第二十二話 ロベルク同盟
「初めまして、ギルマン司祭。ロメリア・フォン・グラハムと申します」
私は軽くお辞儀をした後、右手を胸の前で動かし、聖印をきる仕草をする。
司祭とはいえ聖職者が相手では、礼儀を尽くさねばならない。
私に続きアルやレイ。ハーディーやソネアさん。カーラさんも聖印をきる。
「どうだ! ギルマン司祭はついこの間まで、王都の聖堂におられたお方だ。辺境の窮地を聞きつけ、やってきてくださったのだ」
カルスさんは、おおいばりでギルマン司祭を紹介した。
確かに、王都の司祭が辺境に来ることは珍しい。王都の聖堂に勤めるということは、教会内部において出世街道を歩んでいた証拠と言えるからだ。
ギルマン司祭を王都から引っ張ってこられたのなら、カルスさんの手腕も大したものだが、カルスさんに紹介された時、ギルマン司祭の顔がわずかに歪んだこと私は見逃さなかった。
王都の聖堂で働くことが出世街道であるのならば、地方や辺境に飛ばされるということは、出世の階段から脱落したことを意味するからだ。
「あなたがロメリア様ですか」
ギルマン司祭は細い目で私を見る。まるで虫でも眺めるような目つきだった。
「あなたのことは、エリザベート様から聞いております。もし会うことがあれば、よろしく言うように仰せつかっております」
「あら、懐かしい名前ですこと」
私は笑顔を崩さなかったものの、心の中がざわつくのを感じていた。
アンリ王子やエリザベートのことを考えると、自分でも言語化できない感情が胸に生まれる。王子たちと別れて一年近くたつのに、まだ消化できないでいた。
だが感情を顔に出すと付け込まれる。常に笑顔を見せておくべきだ。
「エリザベート様とは、旅のさなか、よくお話したものです。また今度お会いして、かつてのようにお話したいです」
私は優雅な笑顔で答えた。内心と表情を切り離すのは、社交界では必須の初級技術だ。
普段は見せないよそ行きの笑顔で応えた私に、ギルマン司祭は顔を引きつらせる。これは先ほど見せた笑顔ではないほうだろう。私が感情的になるのを望んでいたのだろうが、そこまで子供じゃない。
「しかし今や王子と結婚されたエリザベート様からお言葉をいただけるとは、信頼されているのですね」
私はギルマン司祭に尋ねた。
王都の聖堂に勤めていたとはいえ、ギルマンは司祭でしかない。今や王子の妻となったエリザベートから声を掛けられるとは、眼を掛けられているようにも見える。しかし地方に飛ばされている現状を見れば、どうにもそぐわない。
「……聖女様の慈悲は地方の民衆にまで注がれています。私はエリザベート様から直々に、地方の現状をこの目で見てくるようにと仰せつかりました」
ギルマン司祭の声には、地方に飛ばされた不満がありありと出ていたが、言葉を聞いていたカルスさんは花のような笑顔を見せた。
「聞いたか、カーラよ。聖女様は我々の味方だ」
確かに、教会勢力が後ろ盾にあるというのは心強いだろう。
しかしギルマン司祭が、エリザベートの肝いりで来ているとは意外だった。
彼女が政治に興味を持つこともそうだが、宗教の力で地方をまとめようとするとは、悪くない考えだった。
「いやよく来てくださった。ギルマン殿。我がミカラ家は代々教会の忠実なる信徒です。この一帯に住む者たちもみな、信心深い信者ばかりです」
カルスさんは、自身や周辺の領民が教会派閥であることを鮮明とした。
地方にある古い家は敬虔な信者が多い。
経済的にも苦しく娯楽も少ない地方では、宗教にすがるしかないからだ。その影響力は、我がグラハム伯爵家などよりよほど強いといえる。
私のお爺様はドストラ家のような子飼いの貴族をあちこちに作り、地方での影響力を強めようとして失敗してきた。
だが神の威光で照らせば、彼らを簡単にまとめることが出来てしまう。
