第二十話 ロメリア同盟(仮)
ハーディーの剣を受け取った後、二週間ほど街にとどまり、傷と疲れを癒した。
その間、私はハーディーを信用し、カシューの代官として正式に認めることにした。
カシューの重要性が増した今、さすがにカタン爺を代官代行に据えておくというわけにはいかなくなった。ハーディーが裏切れば私は何もできなくなってしまうが、そうでなくてもいずれは正式な代官が派遣される。少しでも信用できるハーディーに任せるほかなかった。
騎士になると膝を折ったハーディーの言葉に嘘はなく、代官の仕事を精力的にこなしている。
街道の整備やギリエ渓谷に仮設した砦を本格的に築城する計画も立ててくれるし、このままでは事務処理が追いつかなくなると、信用できる事務官や記入係を増員することも約束してくれた。さらに仕事の合間に兵たちの訓練や演習にも付き合ってくれた。やはり見た目通り仕事のできる男だ。
私はというと、表の仕事はハーディーに任せてソネアさんが紹介してくれた貴族といくつかの盟約を結ぶ交渉を行った。
ソネアさんの言ったことは正しく、地方領主たちの感触は悪くはなく、中には飛びついてきたものもいた。
どうやら北の方では、魔王軍の脅威が本格化してきているようだった。
魔王軍の残党はまだ西にいると思っていたが、まさか北からとは思わなかった。思った以上に足が速い。北に何かあったのだろうか?
事情はともかく、敵が来た以上こちらも悠長に構えてはいられなかった。態勢は整い戦力もある。ついに動く時が来たのだ。
私は主だったものを集めて会議を開いた。
私を筆頭に、代官のハーディーと副官のデミル副長。正式にカシュー守備隊隊長に任命されたアルに、副隊長のレイ。私の相談役としてヴェッリ先生に兵站や補給を手配してくれたクインズ先生。そして同盟の仲介役をしてくれたソネアさんにも集まってもらい、会議室に地図を広げる。
「ついに北方で魔王軍の姿が確認されました。北方の地方領主たちと結んだ盟により、カシュー守備隊は彼らの救援要請に応え、援軍を派遣します」
「ロメリア同盟の始動ですね」
レイが拳を固めて言う。
「なんです? それ?」
「知らないのですか? みんなそう言っていますよ?」
教えてもらい、私はなんとも言えない顔をした。自分の名前が付いた同盟なんて恥ずかしすぎる。
「嫌ですか?」
「いえ、別に構いません」
正直嫌だが、いちいち目くじら立てていられない。それにそんな名前、どうせはやらないだろう。
「それよりも、今から救援に向かいます。構いませんね」
今更だが一応確認しておく。全員が首肯してうなずいた。
「救援要請はいくつか来ていますが、ここより一番近い領地はケネット領です」
私は地図を指さし、一度ミレトに戻す。
「まずは街道を西に進み、そこから北上します」
最短距離とはいかないが、街道が整備されているため行軍速度は速くなるはずだ。
「ロメリア様、その進路ですと」
ソネアさんが私を見る。通過する領地の中にはハーディーのドストラ領やソネアさんのミカラ領も含まれていた。
「いくつか進路の候補はあったのですが、これが一番早いとのことでした」
二人のために寄り道をするつもりはなかったが、もともと二人の領地は北西にあり、通過せざるを得なかった。
寄り道するつもりはないが、無理して避けるわけにもいかない。
それに二人の領地を通過すれば、兵糧などを提供してもらえるという目論見もある。ついでに両家の間にあるわだかまりを解ければいいし、同盟も結んでおきたい。
欲張りすぎだが、やれることはやっておこう。
「北に進路を取り始めれば、いつ魔王軍と遭遇するかわかりません。気を引き締めてかかってください」
全員がうなずく。出会い頭の遭遇戦もありうる。ここまでは勝算のある勝負を挑んできたが、ここから先はそうはいかない。
「お任せくださいロメリア様。我が隊が先鋒を務め、道案内をいたしましょう」
ハーディーが進み出てくれた。自分の領地が近いハーディーは麾下の騎士団にも自領から引きつれてきた手勢がいるから、土地勘はあるだろうから期待したい。
「通行する領主との話し合いは、私が仲介いたしましょう」
ソネアさんが申し出てくれる。
お父様の名前を出せば問題ないと思っていたが、力技で押し通すより、穏便に交渉したほうがいい。辺境に顔の利くソネアさんがいれば、話し合いも進むだろう。
「では、明朝出発します」
私の言葉に全員がうなずいた。
翌日、予定通り私たちはミレトを出発し、カシューを出るべく進路を西へととった。街道を西に進み、二日ほど進んだのちに北へと登った。
北には古い貴族の家が多く点在している。歴史をさかのぼれば我が伯爵家よりも古く、王国の成立にかかわった家も多い。ソネアさんのミカラ男爵家もそう言った家の一つだ。
それゆえ彼らは自らの領地を自分たちの力で勝ちとったという意識があり、伯爵家に対して忠誠心は低い。
一方ハーディーのドストラ家は新興貴族だ。地方での影響力を強めようと、貴族がたまに子飼いの部下に土地を与えるのだ。だが見え見えの行為であるため、地方では受け入れられず、孤立しがちだ。
その点ハーディーの家はうまくやっているらしく、侮れない影響力を持っているようだった。地方貴族の中には、ドストラ家の援助のおかげで暮らしていけている家もあるらしく、二人が先導してくれているおかげで通行に支障はなかった。
行軍は順調に進み、救援依頼があったケネット領まで、あと数日と言ったところだった。
「ロメリアお嬢様」
馬に乗る私のやや後方からソネアさんの声がする。振り返ると馬車の窓からソネアさんが顔を出していた。
「そろそろミカラ領です。ほら、見えてきました」
窓から手を伸ばして指し示すと、丘の向こう側にのどかな田園風景が見えてきた。
平地に畑が連なり、麦が背を伸ばし風に揺れている。農民が畑仕事に精を出し、小川では女たちが洗濯をしているのが見えた。
それほど大きくはないが、手入れが行き届いた村だ。農民たちの顔色もいい。領民たちのことを気にかけ、よく治めているのだろう。
「この土地を治めているのは、ソネアさんの母君でしたか?」
「はい。父は魔王軍との戦に出兵し、一年前に戦場で命を落としました。今は母が領地を切り盛りしています」
「そうでしたか、それは、大変ですね」
女の身で領地を切り盛りするのは大変だろう。私も色々と女であることに足を引っ張られるので、よくわかる。
それだけに、ハーディーとの一件はミカラ家にとって大問題だったことが想像できる。
ハーディーとの結婚が成っていれば、両家のいさかいだけではなく、ミカラ家の跡取り問題も解消されていたのだ。
「館ではささやかながら歓迎の宴を考えております。兵士の皆様にも食事をご用意しようと考えていますので、ぜひお立ち寄りください」
ソネアさんの申し出をありがたく受けておく。五百人分の食事を賄うだけでも大変である。
ミカラ領としては手痛い出費だが、私に恩を売っておくことで、魔王軍が来た時の備えとしたいのだろう。
こちらとしても、あと二日もいけば魔王軍がいるとされる地域に足を踏み入れる。ゆっくりと休めるのはここが最後。英気を養い戦いに備えるべきだ。
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