のカーラさんに跪き許しを請う。カーラさんは娘の肩に優しく手を添えてうなずいた。
「わかりました。ソネア、ここは私に任せなさい。しっかりとお役に立つのですよ」
この親子の間には、固い絆があるようだった。
「わかりました。ソネアさんをお預かりします」
カーラさんに向かってうなずき、ソネアさんを無事にこの母親のもとに返すことを誓う。
「それじゃ、俺は少しあのおじいちゃんの話でも聞いてきます。とりあえず向こうの作戦や行動も、知っておいた方がいいでしょう」
アルがそんなことを言い出す。
「うまくやれるのですか?」
私は少し意外だった。アルにそんな手管があるとは知らなかった。
「簡単ですよ、戦争の話聞かせてくれーって酒持っていけば一発でしょ。ついでに酔いつぶしておけば明日一日寝込んでくれます」
なるほど、上手い考えだ。
「つきましてはロメ隊長。手ぶらで参加するのもなんですので、酒樽をいただければ」
アルがもみ手で頼み込む。それが狙いか。
「わかりました。ほかの者も誘っていくのですよ」
仕方なく許可を出す。アルは笑顔で飛んで行った。
そこで会議は解散となり、それぞれが割り振られた仕事に取り掛かる。わたしはカーラさんに今日使わせてもらう部屋へと案内してもらう。
「ところでカーラさん。少しお尋ねしたいのですが」
部屋への道すがら、カーラさんに声をかける。
「ギルマン司祭ですが、彼はここでどのような活動をされているのですか?」
私は王都からやってきた司祭のことを訊ねる。魔王軍は目の前に迫った大きな問題だが、司祭の存在は、その次に控えている問題だ。魔王軍に負ければそこで終わりだが、勝ってもその次の問題に対処できなければ意味がない。
「ギルマン司祭ですか? 毎日集会を開き、村人たちに教会のために尽くすようにと言われていますよ」
いたって普通の活動のようだ。しかしそれだけで地方をまとめて三百人もの人を集めることが出来るのだから、宗教の力は強いものだ。
「それ以外は? 私の事は何か言っていましたか?」
私はノーテ司祭に協力を仰ぎ、教会が認めていないもぐりの癒し手を引き連れている。まだ知られていないと思いたいが、どこに教会の目や耳があるかわからない。ギルマン司祭は、エリザベートが証拠をつかむために送り込んだ密偵かもしれない。
「特に何かを聞いたことはありませんが、どうかしましたか?」
カーラさんは思い当たることは無いようだった。まだ気づかれてはいないのか、それとも演技か? どちらにしても王都からやってきた司祭は要注意と言えるだろう。
魔王軍にギルマン司祭。カルスさんが集めたロベルク同盟。問題ばかりが目の前を覆っていた。すべてに対処しなければいけないが、まずは目の前の問題からだった。
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