第二十一話 ミカラ領
「お嬢様、あれが我が家の城館です」
見ると、小さな城館が見えてきた。
兵を近くの牧草地に野営させ、私は主だったものを率い、ソネアさんの案内のもと、城館に招かれる。
城館に入ると数人の使用人とともに、ソネアさんに顔の似たご婦人が出迎えてくれた。
「ロメリア・フォン・グラハムです。この度は領地内の通行の許可及び、食料の提供に感謝します」
「これはロメリアお嬢様。ようこそおいでくださいました。私はこの領地を切り盛りするカーラと申します。領民の安全のために戦われるお嬢様とその兵士の方々を協力するのは当然のこと。何もないところですが我が家のようにくつろいでいってください」
カーラさんが柔和な笑みを浮かべて、私たちを歓迎してくれる。
「それはありがとうございます。ただ、ここにいる兵はカシュー守備隊です。そして指揮官は彼になりますが、それでもよろしいですか?」
私はハーディーの顔を見ながら訊ねる。事前に書状を送っておいたが、納得してくれているだろうか?
ハーディーに目を向けると、彼は髭の下に、居心地の悪そうな顔を隠せずにいた。
気まずそうなハーディーの顔を見るなり、カーラさんの顔色が一変した。
「ああ、ハーディー。やっと顔を出してくれたのね。以前はよく顔を出してくれたのに、最近はちっとも顔を見せてくれなくなったから。今日立ち寄ってくれなかったら、私の方から追いかけるところだったわ。どう、元気にしている?」
カーラさんはまるで息子に話しかけるように、ハーディーを歓迎した。
「は、はい。その、挨拶が遅れて申し訳ありません」
ハーディーはようやく顔をほころばせた。どうやらハーディーはここでだいぶ可愛がられていたようだ。
両家は領土問題で争っていたが、個人の関係は良好であったようだ。
やはりこの人には、私に婚約の意思はないことを伝えておくべきだろう。
「カーラさん。あの」
私が話しをきりだそうとすると、子供の泣き声が会話を遮った。
侍女の一人が子供用の寝台から、幼児を抱き上げる。あやそうとするが、泣き止んでくれない。
「あらあら、どうしたのかしら」
カーラさんが抱き上げあやすと落ち着いたのか、子供は泣き止み眠り始めた。
「お子さんですか?」
私は一歳ぐらいの幼児を見て尋ねる。
「はい、娘のソネットです」
カーラさんが抱きながら顔を見せてくれる。ふっくらとした頬が可愛いお子さんだった。
ミカラ男爵は一年前に戦死されたと聞いたので、最後の忘れ形見なのだろう。長女のソネアさんとはだいぶ年の離れた姉妹だ。
とはいえ、そこに触れることははばかられた。
おそらくほかにも何人か兄弟や姉妹がいたのだろうが、流産や早逝などで多くの子供を亡くしてしまったのだろう。それでもなんとしても跡取り息子を生むために、出産を重ねたのだ。貴族の家ではよくある事だった。
しかし願いむなしく跡取り息子は生まれなかった。男子がいないミカラ家では、婿を取る必要がある。
幼いソネットに政略結婚をさせるわけにはいかない。やはりソネアさんとハーディーの婚姻が正解だろう。
私再度話を切り出そうとしたが、またしても声によって遮られた。次に飛び込んできたのは、野太い呼び声だった。
「おい、カーラ。カーラはどこだ。おお、ここにいたのか。探したぞ」
甲冑の音をきしませながら、大声でやってきたのは、白髪交じりのご老体だった。
「兄さん困ります。そのような格好で」
古い甲冑に身を包んだ御仁を見て、カーラさんがとがめる。
「何を言う! いつ敵が来るかわからん状況だ。武装を解くことはできん!」
確かに魔王軍はいつ襲ってくるかわからないし、言っていることは正しいが、とにかく声が大きい御仁だ。せっかく寝たソネットが声に驚き目を覚ましてまた泣き始める。
「おおソネット、目が覚めたか。どうだ。伯父さんだぞ」
