第十九話 ハーディーの忠誠
話し込んでいると会場では片付けが進み、本当に閑散としてきた。いい加減疲れてきたが、問題は早めに片づけておくべきだ。
窓を見てテラスを抜け、中庭に降りる。
ハーディーはどこにいるのだろうと周囲を見回すと、中庭に風きり音が聞こえた。
足を向けてみると、礼装に身を包んだハーディーが抜身の刃を構え、空に向けて剣を振るっていた。
振り抜かれた刃は空を切り裂き、迷いを断ち切るかのように鋭い。
アルのような力強さ、レイのような鋭さはないものの、二人の剣は実戦で得た戦場の剣法。貴族として生まれ、騎士として育ったハーディーは正統派の剣術を修めている。
その太刀筋は流麗にして滑らか、どれだけ刃を振るおうとも重心が崩れることはなく、攻撃が次の攻撃につながっていく。
派手さはないが基本に忠実な堅実な動きだ。もし敵となれば、ハーディーの守りを崩すことは易しいことではなく、焦って下手な攻撃をすれば、そこから打たれてしまうだろう。
一通り型をやり終えたハーディーは構えを解き、刃を鞘に収める。
私は見事な型を見せてくれたハーディーに、拍手で迎えた。
「お見事です」
「お嬢様。いつからそこに?」
「少し前からです。それで、迷いは晴れましたか?」
宴の最中に、こんなところで刃を振るう者もいない。体を動かすことで、考えを整理していたのだろう。
「はい、晴れました」
星明りの下、まっすぐな瞳でこちらを見返す。なるほど、腹が座ったらしい。
「それで、婚約の件はどうするのです」
「はい、お嬢様との婚約の件ですが、これはまずおいておきます」
前言撤回。何を言い出すのか、この男は。
「それよりもまずお嬢様が何をするのか、それをお聞きしたい」
ハーディーは単刀直入に切り出してきた。
「最初お嬢様のことを聞いたときは、ご婦人が兵を率いて魔物の討伐など馬鹿げた話だと思いました。しかし実際に軍事行動や兵士を見て、遊びでやっていないことはすぐにわかりました。そしてお嬢様の目的が、ただの魔物の討伐ではないことも。迫りくる魔王軍と戦うためですね。王家を当てにせず、自らの手で民衆を救うおつもりだ」
「だとするとどうするのです?」
下手をすれば私の行為は、王家に叛意ととられかねない。告げ口されればまずいことになるだろう。
「王家に言いますか?」
「いいえ、私の領地も辺境にあります。民を救うために立ち上がられたお嬢様に、刃を向けることなどできません」
「ならばどうするのです?」
知って口にした以上、見て見ぬふりは許されない。旗幟鮮明にせぬのであれば、殺すしかない。
するとハーディーは膝を折り、頭を垂れて持っていた剣を差し出した。
「あなたにこの剣を捧げます」
その言葉としぐさには、思わず息をのんだ。
剣を捧げる。それは私の騎士になるということに他ならないからだ。
騎士の誓いと言っても、ただの口約束。今では形骸化しつつある文化だ。誓うといった口で嘘をつき、捧げた剣を主に向けるなど、不義不忠の過去は例を挙げるのに困らない。
しかし、今なお深い意味を持つ言葉でもある。
「お父様の命令はどうするつもりなのです?」
「グラハム様はお嬢様を守れと命ぜられました。付き従うことに問題はありません」
言葉尻を捕らえた拡大解釈だが、良しとしよう。
「ならば、その剣を受け取る前にもう一度問いましょう。婚約の件はどうするつもりなのですか?」
剣を捧げることは、婚約することにはならない。私との関係を、ソネアさんとの関係はどうするつもりなのか?
「私が誰を娶るにしても、まずは私がひとかどの男にならなければ、誰かの傍らに立つことはできません。お嬢様が領内の、そして国内にはびこる魔族を一掃しようと考えておいでなら、手柄を立てる戦場には事欠きません。お嬢様も、だらしのない夫を持つつもりはないでしょう?」
なるほど、保留するということはそういうことか。
現状、ハーディーと婚約はありえない。だが彼が手柄を立て優秀な将となり、褒美として私を欲しいというのなら、結婚ぐらいならしてあげてもいい。
またソネアさんと復縁するにしても、このままでは無理だ。縁談を断られたミカラ家の顔をつぶしてしまっている。
だが大きな手柄を立てて故郷に錦を飾り、そのうえで改めて求婚するならミカラ家の顔も立つ。
何よりもまずは手柄。手柄さえ立てれば、たいていのことが通るのが男の世界か。
その考え方に思うところがないわけでもないが、手柄のない男に発言権がないのも事実。
ソネアさんの言ったとおり、確かに男を上げる機会を与えることは必要だ。駄目ならそれまでの男。切り捨てればいい。
だがハーディーの考えは甘い。戦場で手柄を立てる覚悟は立派だが、私が連れて行く戦場は。その程度ではない。
ハーディーは私が伯爵領内の、そして国内の魔族を駆逐する程度と考えているのだろうが、そこで終わらせるつもりはない。
「しかしハーディー殿。貴方は少し間違えている」
私は彼の間違いを指摘した。
「言っておきますが、私はこの国だけを救うつもりはありません。魔族に征服された国々を解放し、この大陸からすべての魔族をたたき出します。そして魔大陸へと渡り、奴隷として連れ去られた人々を救います」
私たちを助けるために、トマスさんはその身を犠牲にした。
どれほど悔やんでも、ミシェルさんや小さいセーラは生き返らない。なら私にできることは、二度とミシェルさんやセーラのような犠牲が出ないように、人々を助けるだけ。それだけが唯一の贖罪なのだ。
「なっ、それは」
私の大言壮語にハーディーは絶句した。
「できないと思いますか?」
普通に考えればできないだろう。国内に入り込んだ魔族だけでも五万。大陸全土に散らばった魔族を数えれば、その十倍から二十倍はいると考えていい。
一方で私の兵力は四百に満たない。これで百万に挑むというのだから、確かに頭がおかしいだろう。
「確かに今私の手元には四百もいません。しかし私がこの地に来たときは、ただ一人だったのです」
一年とかからずに一人が四百に増えたのだ。数年あればこの数を十倍にして見せる。そして十年、いや、二十年かかるかもしれないが、この大陸から魔族をたたき出す。そして私が死ぬ前に、必ず魔大陸へと渡って見せる。
いつになるかはわからないが、必ずもう一度あの大陸を踏み、人々を解放する。
それが私の野望、決して変わることのない目的だ。
「私の目的を聞き、それでもなお、剣を捧げる覚悟はありますか?」
私の野望は、ともすれば危険なものだった。
領地だけではなく国を超え、さらに別の大陸にまで行こうというのだから、越権行為どころの話ではなく、反逆ともとらえることが出来るからだ。
その私に忠誠を誓うということは、下手をすれば一緒に処刑されることとなる。
「どうです?」
「このハーディー、お嬢様に謝罪します」
頭を下げて謝る。
「何に対してです?」
「思慮と覚悟が足らなかったことを。そして改めてこの剣を貴方様に捧げます」
頭を下げたまま、再度ハーディーは剣を差し出す。
「あなたの騎士団に、一翼にお加えください」
私は静かに彼の剣を受け取った。
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