「しかし伯父様、魔王軍は目の前に迫っているのですよ」
ソネアさんが現実的な問題を持ち出してくれる。
教会の後援があるのは良いにしても、派遣されているのは司祭一人。神の威光を疑うつもりはないが、迫りくる魔王軍を止めることはできない。
だがたしなめるソネアさんに向かって、カルスさんは白髪交じりの髭を動かし笑った。
「安心せい、ソネアよ。この儂も無策というわけではない。先ほど早馬が来た。そろそろ来る頃だ。こっちへ来い」
カルス氏が自信満々に言い放ち、城館の外へと我々を誘う。
連れられて外に出ると、ミカラ領の平原が見通せた。
何もない長閑な光景だったが、平原の向こうから人影が見えた。古い形の王国の兜をかぶり、槍を持つ人影だ。
一人が見えたかと思うと、そのあとにも三十人ほどの兵士が平原の向こうから現れた。
兵を見て、アルやレイが腰の刃に手をかけて前に出る。
「安心しろ、坊主ども。あれは味方だ。おおい、レーベン。よく来たなぁ!」
平原を超えてやってきた兵士たちに向かって、カルス氏が声を張り上げると最初に現れた人影も手を振り返した。どうやら知り合いのようだ。
「見ろ、あっちから来たのは古い戦友のバルクだ」
平原から視線を移すと、遠くにある道からも兵士の一団がやってくるのが見えた。
さらに兵士の姿はそれだけにと止まらずあちこちから、ここミカラ領に集まってくる。
どうやらカルスさんは近隣の領地から、兵士をかき集めたようだった。
「どうだ、これが儂らの力だ。どこぞの小娘がやっている同盟の力なんぞ我らは借りん。自分たちの領地は自分たちで守る。ロベルク同盟の兵士三百。ここにありだ」
カルス氏は周辺領主たちと話を通し、独自の同盟を結んだらしい。
教会の後ろ盾があったとはいえ、この人数を集めたことは評価していいだろう。だが集められた三百の兵士を見て、私は小さく唸った。
集められた兵士は、確かに三百は越えていたが、その軍隊はあまりにも貧相だった。
まず武装が貧弱すぎた。鎧兜が一通りそろっているのは数人だけ。兜はあるが鎧はない者や、盾の代わりに木の板を持つ姿も見られた。武装に至っては剣や槍を持っている姿が半分ほど、残り半分は包丁を棒に括り付けた槍や、農具の者さえいる。
さらに兵士の中には戦力となりそうな若者は少なく、兵士にならないような子供や老人が多い。訓練をしている様子もなく、練度はかなり低いとみていい。
私は指揮官として、ハーディーに目で意見を求めた。だがハーディーは目を伏せて小さく首を振った。
私も同意見だ。もし彼らが魔王軍と相対せば、皆殺しにされるだけだろう。
「兄さん、もうお年なのですから」
カーラさんが年寄りの冷や水だと止めに入るが、怒声が返される。
「何を言うか、三十年前の五カ国戦争で活躍した我らの力は衰えてはおらん。魔王軍なんぞ瞬く間に蹴散らしてくれるわ!」
カルスさんは顔を真っ赤にして気炎を上げる。
三十年前に起きた五カ国を巻き込んだ戦争は、数万の大軍が覇を競い合った大戦争で、我が国も参戦し大きな領土を得た。
当時出征した人たちは、そのころの武勲を一生の思い出として語り継いでいる。どうやらカルスさんもその世代のようだ。
「おっと、こうしてはおれん。盟友たちと軍議をせねばな。安心しろ、この土地は必ず儂らが守ってやる」
カルスさんは力強く請け負う。
「ギルマン殿、こちらへどうぞ。これから宴も用意しています、精いっぱい歓迎させてもらいますぞ」
カルスさんはギルマン司祭を歓迎しようとするが、当の司祭は迷惑顔だ。田舎臭い歓待なんぞ受けたくもないと言わんばかりだったが、仕方なくついていった。
「はぁ」
二人が出て行ったのを見て、誰かがため息をついた。
その嘆息は全員の気持ちを代弁していた。
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