雷のような声で髭面の顔を近づけたため、ソネットが驚き、さらに泣き声を強める。
「兄さん、声を少し小さくしてください」
「なに構わん。子供は泣くのが仕事だ。元気でよろしい」
かみ合ってない二人の会話を見ながら、礼儀正しく紹介されるまで待つ。
私の視線に気づき、カーラさんが軽く咳払いした後、私を見た。
「ロメリアお嬢様。紹介が遅れました。こちら兄のカルス・ローゼマンです。この方はグラハム伯爵家のご令嬢ロメリア様です」
「どうも、初めまして、ロメリアです」
一応年上の男性だし、礼儀正しく挨拶をした。
「ん? そうか、あんたがあの有名なロメリア嬢か。女の身で兵を率いて大変だな」
カルス氏は無礼な態度を正さなかったが、いちいちこの手の侮りを相手にしていられない。ただ、供をしていたレイが顔をしかめていたので、カルス氏には見えないように手で制しておく。
「いえ、私はただ前線で戦う兵を慰問しているだけです。率いるなどとても」
一応、指揮官はハーディーということになっているので、彼を立てておく。
カルス氏はハーディーを見るなり、顔をしかめて吐き捨てた。
「貴様! よくここに顔を出せたな。あれだけ世話になっておきながら、伯爵の娘を嫁にもらえるとなれば、ソネアを捨てて出て行ったくせに」
「カルス様、それは」
ハーディーは何かを言おうとしたが、今は何も言い返せない苦しい状況だった。ここは私が一つ骨を折っておこう。
「言っておきますが、ハーディーとの婚約はお父様が勝手に言い出したことです。私は認めてはいません。何より、自分の夫は自分で決めます。高望みをするつもりはありませんが、私はかつて魔王を倒した王子と婚約していたのです。下方修正をしたとしても、せめて魔王軍の幹部。将軍の首をとれるぐらいの殿方でないと、結婚などありえません」
我儘令嬢っぽく言い放つ。こういう時に爵位は便利だ。無理難題を言っても通る。
「ハーディー。私を伴侶としたいのなら、求婚の品に敵将の首を掲げてください」
我ながらひどい絵面だ。実際にされたら投げ捨てるだろうが、これなら実行に移す人もいないだろう。
「お嬢様!」
「ロメリア様?」
「本当ですか?」
私の非常識な発想に、ハーディーやアル。そしてレイが驚きの声を上げる。
自分でも異常な考えだと思うが、ある意味名案だ。これならどんな求婚者が来ても追い返せるだろう。もっとも、こんなものを要求する女に、求婚する男性なんていないだろうけれど。
「ふん、伯爵令嬢は勝手なことばかり言いよる。だがな、この地にお前の出番はない。ここはわれらが先祖代々守ってきた土地だ。後からやってきた伯爵なんぞの手は借りん」
カルス氏は息巻く。物々しい武装も、魔王軍が相手というより、兵を率いてきた私たちに対する備えなのかもしれない。
「また伯父様。そのようなことを。我が領地の兵力で、魔王軍と戦うことなど出来ません」
ソネアさんが困った伯父を止めようとする。
「安心しろ、ソネア。お前やソネットはこの儂が守る。それに、我々には強力な後ろ盾がいる」
自信満々にカルスさんは胸を叩く。
「ギルマン司祭、ギルマン司祭!」
カルスさんが雷のような声を出すと、扉の奥から、背の高い男性が、カルスさんが来た扉からやってきた。絹に金の刺繍が施された司祭服を着ており、首からは金の聖印。
救世教会の司祭であることは一目でわかった。
「こちらが中央の教会からわざわざやってきてくれた、ギルマン殿だ」
カルスさんが紹介してくれると、細い目に薄い唇の司祭が、聖印に右手を当て軽く頭を下げる。
「どうも、ギルマンと申します」
ギルマンは神経質そうな顔を、引きつらせるように笑った。
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